ドル爺
アマンダがバイトの募集に応募して来たジー様を雇ったと聞いたのは、俺がエドヤの仕事に戻ってすぐのことだった。
「ご年配の方なんですよね? その、リヤカーの運転とか大丈夫かしら」
ナターリアも弁当を買いに行ったジルから話を聞いていたらしく、少し不安そうだった。
まだ若い自分ですらリヤカーであちこちの家を回るのにヒイヒイ言っていたのに、チャーリーと二人で本当に平気だろうかと俺も陰ながら心配していた。
だがその心配は杞憂だったらしい。
開店から一週間ほど経って、俺は落ち着いてる時間帯だろうと考え、昼の二時ごろにそっと彼の様子を見に行った。
そこで背筋がぴんと伸びた、細身だがしっかりした体つきのジー様が笑顔でチャーリーと話しているのを見た。
短い髪の毛こそ真っ白だったが、アマンダから受け取った弁当を前カゴに入れ、ヒョイとリヤカーにまたがり走って行く動作にもまったく危なさがない。
俺の勝手なイメージだが、六十歳を二つ三つ越えていると聞いていたので、よいよいのお年寄りに近い感じをイメージしていたのだが、動きは働き盛りの四、五十代みたいな若々しさだ。
チャーリーも配達に出て行ったのを見て、俺は店のアマンダに声を掛けた。
「こんにちはー。差し入れのバウムクーヘンです」
「あらオンダじゃないか。嬉しいね! ちょうど甘いものが食べたかったんだよ」
「嬉しいです。ありがとうございます」
あまり話したことがないバイトの女性ローラは、とても大人しいタイプの女性だ。
まだ二十代半ばぐらいらしいが落ち着いた雰囲気で、よく喋るアマンダと対になっている。
アマンダの話だと、たまに手伝いに来る母親とはポンポンやり取りをするし、自分とも結構話すよと言っていたが、人見知りかヒラリーのように男性には警戒するタイプなのかもな。
お客様も引いて丁度いいから、とお茶を淹れてくれた。
足りなくなった調味料の注文などを新たに受けつつ、俺は話を振ってみた。
「そういえば最近雇った配達の方、どうですか?」
「ああドル爺かい? お客さんの評判も悪くないし、仕事ぶりも問題なしさ」
「ドル爺?」
ドルトンという名前のジー様らしく、自分からドル爺と呼んでくださいと言い出したらしい。どうやら白髪になるのが早かったらしく、仲間内で長いことそういう愛称だったようだ。
「仕事を三年前に引退してから山歩きしたり、料理をしたりと色々やったみたいなんだけど、体力は衰えてくるし、家にいると面倒だと思うことも増えて来たらしくてね」
これはいかん、と短時間でも何か仕事をしたいと思っていたようだ。
ずっと独身でお金も貯めていたので生活には困っていない。
要は体力維持と引きこもり防止なのだろう。
幸い生まれも育ちもこのホラールで、周囲の住人などもほとんど把握しているし、ちょっと練習したらリヤカーも問題なく乗れたそうだ。
脚力は山歩きで鍛えられていたに違いない。
年を取って仕事を辞めた後でも、負担がない程度に働きたい人はいるだろうし、主婦ではなくシルバー人材を雇い入れるのもありだな。うん。
今後エドヤでもデリバリーを検討しているので、人手はいくらでも欲しくなることだろう。
俺は脳内でメモをした。
「それは良かった。ただせっかく余ってるリヤカーが一台あるので、もう一人はいるといいですね」
俺は笑顔で頷くと、アマンダが頷いた。
「チャーリーやドル爺だけでも余裕がある時もあるんだけどさ。ありがたいことにデリバリーがあるって聞いたら、手数料払っても頼みたいってお客さんが多いんだよ」
前のテイクアウトだけの時よりも確実にお客さんは増えたと言う。
そりゃ俺だって自分がわざわざ出かけるよりも誰かが運んでくれる方が嬉しい。
子育てとか介護などで長い時間家を空けられない人もいるだろうし、掃除など家でやらねばならない時間を割かなくて済む。
ただモルダラ王国では現在馬車が主流なので、大荷物でもないとコストや時間的問題があった。
弁当一つ運んでくれる馬車などありはしないのだから、デリバリーは大助かりだろう。
人力で手軽に動けるアーネストのリヤカーはこれからも注文が増えるに違いない。
デリバリー料金の一件二百ガルもチリツモである。
何十件、何百件もこなしていれば案外いいお金になるのだ。
今回のデリバリーにあたって、リヤカーの代金は提案した俺が払うと言ったのだが、アマンダがそのぐらいのお金はあるよ、と断られた。
一台まだ四万ガルから五万ガルはするので結構な出費だと思ったが、デリバリーの手数料で思ったよりも早く回収出来そうだと喜んでいた。
大通りに近い、というのもお客さんが立ち寄りやすいのか、以前よりも新しいお客さんが増えた。
このままでは正直弁当作りも二人じゃ厳しいと思ったらしい。忙しい時はローラの母サンディが手伝いに来てくれていたが、常時いて欲しいと考えるようになった。
「店は狭くなったけど、正式に働きに来てくれないか」
とアマンダが頼み込んだら二つ返事でオーケーしてくれたそうだ。
親子で働くなら今まで通りやりやすいだろうし、これもアマンダの人徳であろう。
「人を増やしたんだから私もこれから頑張って稼がないとね! 新しいレシピも増やさなくちゃ」
前向きなアマンダにこちらも元気をもらえる。
いやー俺も頑張らないと、などと考えていると、エドヤにサッペンスのモリーから連絡が入った。
とうとうソースの試作品が出来たそうだ。
ホラールで忙しくしていたが、これは早速サッペンスに向かわなくては。
ソース♪ ソース♪ ソース♪




