いや私ただの商人なんで
何やら深刻そうだったし店も暇だったので、俺は裏手の家に彼らを案内した。
新居に引っ越してからこっちのプールを置いていた家は利用しなくなったので、ソファーセットを置いたり少しだけ手を入れて、仕事の打ち合わせなどが出来る応接室にしてみたが初の利用だ。
教室にしていた部屋は今のところ倉庫代わり。
勉強はオンダハウスにジルが来てくれるが、パトリック制作の壁パネルに感心していて、かなり教える効率が良くなったよ、ととても褒めていた。友人が褒められるのは俺も嬉しい。
まあ俺はリビングのテーブルでちまちまと書きながらの勉強だけども。
ナターリアがお茶を運んで来て出て行くと、俺は名刺を出して挨拶をする。
「改めまして、私がエドヤのオーナーのオンダでございます」
「これはこれはご丁寧に。私はダーレン・マイヤーズ、こちらは妻のニッキーです。実はエドヤさんの話はドルトンから少し伺っておりまして」
「ドル爺……失礼、ドルトンさんから?」
エドヤテイクアウトのリヤカー配達員ドルトンことドル爺は、同じ配達員のチャーリーとともに世間話なども交わす仲になっていた。元気な元研ぎ職の爺様だ。
ドル爺と本人が呼んでくれというのでいつもの調子で口から出てしまったが、ダーレンが笑って手を振った。
「お気になさらず。彼は皆にそう呼ばれた方が親しくなったみたいで嬉しいみたいですし」
マイヤーズ夫婦は若い頃はホラールに住んでいて、ドル爺と幼馴染みだったそうだ。
ダーレンが結婚し、仕事の関係でラズリーに引っ越してからも、定期的に手紙や年に数度飲んだり食事をしたりと良い関係が続いているとのこと。
「長年の交流があるんですねえ」
などと頷きつつも、はてなんで俺のところに来たのだろうと思う。
「ちょっとあなた、呑気に話してるけど肝心の話がまだじゃありませんか。オンダさんだって暇じゃないんですからね」
奥さんのニッキーがそう言うとダーレンの背中を軽くはたいた。
旦那さんは小柄だが頑固そうで、奥さんは大柄でおっとりした感じだったのでちょっと意外だった。
奥さんに頭が上がらないのかなと思うと、少しコワモテな旦那さんも可愛く思える。
「これは失礼しました。早速なのですが、実はですね──」
彼ら夫婦はラズリーの孤児院と養老施設で長年働いているそうだ。
施設の掃除や食事や風呂の介助など何でもやる感じで、この国では特に定年というシステムはないのだが、六十歳前後が大体引退の時期らしい。
「私らも慕ってくれる子供たちもいるし、養老施設に入ってる人たちは頼りにしてくれたりで頑張ってたんですけどね。年を取ると年々風呂の介助や荷物運びなどの重労働が辛くなってきて」
来年ぐらいには引退しようと夫婦で話し合っていたらしい。
たまたま食い倒れフェスティバルがあるから来ないかとドル爺が誘ってくれたので、先日こちらに遊びに来たそうだ。
老後はホラールに戻るかと考えていたのだが、心配なことがあるのだと言う。
「ここ一年ほど前からラズリーの孤児院や施設で出る食事やお菓子がその、とてもマズくなりまして」
「ほうほう。コックさんが変わられたのですか?」
「二十年ぐらい働いている人なんですけどね。それで食事を残す子供たちや施設のご老人、いやワシらもご老人なんだが、増えてしまって。残飯は増えるしコックは悩んでるしで困ってるんです」
このまま食材も無駄にしていたら国から下りる予算も減らされるんじゃないかって気が気じゃなくて、とダーレンは打ち明けた。
ニッキーも頷いた。
「コックをしているグラハムって人は穏やかで親切でそりゃあいい人なんですよ。みんなにも親しまれてるしね。だからこそなかなか言いづらいこともあって」
「そうですね。お気持ちは分かります」
相槌を打ちつつも、それが俺と何の関係がとも思う。
「今回食い倒れフェスティバルを企画されたのもエドヤさんだと伺いましてね。いやあ何を食べても驚くほど美味しかったし、私たちもすっかり堪能させていただいたんですが」
「それで私たちドル爺と相談しましてね。エドヤの調味料を使ったらラズリーの孤児院や養老施設の食事も改善するんじゃないかと思ったんですのよ。ただ……」
