タウンハウスで新商売
先日、俺はアマンダから相談を受けていた。
期間限定で借りているレストランの主が思った以上に療養が上手く行ったそうで、もう一カ月もしないうちに王都ローランスから戻って来る予定なのだと言う。
そうなれば間借りしているだけだったアマンダは出て行かねばならない。
「いやね、健康になるのは結構なことだし、喜ぶべきことなんだけどね。ただほら、私もテイクアウトの店が慣れて来て、常連さんも増えているところだから少し残念だと思っちまって……」
改めて別に借りることも考えたが、厨房と売り場だけの店というのはなかなかないらしい。
「食べられるテーブル席がいくつかでも付いているところはある程度広いだろう? そうなると家賃も高いから、やっぱり金銭的に負担が大きくてねえ」
「アンデンでお昼だけ営業というのは……」
「ダメダメ。従兄のジェフがまた怒り出すよ。昼間にテイクアウトで出してるなら店でも出せるだろうなんて言うお客さんもいるだろうし、別々にしとかないとまたトラブルになるよ」
焼き鳥やカレーなどを試しに出してたら忙しくなりすぎて、楽しく飲めなくなるから辞める! と騒いでいた人だ。
アマンダもジェフが飲みながら陽気に語らうのが好きだから、と手伝いみたいな給料でバーテンダーとして働いてくれている。
だからこそ彼女が自由に動けている部分もあるので、もう無用な揉め事は起こしたくないのだろう。
「ジルさんには相談してみました?」
「まだだよ。今だって安く貸してもらってる恩義があるのに、図々しいじゃないか」
「それを言うなら私だって恩義が山盛りですよ。ですけど力になれるかどうかはともかく、友だちに相談もされずに店じまい、なんて方がジルさんにとっては悲しいんじゃないですか?」
「そ、そうかねえ?」
「そうですよ! ジルさんはエドヤに週に四日、私やうちの子たちの勉強を教えに来てるんですから、相談しましょうよ。ダメ元じゃないですか」
俺だってテイクアウトの店がなくなるのはとても不便だし、出来れば続けて欲しいのだ。
早速翌日現れたジルに、勉強後の時間をもらい、アマンダと一緒に事情を説明した。
「ああ、アマンダもいるのはそういう理由かい。私も店主夫婦が戻って来るからどうするのかって気にはなってたんだ」
お茶を飲みながら頷くジルに、俺は尋ねる。
「テイクアウトだけをする飲食店の店舗って、やっぱり少ないんですかね?」
「んー、ない訳じゃないんだけどね。そういうのはほら、家族経営で家の一部を改造してそちらで菓子を売るとか、茶葉なんかを売るとかが多くてさ」
そこまで大きな利益が出ないから、店を借りるまでにはいたらないという形だ。
地主としてもある程度の収入は欲しいから、店舗などは客が入れるレストランタイプにしてそれなりの家賃を設定したいと思うだろう。
結果、いわゆる長屋的な店が並ぶスタイルは本当に少ないらしい。
「だよねえ……私もツテを辿って探したんだけど全然なくて。うちぐらいの小さなビストロみたいな大きさでも結構な家賃でね。借りれはするけど、アルバイトの給料とか考えると厳しいね」
アマンダがため息を吐いた。
「近頃は引っ越して来る人も増えたからね。空き店舗もアパートも徐々に埋まり出してるんだよ」
ジルの言葉に俺は少し驚いた。
「え? ホラールって酪農と農業以外に何かありましたっけ? 確かに景色はいいし住民の皆さんも穏やかでいい町ではありますけど」
ホラールはのどかな地方都市だ。
サッペンスほど発展もしてないし、ルルガみたいにクリエイターが集う町という印象もない。ラズリーは行ったことないので分からないが、王都ローランスのように大都市の華やかさもない。
ジルがバカだねえ、と笑った。
「エドヤが出来て便利で珍しい品物が売られるようになって、美味しいテイクアウトの店も出来て、色んな味の調味料が売られるようになったじゃないか」
「またまたご冗談を。その程度のことで人が増えるわけないじゃないですか。やだなあもう」
俺は吹き出した。
だがジルもアマンダも笑っていない。
「オンダったらまったく。変化の少ない町に変化があるってことは、ちょっとやそっとのパワーじゃないんだよ? 分かってないねえ」
「アマンダもそう思うだろう? 毎日真面目に働いている人はさ、今までの代わり映えしない食事に、珍しくて美味しいものが増えただけでも彩りになって嬉しいもんなんだよ」
「日々の楽しみが増えるってもんだろ」
俺は料理が好きだし食べるのも好きだから、調味料を作るのも真っ先には自分のためだった。
トランクの中のものも売りたいし、美味しいものも食べられるようになりたい。
だからモブ顏の営業スマイルを駆使して、頑張って足場を作って来たのだが、町の人たちにもそこまでいい影響があったのか。
「だから、ホラールでは最近美味しいものが売られ出した、新しい調味料があるらしい、便利な掃除用具があるらしい、髪が美しくなる、髪が生える、とか色々噂になってるみたいだね」
「町の反対側の方に住んでる人たちも馬車で来たりしてるよ。エドヤでも気づかなかったのかい?」
「作っている家の方に集中してて、ナターリアさんにお任せ状態でしたので……」
やれやれとあきれ顔をしたジルに頭を下げていると、あ、思い出したよ、と表情を改めた。
「アマンダに最初にレストランを貸した時にはまだ完成してなかったから言わなかったけどさ、タウンハウスが出来たんだよ。そこに入るのはどうだい?」
「……タウンハウス?」
耳慣れない言葉に俺は首を傾げた。




