エドヤデリバリー
「ああオンダ。待ってたぜ……ってそちらのお客さんは?」
俺がパトリックやベントス兄弟を連れてアーネストの工房へ向かい、窯の前で作業していた彼に声を掛けると、黒く汚れた頬をタオルで拭ってこちらに向いた彼が驚いたような顔になった。
「アーニーさん、突然大人数で押しかけて申しわけありません。彼らは今、私の家を作ってくださっている大工さんたちで、リヤカーに以前から興味を持ってくださってまして」
彼らは信頼出来る友人だとも伝えた。
お客さんが増えるなら人が増えても喜ぶかと考え、ご迷惑かとは思ったが同行して来たと説明し頭を下げる。
「お客さんが増えるのはこっちも助かるけどさ。まあ狭いとこだけどどうぞ」
立ち上がり工房の中に案内しようとするアーネストに俺は慌てた。
「あの、もし作業中でしたらお待ちしますので」
「おいおい、俺にもひと休みして昼飯ぐらい食わせろよ。丁度アマンダの店でテイクアウトでも買って来ようと思ってたんだ。すぐ戻るから、買って来る間だけ待っててくれないか?」
そう言いながら首からタオルを外し、ジャンパーを羽織ろうとするアーネストに俺は軽く手を挙げた。
「実は大工さんに渡すついでに、アーネストさんにも焼きおにぎりとミソスープを差し入れに持って来たんですが、嫌いでなければいかがでしょうか? ミソスープは温めないとダメですが」
「お? そりゃあいいな! 俺も出かけずに済んで良かった。もう腹ペコペコなんだ」
俺から焼きおにぎりの袋と小鍋を受け取ると、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「──ふんふん、んでサッペンスに帰る時に持ち帰るつもりなのか、そちらさんたちは」
アーネストが温めたミソスープと炙り直した焼きおにぎりを急いで平らげた後、お茶を飲んで待っていた俺たちに加わった。
「まだ二カ月ぐらいはかかると思うんで、そこまで急ぎじゃないんすけどね。他の注文もあるだろうし、三台は難しいっすか? 定期的に来る予定なんで後日改めてでもいいんだけど」
ミハエルは扉の横に貼られていたたくさんの注文伝票を見たらしく、厳しいと思ったようだ。
「俺も欲しいんだが、近くに住んでるから出来るまで気長に待てるぜ」
パトリックも遠出するには馬車が必要だけど、近辺を移動するならリヤカーは便利だとずっと思っていたらしい。
「うーん、確かに受注生産だからなあ。ありがたいことに、リヤカーに乗っているお客さんを見て自分も欲しいって人もいて、今じゃ本業より忙しいぐらいだよ」
彼の本業は馬の蹄鉄を作ったり、馬車の金具などの修理をしたりという、いわば鉄関係のスペシャリストだ。
こういう仕事はなくなりこそしないが、そう頻繁に利用することはない。
なまじ腕がいい職人なので注文は切れないが、何年も壊れず使えたりとか蹄鉄が長持ちするなど、悪い意味でも売り上げに影響が出たりする。
それを多数の顧客を確保してまかなっている状態だ。
それがリヤカーを作るようになってから、今まで利用してなかった小口のお客さんが増えて、正直助かってると感謝されたことがある。
「だけどオンダの友人じゃつれない返事も出来ないしな。いいぜ、パトリックさんのもまとめて四台、引き受けるよ」
「大丈夫かい? 俺はすぐ取りに来れるからよ、ミハエルたちのリヤカーを優先してくれよ」
パトリックがそう言うと、アーネストは大丈夫だと笑った。
「実はさ、引退してた両親が『のんびりしてるのに飽きて来た』とか愚痴られてな。俺は忙しいって伝えたら近々戻って来てくれることになったんだ」
ホラールの端っこの方に母親の実家が残っていたので、そちらに両親揃って引っ越して、家庭菜園でもしながら老後を送ろうとしたようだが、両親もそろって働いてないと落ち着かないタイプらしい。
特に父親は仕事大好き人間で、彼が仕事を引き継いでからも何かと手伝いたがっていたようだ。
まだ六十歳には間があるというので、楽隠居するには早いよな。
「だから親父が戻って来たら、本業は親父に任せて俺はリヤカー作りに集中出来るし、仕事は途切れない方がいいんだ」
「まあ職人は腕を動かさないとすぐボケるって言うもんね。いやー分かる、分かるわー」
「ちょっとミハエル兄さん何言ってるんだよ、失礼だよ!」
ミハエルの軽口をドミトリーがたしなめると、いいんだ、とアーネストが笑った。
「俺も仕事してないと落ち着かないタイプだから、親父の気持ちが分かるんだ。無理しない程度に働いてる方が元気なんだと思う」
「好きな仕事だったらなおさらですよねえ」
俺も同じタイプなので分かる。
自己満足かもしれないが、自分が働いて収入を得て、それが誰かのためになっていると思えるのは嬉しいし楽しい。
きっとジー様になってもお金の苦労がなくても、何だかんだ仕事をしていたいなあと思うのだ。
ここにいるのは俺以外は職人たちばかりなので、アーネストの父親の気持ちは分かっている。
ミハエルだって、軽口に見せかけてるが自分も同じだと実感してのセリフだろう。
アーネストの言葉に四人とも穏やかに頷いていた。
「おっと、肝心なこと忘れてたよ。オンダに頼まれていた荷台なしリヤカー、見てくれないか」
荷台なしじゃリヤカーじゃないんだけど、まあ自転車とかリヤカーとか分けられても困るか。
あえて訂正せずに裏の倉庫の方にみんなで向かった。
「──そう、こういうのも欲しかったんですよ私!」
アーネストに見せられたのはママチャリ仕様の荷台なしリヤカーだ。
前かごは小さめに、とお願いしていたが、横四十センチ×縦三十センチ高さ二十センチぐらいで、予想より大きかった。
だが今後のことを考えてこれぐらいの方がいいかもと考え直した。
試乗してみると、サドル部分もクッション性が増してより乗りやすくなっている。
タイヤのゴム部分もぬいぐるみなどに入っている綿を間に挟むようにして、振動がよりソフトになるよう考えられているようだ。
何と言っても荷台がないので小回りが利くし、狭いところも楽々通れる。
うちの子たちを乗せないで自分だけ移動することもあるが、荷台があると馬車ほどではないけど通れる場所も限られる。
「でもこれじゃ大した荷物は運べないけどいいのか?」
アーネストが心配したように俺に尋ねた。
「はい。デリバリーにはこれで十分ですから」
「……デリバリー?」
興味深そうな顔をしている彼らにも相談しようと思っていた。
「アーネストさんにも関係あるので、もう少しお時間いいでしょうか?」
「え? あ、ああそれはかまわんが」
俺は笑顔で頷くと、さささ、とアーネストの家の中にみんなを促し戻るのであった。