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食い倒れフェスティバル開催

 マグロとサーモンについては、祭り用の品物はバッカス兄弟が持って来てくれるという。

 どうせ準備も兼ねて数日前には行く予定だからと言い、二日前に市場で新鮮でとびきりのを仕入れて運ぶと嬉しい申し出だった。

 ただホラールにはホテルというものがまだない。

 もしかすると小さな規模でのモーテルみたいなものがどこかにあるのかもしれないが、俺の住んでいる周辺ではない。

 モリーとジェイミーも祭りで滞在するので、彼らは今回親子で一部屋、バッカス兄弟用に一部屋を用意することで話もまとまった。

 いやあ、新居出来てて良かったわ。

 きっと頼めばジルも屋敷の部屋を提供してくれたかもしれないが、まだ親しくもない相手を家に入れるのは抵抗があるだろうし、俺もそんな負担をかけることは望んでないのだ。


 ルルガから一緒に弟のフィルがホラールまでやって来て、兄弟それぞれの祭り参加の申し込みをした。

 夜になっていたので我が家に泊まってから帰って行ったのだが(突発だったので居間のソファーに毛布である)、彼も大柄だったためやはり広いプール風呂がお気に入りだった。


「のびのびできて最高だった~♪ 祭りの時にも入らせてくださいね!」


 と居間に戻って来てから俺やモリーたちと楽しく話しながら晩酌したり、終始ご機嫌な様子で翌日戻って行った。

 俺も仕事がもっと忙しくなってきたら、他の町の商人とも付き合いができるだろう。当然ながら俺のさほど大きくはない家でもてなせる人にも限度がある。

 土地も広いし、お客さんが泊まれるような簡易的な離れを作るべきだよなあ。

 家の資金自体はジルに借金してしまったが、俺自身が自由に動かせるお金はそこそこある。

 祭りに合わせてプール風呂に入りに来る大工の友人、ベントス三兄弟もパトリックのところに泊まるという話だったが、毎回男四人で寝泊まりするにはパトリックの部屋は狭いだろう。

 そう考えた俺がパトリックに相談すると、風呂も作らなくていい、本当にベッドとトイレと簡易テーブルがついたぐらいの小屋であれば十日ぐらいで出来るぞ、と言う。

 費用も思ったよりも安く百万ガルもしない。

 パトリックはペンを取り、メモ用紙にこんな感じで、と説明してくれた。

 あれだ、日本で大勢乗っても大丈夫みたいな物置と似た本当にシンプルな造りの建物だ。ペンションとかログハウス的な感じと言えばいいだろうか。

 六畳ぐらいの四角い部屋が四つ、横並び。

 各部屋にベッドは二つにテーブルと荷物入れは置ける。

 風呂は各部屋にはないが、プール風呂にいつでも入れるので問題なかろう。


「まあ豪華とは言えねえけどな。少なくとも雨風はしのげるし、暖炉までは無理だがベッドに湯たんぽを入れときゃ寒くはねえだろ」

「是非お願いします! あ、でもベントスさんたちにまたお願いするんですか?」

「どうせなら当日来て驚いた方が面白いじゃねえか。ホラールにも建築協会あるし、今後の仕事もあるからな。二、三人こっちで頼んでみてもいいかなと」

「パトリックさんにはいつもお願いばかりで申しわけありませんが、取り急ぎお願いできますでしょうか?」


 パトリックに頭を下げる。

 彼の優しさに甘えてばかりで情けない限りだが、専門外のことは頼むしかないのだ。

 彼は笑って俺の頭をぺしっと叩いた。


「だーかーらー、俺はやりたくねえことはやんないって前から言ってんだろ? 俺も新しい仕事が出来て嬉しいし、ホラールの職人も助かるし、ケンタローが悪いと思う必要ねえんだよ」

「本当にありがとうございます」


 それでも俺は感謝である。

 ダニーとジローは俺がパトリックにお礼を言っているのを眺めていて、とっとっと、と俺たちに近づいて来ると、パトリックに『キュウ』『ポポポ』とお礼を言っているように見えた。

 いやダニーの場合は手(前足)でパトリックの手をキュッキュっと握るのでそれと分かるのだが、ジローの場合は足を彼の足の甲に載せるので、お礼なのかマウントなのかがイマイチ分からない。

