無駄に増える参加者たち
ルルガに到着した俺とジェイミーは、早速モーガン商会の兄モーガン・バッカスと、バッカス商会の弟フィル・バッカスと合流した。場所はバッカス商会の土産物工場の裏手の応接室だ。
この二人は兄弟だが全くタイプが違う。
兄のモーガンは四十代前半の既婚の口ひげの似合う落ち着いた細身の紳士。既婚で十六歳の可愛い娘さんがいる。カフェと食材を扱う雑貨屋を経営。
弟のフィルは三十代後半のぽっちゃりした陽気な人で独身。魚介類の食材加工をする土産物屋を経営している。
初めて出会った時には一番デカいベルファン商会の食えない経営者も一緒だったが、彼は顔に傷のあるパトリックへの侮辱をしたことで、こちらから付き合いを断った経緯があったりする。
調味料は気になるらしく、バッカス兄弟の方へ接触を試みたりしていたようだが、ベルファン商会と和解をすることはないと伝えたことで、彼らもスルーすることにしたらしい。
「多分俺たちよりはあの人の方が手広く商売してるから、もしかしたらもったいないのかな、と思ったけど、オンダさんがそう言うならいいや」
とフィルが笑っていたし、モーガンはモーガンで、
「私たちは商売でもあまり競合し合うような関係でもありませんからいいんですが、ルルガでも手を広げたいと思っておられるオンダさんには不利なのかと思ってしまいましてね」
と心配してくれていた。
「ご心配いただきありがとうございます。とはいえ合わない相手と仕事をしてもどこかでまたぶつかりますからね。今後も地道にやりますよ」
まだ短い付き合いなのに気にかけてくれる二人にお礼を言うと、ジェイミーを紹介しつつ今回の訪問の説明をした。
「ホラール食い倒れフェスティバル、ですか」
「また楽しそうなこと考えたんですねえオンダさん!」
「私が食べるの好きなもので、はははっ。それでですね、ジェイミーがマグロとサーモンの漬けを使った寿司を売りたいそうなんです」
フィルが膝を叩いた。
「前に食べたあれか! いやあ、美味かったんだよねえアレ。何度か自分でも真似して作ってみたんだけど、ちょっと味が違うんですよねえオンダさんの作ってくれたのと」
「モリーソースやショーユで漬けるだけだと塩辛くなりやすいので、砂糖とか白ワインでマイルドにしないとダメなんですよ」
「あーそっか。確かに少し塩気がきつかったけど、漬け込みすぎたのかと思ってたや」
フィルは食材の加工品を土産にしているだけあって、新しい味は何でも自分で試してみないと気が済まないタイプらしい。
俺は新しく発売するジェイミーソースも持って来ていた。
味見してもらったが、モリーと同様、二人ともどんな料理に向いているかピンと来ない様子。
そうだろうなとフィルの暮らしているエリアのキッチンを借りることにした。
用意して来たパン粉と小麦粉、卵でバッター液を作り、来る途中で仕入れたベーコンとアスパラガスを串揚げにしてジェイミーソースで味わってもらう。
「……ほう! これはまた酒に合いそうなものを」
「食事でも美味いだろこれ。甘みのある濃厚なソースがたまんないな。くどくないのが不思議だな。これはトマトかな? セロリも入ってるような」
幸い彼らの好みにも合ったようで、気持ちのいい食べっぷりだった。
これも仕入れたいという流れになった時に、俺も話を切り出した。
「私も正直にぶっちゃけますが、ルルガではホラールやサッペンスほど調味料が売れておりません。ただこれは決してバッカスさんたちの売り方が悪いという話ではなく、エドヤの調味料を扱って料理をする店がないからだと思うのです」
「僕もそう思います。僕がレストランを始めてから、母の店での調味料の売れ行きは急に良くなりましたからね」
