ちなみに残りの一つは?
俺は知らなかったのだが、タウンハウスというのは壁が隣と共用になっている、日本で言うところの長屋的な造りの建物らしい。
それはアパートとかマンションと同じなのだが、平屋で細長く、家賃も低めにして小商いが出来るように区切ったものを建てたのだそうだ。
四店舗分×二棟。八つの店が入れるようにしたのだとのこと。
「まあ使ってない土地をどうするかって前から考えてたのもあるんだけどさ。最近オンダみたいな若い友だちが出来たり、新しい出会いもあっただろ?」
だから若い人向けの建物はどうかと思いついたらしい。
「若い子たちも才能あったり、いい品物作ったり出来る子たちは沢山いるんだよ。でも独り立ちするのに先立つものはやっぱりお金だろう?」
「それはそうですね」
俺は頷いた。
店を借りる、必要なものを仕入れる、人を雇う。
売上金からのちのち回収出来て利益になるにしても、軍資金がなければ話にならない。
「働いて開業資金を貯めているうちに年を食っちまってさ、その元気がなくなる人もいるし、もういいかって諦める人もいると思うのさ」
「私もアンデン開店したのも三十歳過ぎてからだったよ。旦那も農業でそれなりにお金が入って来るし、働いていたレストランのオーナーもいい人だったから、このままでもいいかなと思ったよ」
「それでもアンデンを開いたのは?」
俺は純粋に気になったので質問した。
アマンダは笑って恥ずかしそうに手を振った。
「半分は意地だよ。何のためにここまで頑張ってたのかって。あとはやっぱり、店で自分の作った料理をつまみに、お酒を飲んで楽しむ人を見ていたい、ってワガママかねえ」
従兄と同じで、アマンダも人と話すのが好きなのだ。
だからこそ初対面の俺にも親切に対応してくれたのだろう。
「でも十代二十代の時と違って、徹夜は体力もたないし、無理が段々利かなくなってくるんだよね」
「私も最近表に出る機会も増えたけど、リヤカー使うと便利でさ。もう歩きには戻れないよ。そんな風に思ってたら、若い時の頑張りを早めに活かせることが出来ればとね」
せっかくの才能も活かす時期が遅れれば光も鈍る。気力も失われる。
それは勿体ないと思えるようになったのはオンダと知り合ったお陰だと言われて、俺の方がびっくりした。
「オンダは常に努力するし前向きだろう? 眩しいっていうか、若いっていいなあって思ってさ。だから若い人たちを応援するようなものを考えたくてね」
「いえ若いっていっても、私は三十二歳ですし結構いい年かと」
「……えっ?」
ジルとアマンダが同時に声を上げる。
「あれ? 言ってませんでしたか?」
「冗談だろ? まだ二十代半ば行くか行かないかだと……」
「私だって聞いちゃいないよ。てっきりナターリアと同じぐらいだと」
日本人の顔は若く見られがちだと言うが、モブ顏の俺も若く見えていたのか。
まあ女性は気にするかもしれないが、男の俺が二十代半ばに見られたところで大して変わらないんだけど。
ジルは我に返ったようで話を続けた。
「ま、まあきっかけの一つだからね。それでそのタウンハウス、一棟は衣服とか雑貨みたいな厨房がない形の店にして、もう一棟は厨房をつけたテイクアウトの店舗仕様にしたんだよ」
今アマンダが借りているレストランからは少し離れるが、大通りの近くなので客は見込めると思うとのこと。
「実は建築途中、通行人から大工に何度か質問されたりもしたらしくてね。完成して不動産屋に仲介を頼んだら、厨房がない方はすぐ入居者が決まったんだよ」
聞いてみると店の広さは六畳ぐらいだろうか。プラストイレと二畳ぐらいの倉庫のみ。
確かに他の店舗などと比べて格段に小さいと思う。
厨房はその分二畳ぐらい広くなっているようだ。
厨房なしは家賃は十万、敷金二カ月分、紹介料一カ月分。
厨房ありは家賃十五万、以下同。
しかも本来は退去する際には三カ月前に申告するが、一カ月でいいらしい。
商売が上手く行かなかった場合でも負担がなるべく少ないようにとの配慮らしい。
「ただ厨房つきの方はまだ二店舗分しか入れてないんだ。もしアマンダが仕事を続けるなら紹介してやれるかと思ってね」
「まあジルったら、そんなこと一言も言わなかったじゃないか」
「バカだね。事前に言ったら気を遣って、やりたくなくても入るって言うじゃないかあんたは」
目を潤ませたアマンダがジルを抱き締めた。
「その店舗、是非貸しておくれよ! それならまだ頑張れるさ」
「ああいいよ。それに家賃も十万でいいよ」
「え? なんでだい?」
「私の屋敷の方から五分ぐらいになるから私にも都合がいいのと……友だち割引だよ」
ヒヒヒ、とわざと品のない笑いをして照れ臭さを誤魔化しているジルに、アマンダが感激してさらに抱き締めた。
「あだだだ、痛い、痛いったら! あんた力強いんだってば」
「ああごめんよ! 旦那の仕事も手伝ってたから腕に力ついちゃってて」
二人して笑ってるのを見て、俺もほのぼのとした気分になったが、そこでぴかーんと閃いたのだ。
「ジルさん……デリバリーって、需要ありますかね?」
「デリバリー?」
大通りに近いなら人も来るだろうが、混雑してたら買うのを避ける俺みたいなタイプもいる。
そもそも買いに行くのも面倒くさいとなる人だっている。
リヤカーで近場に配達してくれるなら頼みやすいし、もっと売り上げが見込めるのではないか。
他の店も俺が納得出来る品物なら、デリバリーの顧客にしてもいい。
短時間だけでも配達するだけの人を雇えば雇用創出にもなる。
まあその人のバイト料ぐらいは売り上げが上がれば賄えるだろうし、百ガル、二百ガルぐらいの配達料がついても、並んで待っている手間を考えたら御の字だ。
新たな商売について計画を話す俺に、ジルもアマンダも身を目を輝かせて頷いていた。
これはイケる、という確信のようなものがあった。
準備といってもデリバリー用のカゴの小さいリヤカーを用意するだけだ。
エドヤも今はナターリアが店をやっているだけで、俺が不在なこともあるので配達など出来なかったが、ドライバーだけ雇えばいいなら、そこまで人柄を気にしなくてもいい。
土地勘があって、普通に仕事をこなしてくれるだけでオッケーだ。
近場に住んでいる人ならば、配達する家が顔見知りだったりすることもあるし、そうそう問題は起きないだろうし。
エドヤデリバリーの計画にはリヤカーの調達が最優先だ。
アーネストは仕事が忙しいようだが引き受けてくれるだろうか。
そんなことを考え後日アーネストのところに行ったら、ご両親が帰って来るので仕事を受けられるとのこと。
「俺も配達してくれるんなら割高になっても助かるしな」
らしい。
ただちょっと気になっているのは、ジルが厨房つきの店を「二つ」空けてあったことだ。
アマンダだけなら一つでいいし、他に誰か入るのだろうか。
しかし周りにそんな人、いたっけなあ。
ジルが何も言わないので俺も敢えて聞かなかったけど。うーん。




