幼馴染み
「オンダさんお帰りなさい」
「ただいま戻りました」
エドヤに戻るとお客さんはおらず、ナターリアが棚を拭いていた。
「ダニー、ジロー。ウルミは俺が二階のベッドに連れて行くから、お前たちはプールで遊んで来ていいぞ。おやつはウルミが起きてからな」
『ポー』
『キュキュッ』
元気よく返事をした二人は慣れた様子で裏口に向かって行く。
パトリックがこちらに来てから、
「ダニーだけでも開けやすい方がいいだろ」
と言い、裏口と裏手の家のノブをレバーハンドルに交換してくれたので、俺やナターリアが手伝わなくてもダニーが手を伸ばし、簡単に開閉が出来るようになった。
ジローも体が大きいため、くちばしで器用に開けられるのだが、ウルミが爆睡して寿司の玉子焼きみたいに彼の頭に乗ってない時限定のため、なかなかお披露目のチャンスはない。
「今日は思ったよりもヒマですねえ」
二階にウルミを寝かせ、二人分の紅茶を入れて降りて来たが、お客さんの入りはイマイチの日のようだ。裏通りであることを加味しても、歩いている人も少なく感じた。
お礼を言って紅茶を受け取ったナターリアが、そうなんですよと苦笑した。
「今週は大通りでブックフェスティバルをやってますから、あっちの方はかなり人出があると思うんですけれど」
「ああ。そういえばジョージも絶対に行くって言ってましたね。邪魔になるから、まとめ買いして実家に送っておくとか何とか」
一九〇センチを超えるゴツい大男のベントス家次男ジョージだが、ウサギを愛でつつ、家でお茶を飲みながら読書をたしなむのが何よりも好きという優雅な一面を持っている。
俺も読書は好きだが、モルダラ語の読解力がようやっと小学生(低学年)レベルなので、今は童話を読むのがせいぜいだ。
「私の幼馴染みも読書が大好きで、今日フェスティバルに寄った帰りに私のところにも来てくれたんですけど、混みすぎて気分が悪くなったとか」
「まあ閑散としたフェスティバルは物悲しいですから盛況なのはいいことですけど、人混みに酔っちゃう方もいますからね」
「私もセールの時は頑張りますけど、普段はどっと疲れが出るので避けますわ」
雑談をしながら、メイドさん探しの話になった。
俺は週に何日ぐらいでやってもらいたいことはこれで、と説明し、
「私には相場みたいなものが分からないんですが、どのぐらい出せば来てくださるものでしょうか?」
とナターリアに尋ねた。
「そうですねえ……掃除は家の広さにもよりますが二時間もかからないでしょうし、メインはダニーたちの食事やプールの見守りですよね。あの子たちお利口さんだから悪さもしないし、見てるだけなら楽ですけれど……」
十二、三万ガルも出せば十分でしょうけど、どうかしらと首を傾げる。
「私が仕事の合間でもやれるぐらい手はかからないので、赤ん坊のお世話より何倍もやりやすいと思いますけど、やはり犬や猫とは違いますからね」
「難しいですよねえ」
大人しく見えようが実際に大人しくていい子だろうが、野生育ちの子たちなので、やはり怖がる人はいるだろうと思う。
ウルミはともかく、ジローも今はラブリーでプリチーな見た目だが、バカでかいブルーイーグルの成鳥がイノシシを抱えて飛んでたとか、鹿を襲っていたのを目撃されたこともあるらしいし、子供だからといってそのイメージは残る。
ダニーだってあんなに面倒見もよくて愛らしくてこじんまりしているけど、生魚の骨や貝殻もバリバリと嚙み砕ける強いアゴを持っている。それが野生で生き抜く力でもあるのだから当然だ。
うちの子たちはだいぶ野性味が薄まってる気はするけど。
怖がる人がいても当然だと思うし、それを責めることは出来ない。
みんながみんな、ジルさんやナターリアさんのように野生慣れはしていないのだ。
「逆に私や母さんみたいなのがイレギュラーですわ。モリーさんやアマンダさんも怖がらないですけど、オンダさんと交流があるからこの子たちは問題ないって前提がありますもの」
「友人が大丈夫だって言えば大丈夫って感じですね」
「まあ信頼関係は大切です、わ……」
話の途中でナターリアが考え込んだ。
「どうしました?」
「──あの、食事作りってダニーたちの分だけでいいんですよね?」
「ん? ああ、自分の食事は自分で作るので、彼らの分だけです。肉や魚を焼いたり、野菜刻むぐらいでしょうか?」
「良かったわ。それなら一人、心当たりがいるんですけれど」
「え? いるんですか?」
俺は思わず声が大きくなった。
「ええ。かなりの人見知りで料理も壊滅的にダメなんですが、掃除はマメで丁寧、虫以外の生き物は好きで、読書が生き甲斐という友人が」
「読書? というと──」
「はい、さっきお話ししていた私の幼馴染みです」
ナターリアは頷いた。