 まあジローの性格的にお礼だと思っているし、パトリックも孫になつかれた爺様みたいにデレデレとご機嫌なのでよしとしよう。

 ウルミは暖炉の近くで転がって寝ていたので、拾い上げて壁に掛けていた抱っこ紐に収納する。

 ルルガの寒い山奥がバナナチキンの生息地らしいが、ウルミは風呂も暖炉も嫌がらない。

 単に寒さに強いだけで、暖かいのは嫌いじゃないのかもな。



 翌日からパトリックは早速動いてくれて、ベテラン世代の二人の大工と二日後から作業を始めてくれた。

 ベテランの人の一人はアマンダのテイクアウトをよく利用しているらしい。

 もう一人は彼の息子だが結婚して別世帯だそうで、エドヤとは逆方面の方に住んでいるそうだ。

 カレールーは何度か仕事でこっちに来て買ったことがあるんだとか。

 二人ともエドヤのお得意様とも言える。


「エドヤのオーナーのとこの仕事をやれるなんてありがたいねえ。いつも美味い飯が食えて大助かりだよ」

「母がかなり前に亡くなってるので、料理をしない父は外食ばかりで健康が心配だったんですけど、アマンダの店があるお陰で肉も野菜も今はバランスよく食べてるみたいです」


 二人にお礼を言われてこちらも嬉しい。

 お金を稼ぐのも大事だけど、それで町の人が喜んでくれるのはやりがいがある。

 彼らは口数は少ないがパトリックとも仕事の呼吸は合うようで、庭で順調に作業をしている。


 ジェイミーには最初にルルガに行った時に買って来たサーモンとマグロを漬け込んだもので、スパルタ方式で寿司の握り方を叩き込んだ。

 モリーも「手伝うこともあるかも」ということで一緒に覚えてくれたが、寿司のシャリは固すぎても柔らかすぎてもダメなのだ。

 そのバランスを覚えてくれるまでが時間が掛かった。

 モリーの方がコツを掴むのが早かったが、ジェイミーも一度理解したら手早く握れるようにはなった。

 練習したものは大工の昼食になったりナターリアやヒラリー、俺たちの夕食になったりと綺麗に消費されたが、ナターリアがふと呟いた。


「私たちはもう味が分かってるのである程度の量がある方が嬉しいぐらいですけど、祭りで買う人は知らない人が多いですよね?」

「そうですね」

「シャンプーの時みたいに寿司も小売りというか、四つぐらいをワンセットにした方がお試しで買う人は多いんじゃないでしょうか?」

「なるほど……」

「それに、小さめの総菜用のケースの方が種類もあって問屋で安く買えますし、串揚げの方のとまとめて買ってしまえばコストも抑えられるかと」


 モリーが話を聞いて頷いた。


「そうね。ジェイミーも私も何とか握れるようにはなったけど、上手とまでは言えないし。八個十個とかだと仕上がりのあらも出ちゃいそうだもの」

「ははは、不器用で申しわけないです」


 ジェイミーも苦笑している。


「よし。それじゃ四つのお試しセットということにしましょうか。あとはうちの串揚げですが、これも購入者が手を出しやすいよう安価で人気の出そうなものにしたいんです」

「ポテトは美味しかったわよ。あれなら単価も安いわよね?」

「でも僕はエビも好きなんですよねえ。あと豚肉のも」


 結局モリーとジェイミーは帰るまで仕事と祭りの話ばかりで、休暇で来たはずだがほぼ俺の家とプール風呂の往復でサッペンスへ帰って行った。

 彼らもワーカホリックというか、仕事大好き人間である。


 俺もテイクアウトの容器を注文したり、現在作っているゲストハウスのカーテンやベッドなどを用意したりと仕事の合間にあちこち飛び回ることになった。

 幸いにもヒラリーがうちの子たちの面倒を見てくれているので心配はない。

 ヒラリーには新居が出来たタイミングでうちの子たちの秘密を明かしたが、メモにペンを走らせ、


「頭が良さそうな子たちだなあと思っていたので納得しました。秘密は守ります」


 と書いたものを見せてくれた。そして、言葉で


「あり、ありがとうございます」


 とニッコリ微笑んで頭を下げた。

 これは打ち明けてくれてありがとうということだろう。

 ナターリアに言わせると、彼女は俺に対してもう以前ほど緊張していないそうだが、


「それでもせっかく見つかった楽しい仕事を失いたくないから」


 と話す時にはどうしても言葉が上手く出なくなったりするらしい。

 それでも少しずつ言葉がどもったりする機会も減ったように感じるので俺としては嬉しい。

 ヒラリーのお陰でうちの子たちや俺も助かっているので、なるべくストレスを感じないように働いてくれればと思う。



 そんなこんなでバタバタしつつも、気づけば食い倒れフェスティバル開催の日になっていた。





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