オンダハウス完成披露パーティー(前)
俺がホラールに戻って来て三週間近く経った。
何日か前にモリーから電話でジェイミーソースの在庫がかなり出来たと連絡が来ていたのだが、オンダハウスの最終仕上げが天気でずれ込んでしまったので、完成披露パーティーが出来なかった。
申しわけないが一週間来るのをずらしてもらえないか、という話をして謝罪した。
だがむしろ遅れた方がモリーたちには良かったようだ。
「その方がちょうど年末だから休みやすいわ。元から休む予定だったし少し早めるだけだもの」
と言い、一週間は休むつもりだから気を遣わず、変更があればまた連絡ちょうだいね、と温かい言葉をくれた。本当に優しい人ばかりである。
パトリックやベントス兄弟も参加して欲しいと伝えると快諾してくれた。
ジルやナターリア、アマンダにザック、リヤカーでこれからもお付き合いがあるアーネストも参加してくれる。
最近知り合ったヒラリーも、人見知りなので知らない顏がいるのは緊張するが、ダニーたちの面倒もあるしナターリアもいるので、良ければ参加させて欲しいとよい返事をもらえた。
総勢十二名プラスうちの子たち。
かなりの大人数だが、庭も広いしガーデンパーティーの形で料理や飲み物を出し、希望者には男女時間を分けてプール風呂を楽しんでもらいたいと思っていた。
だって自分の家なんて大きな買い物、人生でそうあることじゃないのだ。
お世話になった人たちを招待して、今までの感謝とこれからもよろしくの気持ちを年内に伝えられるいい機会だ。
料理はナターリアやヒラリー、ジェイミーも早めに来て手伝ってくれるそうだ。
お酒は適当に注文し、俺はジュース程度にしておくつもりだ。
強くないし、パーティーの主催者として機敏に動けるよう当日は飲まない方が無難だ。
完成したオンダハウスは二階建てで、四LDKプラスプレイルームという少々変わった作りだ。
パトリックたちが完成した家の内部を、俺とうちの子たちに案内してくれた。
一階には広いリビングと使いやすそうなキッチン、トイレとお風呂。
そこに俺の寝室兼書斎、うちの子たちの寝室が横並びになっており、部屋の内側はレバー式の扉で出入り出来るようになっている。とても便利だ。
そして端の方に六畳程度のプレイルームがあるそうだが、そこはパトリックだけが関わったそうで、ベントス兄弟はノータッチだそうだ。後でパトリックが説明すると言う。
二階はゲストルームが二部屋。
ちょうどモリーとジェイミーが来るので、彼らに後日使い心地は聞いてみようと思う。
ベッドだのカーテンだの注文していたものはパーティー前までには全て運び込まれる予定だし、一部絨毯やリビングルームのテーブルなどはすでに設置されている。
しかも聞いて驚け。リビングにはレンガ造りの暖炉があるのだ暖炉が。うはははは。
日本では当たり前だけど暖炉なんて我が家にはなかった。
寒い地域ならまだしも、関東ではセレブや別荘地でしか存在しない贅沢品という認識だった。
でもこちらでは案外普通の一軒家にはあるのよ。エアコンないし。
石炭ストーブとかもあるけど、部屋がススだらけになるので、屋外で倉庫とか作業中に暖を取るために使う感じなのだ。
当然リビングしか暖かくないが、ベッドは湯たんぽを忍ばせておけば寝る時には問題ない。
うちの子たちは毛皮というセルフ毛布もあるし、あまり寒さを感じていないようなので心配ないだろう。
彼らの部屋は、皆がゆったり並んで眠れる毛布のかかった背もたれつきのソファーが置かれており、
三人とも嬉しそうに飛び乗って興奮していたが、頑張って起きていたウルミが力尽きたので俺が抱っこ紐に収納した。うちの子たちも気に入ってくれたようで何よりだ。
あとは忘れていたキッチン用品や寝室のカバーなど、ちょいちょい買い足しする必要はあるが、今日からでも生活は可能だ。