「ただ……?」
ニッキーはグラハムのコックとしてのプライドを傷つけるんじゃないかと心配していた。
「面と向かってあなたの食事は美味しくないと言ってるわけじゃなくても、結果的にそう言ってるのと同じなのではと」
「うーん、難しい問題ですね」
エドヤの調味料は自信を持って売れる商品だ。
しかし個人個人に味の好みがあるだろうし、コックとして長年自分のスタイルでやって来たプライドもあるだろう。そりゃいきなりこの調味料を使え、は難しいよなあ。
「それにラズリーでは今はお店を出されてないですわよね?」
「ええ、のちのちにはとは考えておりますが」
「それも問題で、違う町の調味料を持って来るほど俺の料理はまずいのか、などと落ち込まれたら大変ですし、頭を悩ませているところなのです」
ため息をついたニッキーがそう呟いた。ダーレンもうんうんと頷く。
「ですが子供たちや施設のご老人たちが食事を楽しみに出来ないのも問題だと私は思っているのですよ。私たちもホラールで美味しいものばかり食べてたら、気分も上がりましたし」
「あの生のサーモンのお寿司? とかも食べましたけれど、本当に素晴らしかったですわ」
「気に入ってくださって何よりです」
ダーレンが頭を下げた。
「こんなことを言えた話ではないのは分かっているんですが、食に対して熱心な商売人の方でしたら、ラズリーの孤児院や養老施設の食問題を何とかしてくださるのではないかと」
「何とか角が立たず上手く行く方法を考えてくださいませんか? もちろん、結果的にこちらの調味料を使うようになれば売り上げにも若干ではありますが貢献出来ますし」
ニッキーも頭を下げて頼んで来た。
いやいやいや。俺は何でも屋じゃないんだよ。
「あの、私はただの商売人でして──」
「どうかこの通りです! 私たちが引退する前に、子供たちに、入居者のご老人に、楽しい食事を味わってもらいたいんです!」
「あの、頭を上げてください。困ります」
「どうかどうか前向きに考えてくださいまし。お願いします」
おいおい、お年寄り二人に頭を下げさせて、俺の方が悪者みたいじゃないか。
お茶を淹れ替えに来たナターリアまで驚いた顏してるし。あーもう。
「あの! とりあえず頭を上げてください!」
俺は少し強めに声を出した。
「私はこちらの仕事もありますし、今すぐどうこうは出来ませんが、何か方法はないか考えることだけはお約束します。現時点ではこの答えでお許しください」
深々とこちらも頭を下げる。
「ありがとうございます! そのお言葉だけで十分です」
「本当にありがとうございます」
ペコペコと頭を下げて帰って行く二人を見送り、俺はそっとため息を吐いた。
ナターリアがカップを片づけてくれ、俺に新しく紅茶を淹れてくれる。
「オーナー、また何か面倒事を引き受けたようですわね」
「そうですね……というか、最近はオンダさん呼びになってくれていたのに」
「ああ、お店で仕事が絡むとつい。でも落ち着いたら王都ローランスに出店を、なんて先日話していたのに、先にラズリーに向かうことになりそうですわね」
俺は驚いた。
「もしかして、聞こえてました?」
「ご夫婦とも声が通るので、聞くつもりがなくてもちょこちょこと店まで聞こえてましたわ」
ナターリアは少し苦笑した。
「ドル爺のご友人ですし、出来ることなら力になってあげたいと思っておられるんでしょう?」
「それは確かに。ただそれとは別に孤児院や養老施設なんて、食事やおやつが楽しめなければ生活の彩りが半減しちゃいますからねえ」
「コックさんの食の好みが変わったのか、もしくは彼らの健康を考えて調味料を減らしたりしたのか。どちらにせよ確かめてみないと分からないですわね」
さっきまで二人ともぐったりぼんやりしていたのだが、新たな目標が出来ると途端に生き生きしてくるのが不思議である。
俺も周囲の人たちに助けられて今があるのだから、そりゃあ出来ることはしないとね。
しかし、新しい町ラズリーか。どんなところなのかなあ。
そっちも少しワクワクするよなー。




