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恩田、相棒ができる。

「うーん、もう七割は来たよなあ」

 俺は少し馬を休ませることにして、お茶を飲みつつアマンダから借りた地図を眺めた。

 サッペンスに行くまでの道は、広めの通りを延々と進むだけなのだが、何しろ景色がローカルで都会にいた時のように場所の変化がないので少し退屈だ。

 未知の国なので目印になるようなものも分からない。カラフルな植物とたまに現れる不思議な生き物さえなければ、本当に日本の地方の町の印象と変わらないので距離感がつかめない。

 見上げるともう夕焼け空である。

 夜になると、外灯がないので暗くて周囲がよく見えない。

 サッペンスまで丸一日といっても、馬の扱いも素人の俺が夜通し走らせるのは厳しい。

「ちょっと早いけど、この辺で夕食にして寝とくか」

 馬も帰るまで元気でいてもらわないと困るので、干し草を荷馬車から取り出し馬に食べさせる。

 さっき通りすがりの川から桶に汲んでおいた水も横に置いて、自分の夕食に取り掛かる。

 近くの枯れ枝を集めて、トランクに入っていたライターで火を起こす。

 前はタバコを吸っていたが、この国に来てからは買うこともできない。

 ただ吸わなくても特に辛くもなかったし、かえって食事が美味しくなった気がする。

 取引先がタバコ吸う人が多かったので、付き合いの意味合いも多かったし、これを機会にもし日本に戻れてもやめたままでいようと思っているが、ライターが入っていたのはラッキーだった。

 サバイバル能力皆無な人間に、木をこすり合わせて火を起こすとか無理ゲーである。

 俺は荷馬車からキャンプに使うという折り畳み式の金網テーブルを運び出して、たき火の上にセットした。ザックに付き合ってもらい、町で色々な品を入手したが、今後も使えそうなものばかりで助かる。

 本当にあの夫婦に出会えたのは幸運だった。サッペンスでは何かいいお土産を買わなくては。

 俺は料理用に置いといた桶から水を入れた小さな片手鍋を金網に載せ、荷馬車に戻る。

 昼間はポカポカ陽気で気温も過ごしやすいのだが、日が落ちるとけっこう冷え込む。

 肉や野菜を焼いて塩を振って食べるだけだと体が温まらないので、汁物も大事だ。

「味噌も醤油もないのが辛いよねえ……でも連日カレーもさすがになあ」

 独り言を呟きながらも、俺は愛用のダマスカス包丁で袋から出したタマネギやニンジン、鳥肉などを細かくして鍋に放り込む。

 ここに来てから自分でも独り言が増えた気がするが、人がいないような大自然の中で、ケモノの鳴き声ぐらいしかしないのだ。情けないが何か喋ってないと少々怖いのである。

 ついでに網焼きするための牛肉も薄切りし、バザーの時に買った三枚百ガルの白い皿に載せた。

 これは愛用しているので安い買い物だったな。

 町で買った大きめのマグカップも花柄なのはアレだが、スープ入れるのに便利だし重宝する。

 俺は売る商品以外にも自分が食べる物にはこだわる方だが、それを入れる器などは正直どうでもいいタイプである。

 アマンダから勧められたコンソメを鍋に入れ、塩で味の調整をする。あっさりしているが悪くない。

 よし、と牛肉を金網に並べ、塩を振る。

 じゅうじゅうと焼ける匂いが食欲をそそる。

 焼き上がった肉を皿に載せ、熱々を食べる。

「うまっ。いやあ屋外で食べる焼肉は美味いよなあ」

 そう思いながらコンソメスープを合間に飲みつつ食べていたが、やはり塩だけだと飽きる。

(焼肉のタレとか、せめて醤油があればなあ……)

 せっかくいい肉を買ったのに、半分も食べずに満足してしまった。

 だが生肉を翌日まで荷馬車に乗せておくのは食中毒の危険もある。

 とりあえず焼いておくか、と網に載せてぼんやり眺めていると、視界の隅に何かが見えた。

「……ん?」

 視線を向けると、そこにはバカでかい青い鳥が、首を傾げて焼き網を見ていた。

 ──鳥というか、顔の見た目だけでいえばオオワシっぽい精悍な印象なのだが、大きいだけでなくおデブである。鳥のクセに丸々としたダルマ体型なのだ。しかも青。

 少し警戒して動きを見ていたが、敵意のようなものは感じられない。

 肉の匂いにつられてやって来ただけなのだろう。肉とか魚を食べる鳥も多いっていうし。

 俺は焼いていた肉を皿に取り分けて冷ましておく。塩振る前で良かった。

 触ってほんのり温かい程度にまでなった肉を、じっと眺めている鳥の近くに置いた。

 近くにといっても二メートルぐらいは離れていたけど。

 だって立ってても俺の腰ぐらいまで体高があるってことは、一メートルぐらいあるし、足の爪だって鋭そうだ。いくら丸みがあろうと急に凶暴になったらと思うと怖い。

「それ、食べてもいいぞ」

 俺はその青い鳥に話しかけた。

 腹がいっぱいだったら俺を襲うこともないだろう。

 人様とも野生動物とも無駄なもめ事は起こさない。

 それがサバイバル能力なし、鍛え上げた肉体もなし、戦闘能力なし、あるのは営業能力ばかりという、己を知っている俺の処世術である。

 青い鳥は、まんまるの目で俺を眺め、皿を眺め、理解したのか皿の上の肉をつつき出した。

 すごい勢いで減っていく肉を眺めていると、コイツ本当に野生で生きて行けるのかと心配になる。

(まあでもこれだけ栄養が行き届いている感じなら、狩猟スキルはあるんだろうけど)

 満足したのか、そのまま森の中に歩いて消えて行く姿を見送りつつ、鳥なのに飛ばねえのかよ、と軽くツッコミを入れたくなったが、円満解決だったことは満足である。

「明日は早起きして、早めにサッペンスに着きたいな」

 俺は火の始末をして、荷馬車の中で毛布を掛けて眠ることにした。


 朝なんかぬくいなあと思って目を開けると、隣で青い鳥が寝ていた。

『ポポッ』

「お、おいお前なんでいるんだよ」

 図体が大きなわりに可愛い声で鳴く青い鳥に驚いて、俺は慌てて荷馬車を降りる。

 まもなく馬車から出て来た青い鳥に、俺はゆっくりと説明する。

「あのね、昨日の肉はもうないんだよ。分かる? もう肉はないの」

『ポッ』

「ポッ、じゃないの。もうご飯ないんだってば。俺すぐ町に出発するんだから、森に帰りなさい」

『ポッポッ』

 青い鳥はなぜか森に帰ろうとはせず、御者台にふわっと飛び上がる。

 あの体で飛べるんだと感心したものの、全然動く気配がない。

 昨日の焼肉に味をしめてしまったのかは分からないが、一緒に行動する気満々に思える。

 追い払いたいが、変に怒らせるのもよろしくない。

 後ろ姿が人をダメにしそうなクッションみたいでも、あれは野生動物だ。

(エサをもらえないと分かったらどっか飛んで行くだろう)

「悪いけど、もう少し端に寄ってもらえる? 俺が乗れないから」

 というと、ずりずりと横にずれてくれたので、ある程度言葉は理解しているのかも知れない。

 ……まあ道中の話し相手にはなるか。壁打ちみたいなもんだけど。

 俺は気を取り直して荷馬車を走らせることにした。





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