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ヒラリー・メルエル

「はじめまして、ではなかったですね。エドヤの主人、オンダです」

「ヒヒヒ、ヒラリー・メルエルともも、申します」

「ああ、今日は軽く世間話するぐらいの気持ちでお願いしますね」


 エドヤへ面接に来たナターリアの幼馴染みのヒラリーは、少しして気づいたが、俺が先日リヤカーをぶつけてしまいそうになった大人しいメガネの女性だった。

 ナターリアから前もって話は聞いていたのだが、彼女は極度の人見知りなのと、緊張すると言葉が上手く喋れなくなったりするのだと言う。

 子供の頃は特にそんなことはなかったらしいが、学生時代にやたらと大声で威圧したり怒鳴ったりする男の先生がいたそうで、一度宿題をヒラリーが忘れたことでこっぴどく叱られたことがあったらしい。

 それから初対面の人、男性には特に、


「自分が失礼なことをするのでは」

「何か失敗をするのでは」

「怒られるのでは」


 という恐怖の感情が先に来てしまい、緊張で口がまともに動かなくなってしまうようだ。

 繊細そうな女性だし、子供の頃は普通に話していたと言うので、遺伝的なものとかじゃなく委縮しやすくなったり、ストレスから来る症状なんじゃないかなと思う。

 男の俺だって、十代の頃に大人からいきなり怒鳴られたり叱られたりしたらビビっていたし、口数も少なくなっていた。

 物静かな印象のヒラリーがトラウマになるほどの経験だったのも理解出来る。

 ただ本人自体は大人になれば治るかと思っていたそうだが、学校を出て何年経っても緊張すると上手く喋れなくなる状態は変わらず、店での接客などは続かなかった。

 それならと話すことが少ない事務系の書類仕事に転職しても、職場の仲間と会話ぐらいはする。

 自分のミスではなくても、急いで仕事の確認をしようとする相手に怯えてしまい、何度もどもってしまったりということが続いたらしく、


「俺(私)がいじめているように思えて落ち込んでしまう」


 などとトップまで話が行ってしまい、


「君が悪いわけじゃないんだが──」


 と詫びられ、三年働いた職場を二カ月ほど前にクビになったらしい。

 

「彼女、仕事ぶりは真面目だし飲み込みも早いんです。学生の頃もクラスでトップスリーに入るぐらい優秀で……ただそういった事情なので、私が紹介できる仕事がなかなかなくて」


 ナターリアはもう付き合いが長いので気心も知れているし、ヒラリーが言葉に詰まることもないが、初対面の人間がいると、緊張しないように意識すればするほどおかしくなるらしい。


「べべべ、別にその人、人が怖い、怖いとかじゃなくても、みが、身構えてしまうというか」


 一生懸命俺に説明するが、まあ俺はほぼ初対面みたいなものだからしょうがない。

 ぶっちゃけ俺自身は意思疎通さえ出来れば問題ないというか、お願いしたいことがお任せ出来ればそれでいいのだ。ヒラリーに無理して喋ろうとしなくていいと伝える。頷くか首を振るぐらいでも大抵の話は通じるのである。


「ナターリアさんから聞いてると思いますが、私がやって欲しいのは、今後新居が出来てからのうちの子たちのお世話と家の掃除だけなんです」


 俺は害のないモブ顏を武器にし、ニコニコと柔らかい口調で説明した。

 ヒラリーが頷くのを見て、俺も頷いた。


「ナターリアさんが虫以外は動物は好きな方だと伺ってますが、ワイルドオッターやブルーイーグル、バナナチキンの世話に抵抗はありませんか?」


 ぶんぶんぶん、と音がしそうなほどの勢いで強く頷くヒラリーに一安心するが、問題はうちの子たちの反応だ。


「ワイルドオッター以外は子供ですが、賢い子たちなのでそこまで手はかからないと思います。が、元が野生なので警戒心が強いのです。ですから苦手な人には近づきません」


 俺はちょっとだけ二階の寝室に隔離していた三人を連れて来た。


「お世話をお願いするにあたって、彼らが苦手とする人にはお任せは出来ないので、失礼かとは思いますがまずは顔合わせをさせていただきたいのです」


 ヒラリーは当然だというように一度頷いた。

 俺はよく分からないといった様子で俺を見ている三人に話しかけた。

「新しい家が出来たらちょっとお店と離れるから、お前たちにご飯をくれたりプールで見ててもらう人を頼もうと思うんだ。それでこちらのヒラリーさんに来てもらおうかと思うんだけど、どうかな?」


 ついいつものように話してしまい、内心慌てつつも、


「ははは、こいつら分かってないと思いますけど、一人暮らしなんでつい普通に話し掛けちゃうんですよねえ、お恥ずかしい」


 などと誤魔化した。

 ダニーたちは知っている人以外にはパネルを持って来たり、話が分かっているようなそぶりを見せたらダメだと言い聞かせてあるのに、自分が疑惑を持たれそうなことしてたら意味ないじゃないか。

 うちの子たちも少し呆れたような顏(に見えた)で俺を見たが、すぐにヒラリーを眺めた。

 彼女はすぐにソファーから床に下りて、ニコリと微笑み頭を下げる。

 見下ろす形ではなく、うちの子たちと同じ目線に立とうとするところに気遣いを感じた。

 沈黙が流れる中、一番最初に動いたのは眠そうにしていたウルミだった。


『ナッ、ナー……』


 ヒラリーの膝に飛び乗り、挨拶をしようと声を上げている途中で力尽き、そのまま爆睡モードに入った。驚いて目を見開いた彼女が、どうしようかとあたふたしている時に、ジローがぽてぽてと彼女に近づき、


『ポ、ポ、ポ』


 と鳴き、自慢げに首のスカーフを見せる。


「なな、な、撫でても?」


 ヒラリーの問いに俺が頷くと、そっとジローの頭を撫でた。

 ダニーはその様子をじっと見ていたが、最後に近寄って行き、


『キュゥ』


 とジローを撫でていない左手にちょいっと触れた。

 まだ慣れているわけではないが、嫌がっている感じはない。

 ──うん、これなら問題ないな。


「彼らはあなたのことを警戒してはいないようですね。少し先になりますが、もしよければ我が家の仕事をお願いできますでしょうか?」


 俺がそう話しかけると、ダニーも撫でさせてもらっていたヒラリーが満面の笑みで頷いた。

 とてもいい笑顔である。


「よよよ、よろしくおね、お願いします」


 ぺこりと頭を下げた彼女と、嬉しそうなナターリアに、俺の心も少し温かくなった。

 いつかは俺と彼女が緊張せずに話せる日が来るといいなあ。





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