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ようやく君に出会えたから

 ラボの試作品は、三つとも色合いこそ違えどあの懐かしい茶色だった。

 いや、まだだ。色だけ合格でも仕方がない。


「それじゃ、自信のないものから味見させてください」


 俺は高鳴る胸を落ち着けながらモリーにお願いした。


「分かったわ。じゃあまず辛口から」


 小皿に出されたのは一番濃い茶色である。


「では失礼して……」


 スプーンで少し救ってぺろりと舐めた。

 ──途端にむせて咳き込んだ。

 あまりに唐突に来た喉への刺激に涙と鼻水まで出て来たじゃないか。恥ずかしい。


「か、辛すぎませんか?」

「やっぱりそう思う? カレーでスパイシーなものが好きなお客様も多いと感じたから作ってみたのだけど、ペッパーの比率が高すぎたかもしれないわね」

「限度がありますよ限度が。味が尖りすぎると、せっかくの野菜や果物のうま味みたいなものが全部消えちゃうじゃないですか」


 粘りは俺の好きなトンカツソースぐらい出ていたのでちょっと期待したのに。

 水を入れたグラスを受け取りごくごくと飲み干した。


「分からない故郷の味を再現しようとしてるんだから許してちょうだいな。じゃ中ぐらいの辛さね」


 渡された新しい小皿は少し明るい茶色だ。

 同じ失態はするまいとほんの少しだけスプーンですくって舌に載せた。


「……」

「どうかしら?」

「辛くはないですけど、これはソースとは違いますね。酸味が強くて逆に他の味がぼやけてる感じです。あとサラサラし過ぎなのは何かで薄めたんですか?」

「液体はワインとビネガーだけよ」

「なるほど……」


 ワインも入れるソースも当然あるんだろうが、何と言えばいいか、甘酸っぱいだけの何か、としか表現しようがない。薄いケチャップ系が近いかもな。でもサラサラのケチャップなんて美味くない。

 三つ用意したうちの二つに対して俺をガッカリさせたと感じたモリーが慌てたように、


「ごめんなさい。もう一度作り直すわ」


 と三つ目の小皿を引っ込めようとした。


「それが一番の自信作ですよね? そちらも味見させてください」

「そうだけど、これもオンダのイメージと違うかもしれないから」

「いえ、私の国の知らない調味料に近いものを作ってくれとワガママを言っているのはこちらです。モリーさんの努力にはいつも感謝してるんです」

「でもちゃんと研究費用も出してもらっているのに結果を出せないなんて」


 俺は面白そうに笑った。


「モリーソースだって何度も失敗したって仰ってませんでした? 何だって初めてのものを作るにはたくさん失敗するものじゃないですか、らしくないですよ」


 何度失敗しても諦めなかったからモリーソースが生まれたのだし、カレールーも出来たのだ。


「──言われてみればそうね。これもダメならまた新しく作ればいいのよね」

「そうですよ。回り道したっていずれは正しい道に辿り着くんですから」


 自信を回復したモリーは俺に最後の皿を渡す。


「私は結構気に入っているのこれ。少し甘みが強いんだけどね」

「いただきます」


 俺は受け取った皿を見る。果物を多く入れたのだと言っているが、俺好みの粘り気の強いものだ。

 色は赤茶色。スプーンですくって確認し、口に運ぶ。


「ど、どうだった?」

「……確かに甘い気はしますね。でもすごく惜しい。惜しいです」


 悪くない。甘口の子供用カレーもカレーの味がするように、ソースとかなり近いテイストなのだ。

 だが何かもうひと味が欲しい。何が足りない? 俺は考えた。


「……ちょっとこのソースとモリーさんの家の台所お借りしてもいいですか?」

「ええいいわよ」


 俺はソースを持ち、モリーと家に戻った。

 調味料の棚をざっと眺める。

 お酢、コショウ、ショウガ、砂糖。

 タイムやセージなどの俺はあまり使ったことのない香辛料も揃っている。

 俺は少し考えてショウガとお酢を取った。

 少しだけお酢を足してみる。舌に残るような甘さは消えたがまだ足りない。

 ショウガは軽く皮を剥き、すりおろす。これを少々ソースと混ぜてみた。

 味見する。……うん、悪くない。悪くないぞこれなら。

 九州の方の有名な甘みのあるソースに近いイメージになった。


「モリーさん、これ味見してくれませんか?」

「分かったわ」


 受け取った皿から新たに出したスプーンでひとすくいし、モリーが味を見る。


「……あら、驚くほど味わいが変わったわね」

「甘さが控えめになっていい感じじゃないですか?」

「ええ。ショウガなんてすってるからびっくりしたけど、ピリッとする辛さが爽やかね。あと味もさっぱりした感じ」


 俺にはショウガと聞こえるが、きっと彼女はジンジャーと言ってるんだろうな、なんで自動翻訳されている感じなのに米はライスでしか通じないんだろうか。

 でもビネガーはお酢なのにビネガーって言ってるよな。

 一体俺の脳内処理はどうなってるんだろうか、ほんとごっちゃだよなあ、などと思考があっちこっちに放浪するぐらい長いことモリーが味の確認をするの待っていたが、モリーが「あああああっ!」といきなり叫んだ。


「ど、どうしましたっ?」

「ああごめんなさい! 違うのよ、オンダが悪いんじゃなくて、このソースと合う料理の想像がつかなくて、いいのか悪いのかの判断が私にはつかないの。味は各段に良くなったと思うんだけど」

「あ、確かにそうですよね」


 俺は深く深く頷いた。


「今夜の夕食は私に任せていただけますか? ジェイミーとモリーさんにこのソースに合うものを作りますので」

「本当に? 助かるわ! オンダのイメージと私のイメージのすり合わせも大事だものね」

「お任せください」


 ようやく大好きなソースに出会えたのだから、今夜は一泊して串揚げを堪能しよう。

 そして、このソースの魅力をアピールするために食材を入手せねば。

 俺はモリーに今のソースの増量を頼むと、いそいそと市場へ買い物に向かった。

 サッペンス串揚げパーティーだ! ひゃっほーい。





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