フェスティバルはワンダフル!
「フェスティバルご来場の皆様ご注目ください! こちらなんとサッペンスのレストランエドヤからの出店なのですが、そちらにはない『漬けマグロと漬けサーモン寿司』でございますよ」
俺が笑顔で町を歩く人たちにアピールする。
近所の人は顔馴染みなので、
「あら、オンダじゃないの」
「また何か新しいものでも出したの?」
「サッペンスにまでお店あったのねえ」
などとわさわさと近寄って来てくれる。持つべきものは常連さんだ。
色恋的にはこの俺のモブ顏はまったく人気がないが、妙齢のマダムやご年配の方々には親しみやすいらしい。
寂しくないわけではないが、俺の商売には有利だからいいのだ。
「魚も馴染みのないものだと思いますが、こちらもルルガで獲れる魚で、新鮮なものは生が大変美味しい品種でございます」
「……まあ、生なの?」
「鮮度が良くても、生だとねえ」
案の定、生で食べる習慣がない国では警戒する人が多い。
ただここで警戒されたままでは次のステップには進めないのだ。
俺は寿司を一貫の半分ぐらいのサイズにした試食用の皿を取り出した。
「ご不安はあるでしょうが私の大好物です。すでに沢山食べておりますがピンピンしております!」
おどけた顏で拳を握りマッチョなポーズをして少し笑いを取った。
「冬場の一時期しか食べられない希少な品物です。しかもエドヤで出しております調味料ショーユを使った秘伝のタレに漬け込みましたので、生臭さなど微塵もございません。さささ」
俺は笑顔で近くにいた馴染みのお客様に皿を差し出す。
バウムクーヘンが好きな娘さんのいる奥様だ。彼女はカレーもお気に入りだ。
「え、でも生なのよね?」
「はい。でも私が今までまずい物をお客様にお勧めしたことがございますか?」
「──ないわね」
「どんなことも初めてはございます。寒い時期だからこその脂の乗り、是非味わって欲しいです」
ごくり、と息を呑んだ奥様は、覚悟を決めたように漬けマグロの寿司を手に取った。
「そうよね。初めてはあるもの。オンダを信じるわ」
頷いた奥様は勢いよく口に寿司を放り込んだ。
無言でモグモグと食べている口を見つめる周囲の人たち。
「……あら、美味しい! このサーモンってのも食べていいかしら?」
「どうぞどうぞ」
意外そうな顔になった奥様がサーモンの漬けも食べ、あら、こっちもゴマの風味があって美味しいわ、と笑みを浮かべた。
気になった男性がワシも試食したいと手を伸ばし、それに引っ張られ私も、俺も、と次々に手が伸びた。はいはい、試食しないと話になりませんからねー。
「確かに全然生臭くないな」
「マグロもサーモンも美味しいわね。この下味がついているのがいいのかしらね」
概ね好意的な反応で一安心だ。
「少し甘酸っぱいライスとの相性も抜群でサラっと食べられますよ。今回はお気軽につまめるよう四つずつワンセットでサービス価格、四百ガルでのご提供でございます」
「これは娘にも食べさせたいから一つずついただくわ」
最初に食べた奥様が手を挙げてくれたので、みんな一つだの二つだの声が上がり始めた。
「はいはい、こちらの格好いいお兄さんがサッペンスのレストランのオーナーですからね。彼のお手製です。こちらへ注文をどうぞ~お召し上がりは今日中にお願いしますねー」
寿司ゾーンに人だかりが出来始めた辺りで俺はすすす、と体をずらした。
「そしてルルガの鮮魚と言えば、ルルガのバッカス商会がこのフェスティバルに参加されてます! こちらは何と何と! やっぱり生はちょっと、と思われるお客様に焼くだけで美味しい魚のミソ漬けとショーユ漬け!」
フィルが網でミソ漬けとショーユ漬けを焼いているので、さっきから香ばしい匂いが辺りに漂っている。兄のモーガンが焼き上がった魚を小さくして小皿に分けている。
「こちらも試食出来ますので是非どうぞ! 食事を作る時間がない、仕事で疲れた、そんな時に焼くだけの手間で美味しくライスが召し上がれますよ」
匂いというのは強い印象を与えやすい。
ショーユやミソというのは焼くとどう転んでも美味しいだろう、という香りが広がってくれる。
「はいはいどうぞー。こちら冷蔵庫で一週間はもちますからね。それと漬けサーモン寿司にも使われているサーモンですが、蒸して塩味のペーストにしているのもありますよ。これはパンにつけて食べるとバターより美味しいと評判です!」
この国にもスープにつけて食べるフランスパンのような固めの細長いパンがあるのだが、これを軽く炙ったものにペーストを塗ったものを、ベントス三兄弟の長男ミハエルが「美味しいよ! どーぞどーぞ」と陽キャ特有の人懐っこい笑みであちらこちらに配っている。
「ホラールの食い倒れフェスティバル初回の特別価格ですよ~ルルガまで来なくても今回はホラールでお買い求め出来ます! 今日と明日だけですからこの機会にぜひぜひ!」
食い倒れフェスティバルというぐらいで、周囲の店も食べ物、飲み物しか置いてない。
俺たちの陽気な声に自分たちも、と気がついたらしく、
「ほらほら、こっちもクリームたっぷり入ったふわふわのパンだよ! 甘くて美味しいよ!」
「喉が渇いたらこっちでホットワインもあるからね~」
などと声を張り上げ出した。
そうそう。お祭りってのはこういう掛け声が盛り上がるんだよ。
お客様も財布の紐が緩みやすくなるってものだ。
「さあエドヤ本店では新しい調味料『ジェイミーソース』を使った串揚げでございますよ~」
また俺もすすす、と揚げ物をせっせと鍋から取り出しているナターリアの方へずれる。
「これは何とご自宅で好きな食材をパン粉を使って揚げるだけ、ジェイミーソースをかけるだけでこの美味しさが味わえるんです! 今回は出血大サービス! 一串百ガル! 一串百ガルです!」
「ジェイミーソース本体も一本五百ガルでご用意してますよ!」
ナターリアも笑顔を振りまき群がるお客様に対処している。
無口なベントス兄弟の次男ジョージが注文されたものを袋に入れる裏方作業で手伝ってくれている。
よしあとはアマンダだ、と思って隣を見たが、ホラールで既に固定客がついているエドヤテイクアウトなので問題なさそうだ。
「ほらほら、こんな盛大なフェスティバルがやってるってのに、家で妻に食事を作らせるろくでなしの旦那になったらダメだよ! 栄養満点のうちの弁当で奥さんを休ませておやり! 独り者だって楽なことに越したこたないんだからね!」
などと商売人アマンダの陽気な声で積まれた弁当がすごいスピードではけていく。
ジルも人使いが荒いんだから、と言いながらもキビキビと働いている。
何だかいいよねえ、仲間の一体感みたいなのがあってさ。
「ちょっとオンダさん! 手が空いたなら揚げるの代わってください!」
「ああ、すみません!」
ナターリアの声に俺は慌ててワゴンに戻ると、ソーセージだのエビだの衣をつけたものを揚げる人になった。
しばらくして時間が出来たら俺も他の店回りたいもんだ。
やっぱり祭りは最高だ!