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第一話 フォビオ、唐突な宣言に感涙する

「フォビオ、明日から審査試験じゃ。お主も受けろ」


 議場から出て早々、ベルモンドは扉の外に控えていたフォビオに唐突にそう宣言した。表情はフサフサの眉毛と鼻から下を覆う髭に阻まれて見えないが、声は淡々としており冗談には聞こえない。

 フォビオは驚きのあまり空色の瞳を見開き、歩みを止めた。その姿は、少し逆立つような癖のある茶色い髪とも相まって、驚き、威嚇する山猫のようである。


「え?」

「行くぞい」


 固まったフォビオを他所にベルモンドは歩き出した。

 ベルモンドはフォビオの師であり、カリバザス魔法院六大魔導師のひとりである。フォビオは六歳からベルモンドの書生のひとりとして師事し、将来魔法士になるのを夢見ていた。今は終わったばかりの定期報告会から私室ともいえる第二魔導棟へと戻るところである。通路を歩く者は多いが紺地金糸のローブを纏ったものはベルモンドのみ。他の者は唯の紺地かフォビオの着る灰色の書生ローブ姿であった。

 聞き間違いではないか。そう思ったフォビオは、先を行くベルモントの、その紺のローブの背に向けて問いかける。


「えっと、その審査試験って……魔法士の、ですか?」

「そうじゃ」


 フォビオはベルモントの背を足早に追いかけて横に並ぶと、次々と質問を重ねていく。


「十日間の試験に合格すれば独り立ちを許されると噂の?」

「そうじゃ」

「合格者には国王様から魔法士爵が授与されるというあの?」

「そうじゃ!」

「子爵、騎士爵と同格で、法服貴族にもなれるという例の?」

「そうじゃ!!」


 またも足が止まるフォビオ。しかしその時間は極僅か。すぐにベルモンドを追い抜き、向かい合う形で立ち止まると、その左手を両手で掴んで胸元まで引き上げた。更に勢い余って顔まで近付ける。


「士爵として魔法院で研鑽を積めば伯爵位と同格の魔導師爵に、そして更に侯爵位と同格の大魔導師への道を開くのも夢ではないという成り上がり出世コース(カリバザス・ドリーム)、あの魔法士審査試験ですかぁ!?」

「そうじゃ……って、しつこいわ!」


 掴まれた左手をぱしりと振り払ったベルモンド。フォビオを見据えると、はっきりと言葉を発した。


「お主もワシに付いてもう八年。そろそろ()()()の試験を受けてもいい頃じゃ。さすれば足りん()()も見えてこよう」


 フォビオの顔は歓喜に満ち溢れる。だが、それも一瞬。酸っぱいものを食べた時のように顔をしかめると、だぁと聞こえそうなほど口を開け、同時に滝のように涙を流した。

 ぎょっとするベルモンド。一歩後ろに後ずさるが、フォビオがわっしと抱きついた。両腕ごと抱きつかれたベルモンドは身動ぎ、思わず顔も背ける。フォビオはそれに構わず、ベルモンドの纏う紺のローブの胸元にぐりぐりと顔を押し付けていた。


「先生ぇ! ぜ、ん、ぜぇー!」

「ええい、泣くな泣くな! 見苦しい!」

「あああり、ありがと、ござ、ござい――」

「暑苦しい! うっとおしい!」

「ございま、びゅぅ!」

「!? おいその音、まさか鼻水じゃ……鼻水じゃろう!?」

「ぢがいま、びゅううう!」

「音が粘っこいではないか! 離せ! 離さんか! 離せ、ええい……こンの」


 ベルモンドは仰け反ったまま、更に顎を上げて振りかぶる。


「――バカ者!」


 掛け声(バカ者)と共に勢いよくフォビオの頭目掛けて己の額を打ち付けた。

 鈍い音と共に、両者の目に火花が散る。衝撃で両者ふらふらと離れたが、なんとか二人共踏みとどまった。


「せ、先生……今のは画期的な魔法の発動……?」

「た、ただの体術じゃ! が……乱発は寿命が縮む」

「ダメですよ! また毛根が死滅して――」

「まだ残っておるわ!」


 師弟揃って額を擦りながら連絡通路を歩き、第二魔導棟へと入る。廊下に並ぶ幾つかの扉を素通りした後、フォビオが数歩先を急いで最奥の扉を開ける。ベルモンドの私室だ。ベルモンドが入ったのを見届けると隣の書生室に入る。その部屋にはベルモンドの書生達五人が何やら雑談をしていた。


「戻りまし――あ、先生も戻りましたよ?」

「! それを早く言え……!」

「気が利かない……!」


 フォビオの言葉に書生達がブツブツ言いながらも慌てた様に自席に着く。フォビオも扉を閉め、一番近い自席に座った。所謂末席である。

 それを見計らったように奥の連絡扉が開いた。出てきたのは当然ベルモンドである。


「あー、皆ご苦労」


 ベルモンドの声でフォビオと五人の書生が顔を上げ、目を伏せて黙礼する。ベルモンドは書生達を見渡すと一度頷き、言葉を続けた。


「今日は皆に報告がある。――明日から審査試験を行うこととなった」


 途端にざわつく書生達。一番上席に近い、顔にそばかすの残る書生が嬉しそうに頷き、周りの者も微笑みを送っている。


「オホン。……で、受験する者じゃが――」

「はい」


 上席の書生が返事とも、相槌とも取れる言葉を発した。他の者はフォビオを含め、黙って聞いている。


「ん。――フォビオ」

「はい!」


 フォビオは立ち上がると、小さく手を挙げた。


「ん。――以上じゃ。フォビオは明日、朝五の鐘のあとに講堂に向かうように」

「はい!」

「「え?」」


 またもざわつく書生達。

 書生の一人が口を開いた。


「先生、エラーソさんは……?」

「ん? エラーソは去年受けておろう? 今年はフォビオだけ、じゃ」


 上席に座っていた書生、そばかすのエラーソの顔が赤みを帯びる。


「あ、そうじゃ、エラーソ」

「はい!」


 エラーソが期待を含んだ眼差しをベルモンドに送る。


「すまんがこいつを洗っておいてくれ」


 ベルモンドから渡されたのはフォビオが汚してしまったローブ。


「――はい……!」


 エラーソは目を伏せたまローブを受け取るが、顔の赤みに黒さが増した。視線は末席のフォビオを睨むかのように険しく、ローブを握る手にも力が入る。その手が何やらぬめりを感じた。


「先生、これは……?」

「ん? あぁ、鼻垂れ小僧が汚し――なんじゃ、触ってしもたか。ばっちいのぅ」

「鼻――ッ!」

「ん、これも修練じゃ。水魔法をうまく使え。ローブを傷めるでないぞ」

「は、はい……!」

「ん。――ワシはちょーっと頭が痛いのでな、少し休む。皆励むように」

「「はい! お大事になさいませ!」」


 ベルモンドが私室へと戻った時、書生達は嵐の予感を感じていた。フォビオを除いて――。

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