久しぶりの一人サッペンス
(一人だと寂しいなあ……)
俺はサッペンスへの道を馬車で進みながら、心細さを感じていた。
最初の頃は一人だったけど、この頃はうちの子たちと大体一緒だったしなあ。
別に会話が交わせるわけじゃないし、むしろこっちが一方的に話し掛けてるだけなんだけど、それでも長旅のお供として気分転換も出来るし楽しい。
今日はエドヤも休みで、女お風呂祭りが開催されるようで、最近大きなプール風呂にすっかり心を奪われているうちの子たちは、そちらに参加することにしたようだ。
俺の寂しい気持ちを見抜いたのか、ジローとダニーは出掛ける俺に近寄って来て、
『……ポゥ』
『キュキュ』
とそっと干しイモをくれた。
頑張って仕事して来てね、の餞別だろうか。
いやこれ俺が作ったやつだろが。
ウルミぐらいは寂しいと思ってくれたらいいと思っているが、基本あの子は眠っているので本当の気持ちは分からない。現に出掛ける時にはもう寝ちゃってたし。
いいんだもんねーだ。
仕事しに行くんだからあんまり相手も出来ないし、これがベストじゃないか。
ナターリアたちと広いプール風呂でのんびり遊んでてくれた方が、こっちも安心だもんねーだ。
そう自分を慰めた。
俺は一家の大黒柱として、せっせとお金を稼げばいいのだ。
まあ寂しいとは言え、ソースの完成は楽しみだった。
待ちに待っていたと言ってもいい。
ソースは何度も上手く行かず失敗していたらしく、なかなかいい報告がなかった。
「野菜と果物のバランスと、香辛料の配分が大変なのよ」
と手紙で珍しくモリーが愚痴をこぼしていたほどだ。
調味料は企業と開発研究者の努力のたまものなので、以前からモリーソースやカレールーなど試行錯誤しつつ作ったモリーにも簡単ではないのだろう。
何しろこの国では存在してない調味料なのだから。
俺も知る限りの知識で野菜ならこれとこれ、果物ならこれを、お酢も少し入れると殺菌や防腐効果がある、砂糖も必要などと、以前調味料に興味が出て調べていた記憶を頼りに返事を返していた。
それも参考にしつつ、何とか味見してもらうに値するものが出来たらしい。
俺はソースが売れるようになったらやりたいことがあった。
それは串揚げを出す「祭り」である。
いや串揚げだけじゃなく、口に入るもの全て、縁日のようなイベントがしたい。
だってそういうところで食べると、普段より美味しく感じたりするものだし、エドヤの名前が知られたり、商品だってもっと売れるようになる可能性が高いじゃないか。
何と言っても三十路でも祭りはワクワクするのだ。子供だって楽しいと思うんだよね。
しばらくこの国で暮らしているが、ホラールには祭りらしい祭りがない。
モルダラ王国の開国祭という国を挙げての大きなお祭りはあるらしいが、王都ローランスでの開催のみなのでいまだ未経験だ。
それ以外の各町の、地域的なお祭りがないのだ。
そりゃブックフェアとかお菓子フェアのように小さなイベント、いわゆるデパートで行われるような物産展みたいなものは行われている。
でも大道芸人が町中で芸を披露していたり、ダンサーが踊ってたりなんてこともない。
子供も大人も楽しめるエンタメなのかと言われると難しいところである。
ホラールでまだ顔も知らない商売人もいるし、行ってない店だってたくさんある。
国で一番小さな町といっても地方都市ぐらいの人口なのだから当然だが。
「いろんな店の出店を依頼して、毎年のホラールの祭りとして定着させる」
みたいなこと、やりたいじゃありませんか。
今ホラールは俺が売っている商品や調味料が徐々に知られているらしい。
アマンダやジェイミーに教えた料理などで味や調理方法も分かって来たみたいだし、さらに転入してくる人たちも増えたとジルも言っていた。
(食べ物や調味料が話題になっているなら、食べ物の祭りをするのが一番じゃないか)
と思うわけである。
ジルやアマンダに尋ねると、店をやっている人たちの地域ごとの町内会みたいな集まりはあるようだが、俺のような外国人は対象外だそうだ。
ああそうですかそうですか。
銀行といい町内会といい、外国人には少々厳しいと感じることもあるが、まあ俺の方が異物なのは事実だ。
でも彼女たちに頼めば祭りをやりたいという提案は出来そうだし、町が発展するならみんな万々歳なのだから、決して悪い対応にはならないと思うよ、とアマンダは自信ありげだった。
それには美味しいソースがあるかないかで大分俺のモチベーションが変わる。
トンカツも野菜や魚介の串カツも俺は大好物なのだ。
しかも揚げたてをアチチ、とか言いながら頬張るのなんて最高じゃないか。
もしソースが成功してたら、ダメ元で町内会へお願いしてみよう。
俺は馬車を急がせながら無意識に頷いていた。
「オンダ、悪いわねいつも」
サッペンスに着くと、モリーは少し疲れたような顏で俺を出迎えた。
カレールーやモリーソースなど、レシピとして伝えられるものはバイトのお姉さんや元お姉さんたちに作業を頼めるが、新規開発は常にモリー一人だ。
「かなりご苦労されたみたいですね。お疲れ様です」
シャンプーやトリートメント、バウムクーヘンなどを詰め込んだ袋を土産に渡しながら、俺は心から労りの言葉をかけた。
ジェイミーは今日も隣のレストランで元気に働いているようだ。
「何年も苦労したモリーソースに比べたら、オンダに使う材料なんかを聞いていたからまだ楽だったわ。とりあえずラボに行く前にお茶でも飲んでひと休みしましょ」
「ありがとうございます」
淹れてくれたコーヒーを飲みながら、試作品は三種類あるとモリーは言った。
「何しろ現物がないから想像するしかないじゃない? だからカレーのように甘めなのと少し辛い、かなり辛口と作ってみたのよ」
「それはすごいですね。私の国は遠いので、調味料を入手するのは難しいですし、モリーさんのお陰で懐かしい味が楽しめそうです」
「最低限、揚げたものにつけて食べるのが多いって聞いただけだから、もしイメージと違っていたらごめんなさいね」
俺は笑顔で首を振った。
「私は料理を作るのはそこそこ出来ますが、一から調味料を作るなんて気力、なかなかないですからね。モリーさんみたいな方がいると本当に助かるんです」
「でもタルタルソースは作ってくれたじゃない……あ、そうだわ! あのタルタルソースも売ったら人気出るんじゃないかしら?」
「ゆで卵とは言っても保管場所によってはすぐ傷みますから、絶対に止めた方がいいです。食中毒になったら大変ですよ。マヨネーズだけならそこそこもつと思いますが」
そういやマヨネーズも揚げ物に最高に合うんだった。祭りに合わせてそれも頼んでおくか。
「そうよね、マヨネーズだけが無難よね。卵を茹でて刻むぐらいなら誰でも出来るし」
「で、そのう、ひと休みしたところで、早速ラボにお邪魔させていただきたいのですが」
もう待ちきれない俺は、つい急かすようにモリーに頼んでしまった。
「ふふふっ、オンダは本当に故郷のソースが好きだったのね。お気に召すといいのだけど」
モリーは椅子から立ち上がると、家の裏口からラボへ俺を案内するのだった。




