通いのメイドさん探し
パトリックやベントス兄弟がオンダハウスの建築作業に入って一週間。
現在の俺は、仕事の合間にリヤカーを飛ばし、ランチの差し入れをしつつ、骨組みの出来て来た倉庫をうっとり眺めている毎日である。
「オンダさんてば、仕事をリタイヤしたご老人じゃないんですから」
とナターリアにも呆れられたりしているが、嬉しいんだもーん。自分の城だもーん。
いやまだ倉庫だから自分の城とは言えないんだけども、それでもオンダハウスの一部だし。
「お、ポリーもご飯が進んでますね」
「……牧草はポリーも大好きなので」
ジョージが返事を返す。
敷地内に鉄柵で囲って、その中に生えている牧草をウサギのポリーがもぐもぐと食べているのも日常の風景である。
ジョージの飼っているこの白いウサギは、一度話し合いに来る時にはペットショップ併設のペットホテルに預けて来たらしい。
長くこちらにいることになれば、預けっぱなしにも出来ないと悩んでいたらしいが、俺が、
「じゃあこちらに一緒に連れて来たらいいじゃないですか。牧草を刈り取る手間も省けますし、ポリーはご飯食べ放題ですよ」
と気楽に言ったら、
「そんなこと許してくれる施工主は初めてだ」
とすごく感謝され、こっちに来てからも張り切って仕事をしてくれている。
だけど実際こっちも助かるし、ウサギが一匹(本当は一羽とか言うらしいけど個人的には違和感があって使わない)いる程度で仕事の邪魔になるとは思えない。
パトリックも休憩中に撫でたりして癒やされてるらしいし、毎日濡れタオルで汚れた足を拭いているジョージを羨ましそうに眺めたりもしているようだ。
うちの子たちもご挨拶とばかりに顏見せしたのだが、ジローには警戒モードが発生し、ダンダン、と足踏みをしていたので慌てて離れてもらった。
……まあ野生だとエサにされる相手だもんなあ。
ジローは少しショックだったみたいだけど、野生の本能はゼロじゃないだろうし、万が一のことがあってもいけない。連れて来てもポリーには近づかないように釘を刺しておこう。
不思議とダニーとウルミには友好的だが、ウルミは起きていることが少ないので接触は少ない。
ダニーは世話好きで面倒見もいいが、しつこくせず適度な距離感を保つので、ポリーにとっても安心なのかもしれない。
ベントス兄弟にも大人しくて賢い子だねえ、と褒められてご機嫌なようだ。
ダニーもジローもこのオンダハウスの予定地に来るのが大好きで、毎日のようにリヤカーに乗り込んで来る。
一度パネルで理由を尋ねてみたら、伐採された木の香りが好きらしい。
確かに俺も子供の頃は人気のない建築現場に忍び込み、木の香りをすーはーしていい匂いだなあと常々思っていたので納得した。
フィトンチッドだっけか、木の香りはストレス軽減したりリラックス効果があるとか聞いたことがある。森林浴ってのがあるぐらいだから、実際人間にはいい効果も与えるんだろうな。花粉症の人は大変だろうが、幸い俺は今のところ大丈夫なので良かった。
それと、木の柵で覆われているところは好きに遊んでいいよ、と言われているので、広々とした空間でゴロンゴロンしているのも楽しいようだ。
確かに俺の今借りているエドヤの二階じゃ、思うように走り回れないよなあとは思う。
──しかしなぜジローはダニーと追いかけっこするのに、自分の足で走っているのだろうか。
時々あいつは鳥であることを忘れているような気がするが、鳥の仲間であっても、バナナチキンのウルミもペンギンのように飛べないタイプだし、彼らに合わせているのかもしれない。
のんびりとサンドイッチを頬張りながら、そんなことを考えていて、あ、と思い出した。
(そろそろ通いのメイドさんを探さなくては)
このことである。
仕事を頼むのはまだ先だが、すぐに見つかるかも怪しいのだから早めに探し始めないと。
動物がお世話を嫌がらない程度には好きで、週に四日か五日通ってくれて、家の掃除とうちの子たちの食事の世話、プールにいる間の見守り。
条件と言えばこれだけなのだが、ネックになるのはやはりうちの子たちの世話だ。
屋敷というほど大きな家ではないし、掃除自体は仕事としてあるのだからいいとしても、犬猫でもない、元は野生のうちの子たちは、やはり怖がる女性だっているだろう。
しかも、彼らが警戒しない人かどうかという問題もある。
最低限のお世話とは言え、警戒している人間に世話をされたらストレスだろうし、こっちも心配になってしまう。
かと言って男性を探せばいいかといえばそれもなあ、となる。
力仕事は任せられても、掃除など細かな気配りが甘い気がするんだよね。
これは単に俺基準にしているからって理由もあるんだけども。
どうしたもんか。やっぱりジルさんに相談してみようか。
ランチタイムを終えてウルミは抱っこ紐に収納、ダニーとジローをリヤカーの後ろに乗せてエドヤに戻る時も、ぼーっとそんなことを考えていたら、曲がり角で若い女性にリヤカーが当たりそうになって慌ててブレーキをかけた。
「申しわけありません! おケガはありませんでしたか?」
「──大丈夫です」
メガネをかけた深緑のワンピースを着た大人しい印象の女性は軽く手を振った。
リヤカーに乗っていたダニーとジローを見て「まあ可愛い」と呟き、ふっと笑みがこぼれた。
俺はホッとしつつもポケットから名刺を出した。
「私はこの先でエドヤという店を営んでおります。もし後から足を捻っていたとか何かしら異常が出ましたら、こちらまでご連絡をお願いします」
「エドヤの……」
「ご存じですか?」
「はい、あの、でも平気ですから」
急いでいるのか名刺を受け取り、早足で歩いていく女性を見送った。
俺は反省した。
今回は大丈夫そうだが、下手したら大事故だ。商人たるもの安全第一でないと。
「ごめんなお前たち急ブレーキかけちゃって。ゆっくり走るからな」
『キュキュ』
『ポッポポ』
全然気にしてなさそうな二人にも謝ると、俺は気持ちを新たにゆっくりペダルをこぎ始めた。