これが俺の我が家である。何というか、感無量だ。
「んじゃ最後に俺が手掛けた部屋を紹介するな。ミハエルたちは先にプール風呂に行ってていいぞ。あ、ダニーたちはもう少し付き合ってくれよ?」
パトリックがそう言い、そういえばまだプレイルームを見せてもらってなかったと気づいた。
「おいなんだよー水くせえじゃん」
などと文句を言いながらもベントス兄弟は家を出て行く。
ミハエル、ジョージ、ドミトリーはあの広々としたプール風呂がすごくお気に入りだ。
特に次男のジョージは身長が一九〇センチほどあるため、自宅の風呂では満足に手足を伸ばすことが出来なかったようで、あまりの快適さに感動したらしく、
「俺が家を建てる時には、部屋が狭くてもいいから風呂は絶対大きなのにする」
と何度も口にしていたとパトリックが教えてくれた。
「それでパトリックさん、ずっと内緒にされてましたけど、どういう部屋なんですか?」
俺が気になって尋ねると、パトリックがにやりと笑った。
「まあ見てのお楽しみさ。ほれ、ダニーとジローも来いよ」
案内された部屋の扉をゆっくり開いた俺は、「うわあ……」と間の抜けた声が出た。
部屋自体はごく普通だ。
だが、壁の二面に縦長のパネルケースが取り付けられており、一面の壁はモルダラ語のアルファベットのような基本で使う文字パネル、もう一面には絵と単語がセットになったパネルが重ねて入れられており、前側には何が入っているか分かるよう同じものが糊付けされている。
そしてケースの前のペダルを踏めば、選んだものが一つずつ落ちてくる仕掛けになっているのだ。
「これって……」
「ほら、ダニーたちも勉強頑張ってるってジルさんから聞いたしよ。いちいち選んでくわえてくるのも面倒くせえじゃねえか。ポトンポトン落としたものをちっと並べ替えるぐらいなら便利かなってな。使った後にケンタローが戻すのも楽だろう?」
これは俺からの引っ越し祝いだ、ガハハハと恥ずかし気に笑うパトリックに、俺は言葉に詰まってしまった。
「おいケンタロー? 勝手にやっちまったの、気に入らなかったか? でもミハエルたちには表立ってこいつらのこと言えないだろ?」
無言の俺に心配になった彼がこちらを見るが、こっちは泣けてくるのをこらえるので精一杯だった。こんなのすごい時間かかっただろうに。
ダニーたちもペダルを踏むと見慣れたパネルが落ちてくるということが分かり、ジローと面白そうに回りのケースを見ている。
「うちの子たちのために、こんな、時間と手間のかかることまでして頂いて……」
鼻水をすすりながら何とかお礼を言う俺に、よせよ、と遮る。
「これはな、俺が好きでやったの! 楽しくてやったの! だからいい年した男が泣くなっつうの」
「す、すみません」
パトリックはハンカチで目元を拭う俺にホッとしたような声を出した。
「まあ気に入ってくれたならこっちも嬉しいけど──ん? どうしたダニー?」
パトリックのズボンをダニーが引っ張り、ジローの足元を見せた。
そこには短いが、
『ありがとう』
という文字と、ダニーお気に入りのハートの絵のパネルが並べられていた。
「おおお! もう使い方理解したのか! やっぱお前たち賢いなあ!」
『キュキュ!』
『ポッポーゥ!』
自慢げに鳴く彼らを嬉しそうに撫でているパトリックを見て、俺はまた感極まってしまった。
モルダラ王国では様々な人に出会い、ジルたちのように多くの善人とも仲良くしてもらっているが、パトリックと友人になれて、俺は本当に幸せだ。
俺もいつか彼のようなさり気ない気遣いが出来る立派な人間になりたいと思う。
でもまずはパーティーを成功させねば。
ぱちぱちと目を見開き再度ハンカチで目を拭うと、俺は気持ちを切り替えた。
みんなへ感謝のパーティーである。
気合いを入れてやらねば!