「確かにそれは感じますね。我が家では妻も娘もかなり気に入ってて、ミソ漬けの豚肉や魚が食事に出たりしますし、カレーライスなど週に一度は食べますけどね」
「俺もカレーライスは好きで良く作るよ。野菜切って鍋で煮てルー入れるだけって簡単さも一人暮らしにはありがたいからね」
そう。商品には自信はあるのだ。
ただどんなに優れた品であろうとも、人の目に留まってくれなければないも同然なのだ。
「今回はマグロとサーモンを仕入れるのにお勧めのところを確認するのとは別に、お二人のどちらかにレストランエドヤ、もしくはテイクアウトの店を手掛けていただければと」
「ええ? 私たちがですか? このルルガで?」
驚く二人に俺は頷いた。
「私は商品の仕入れや納品でサッペンスやルルガにも参りますが、住んでない場所で店を経営出来るほど時間にゆとりがないのです」
雇う人間の人選だって難しい。
やれたらそんなもんとっくにやってるのだ。
「レシピならナターリアという私の店の従業員がまとめたものもお渡し出来ます。私は調味料が売れればそれでいいので。開いたお店で出た利益はお二人のものですし悪くない話ではと」
店名にエドヤの名前を使って欲しいことと、今まで通り調味料の販売を手掛けて欲しいだけだと伝える。
「いけませんよ。それでは私たちばかり儲かってしまうじゃありませんか」
モーガンが首を振ったが俺は笑顔で返した。
「いいんですかそんなこと言ってしまって? まだ上手く行くかどうか分からないでしょう? 逆に失敗しても私は責任持ちませんから」
ただ上手く行ったら調味料も売り上げは増えるし、卸すこちらも仕入れて売る二人もプラスではないかと思うと述べた。
「ですから儲かるかどうかはモーガンさんやフィルさんの経営次第。お店を出すというリスクを負われるのですから、儲かったらそれは単純にあなた方のお力です」
俺は商人なので、作った商品が売れればそれでいい。
それを使って美味しいものを作って売ってくれるならこちらも大助かりだ。
ついでにエドヤの名前も広められる。
第一、フランチャイズ展開をしてレシピを教えたぐらいで、ロイヤリティを得られるほどの仕事量ではないし、まだまだエドヤは新参者。むしろ名前を広げてくれてありがとうの立場だ。
「おやおや、私たちは商売を初めて十年以上ですよ。舐めてもらっちゃ困りますね。勝算がなきゃ手は出しませんよ」
モーガンが薄く笑みを浮かべて自慢げに俺を見る。
「それは頼もしいですね」
「それにしても、オンダさんは欲がないねえ。名前だけでいいなんて」
バカ言え。欲まみれだ。これからマイホームの借金を返さなくちゃいけないんだぞ。
だからガンガン売って欲しいんだってば。
「いえいえ。私もこちらに来てから日は浅いですが、商売経験は積んでます。信頼出来る方にしかこんな話はしませんし、自分に利益のない話はしませんよ」
「そうですね。これは失言でしたな」
「まあ今後もフェアに持ちつ持たれつってことで」
お互いニコニコと笑顔で握手をする。
まあどっちが経営してくれても俺としては願ったりだ。
さてサーモンとマグロの話をしようと思っていると、フィルが思い出したように口を開いた。
「なあオンダさん、その食い倒れフェスティバルってのは、俺たちも参加出来るよね?」
「私もちょっと気になってるんですよね」
モーガンもフィルの言葉に一緒に身を乗り出した。
ジェイミーがにっこりと笑って、
「大丈夫です。サッペンス在住の僕だって参加するんですから! 何を出す予定なんですか? 出店のシステムはですねえ……」
いや、食い倒れフェスティバルの営業しに来たわけじゃないんだけど。
楽しそうにああだこうだ話し始めた三人を眺め、まあベンジャミンさんは喜ぶか、と気づけば俺も一緒になって話に参加していたのだった。




