少しずつの前進
家を建てる前にまず必要なのは土地である。
俺にはリヤカーもあるし、いつも使っているレンタル荷馬車もあるので、ホラールの中心地でなくても移動には困らない。
うちの子たちがプールで遊んだり、庭で鳴いてると騒がしいとか思う人もいるだろうから、むしろ町の外れの方がいい。ついでに言えば地価も当然安いので嬉しい。
あちこちに土地や建物を持っているジルに相談しつつ、一緒に売地をいくつも見て回ったが、俺とジルの意見が一致する場所が一カ所見つかった。
サッペンスへ向かう大通りの外れにある元牧場だ。
土地の広さは約千㎡。
俺のつたない学生時代の知識だと、一坪三・三㎡だったと思うので、約三百坪。
大体バレーコート二つ分といったところか。
俺の実家は三十五坪だと母から聞いたことがあるが、それの八倍以上。
いやまあ牧場だったのならそのぐらいなきゃ逆に困るだろうが贅沢すぎる。
「ジルさん、さすがにちょっと広すぎないですか?」
「あんたの家だけなら広すぎるよ。でも倉庫とプールも作るだろう? あまりキチキチに建物が並んでも日当たり悪くなるじゃないか」
「まあそうですけど、でも高いんじゃないですか?」
ジルが不動産業者から受け取った紙を広げて眺める。
「……そうでもないよ。千五百万ガルだからね。長いこと売れてないみたいだし、交渉すれば千二百万ぐらいにはなるだろうさ」
「売れなかったのは何か事情でも? 町外れとはいっても大通り沿いですし、繁華街近くにある私の店も、リヤカーで大体十五分ぐらいで行けますけどね」
近くに民家もあるし、店こそリヤカー使うか少し歩かないとないが、ド田舎というほど何もない地域ではないのだ。
「中途半端に民家があるから、牧場としては問題があったんだろうね」
一番は臭いの問題だろうと言う。
「ああ、それは確かにキツイですね。特に夏場なんかは」
「周囲の住民にしか辛さも分からないだろうしね。それに出荷作業など早朝にすることも多いだろうし、騒音なんかもあったかもしれないね」
俺から見ればものすごく広い土地に思えるが、ジルに言わせれば牧場としてはかなり小さな方らしい。
「昔から持っていた土地で代々やってたのかもしれないけど、町が発展して家も増えて来ると、そりゃあ今まで問題じゃなかったことも問題になるからね」
不動産業者によると、トラブルの対応にも疲れた地主が、もっと田舎に広い土地を買って引っ越したそうだ。
「それと単純に、ホラールなんて田舎町で広い土地を買って家を建てるぐらいなら、サッペンスや王都ローランスに建てるさ。お金持ちならなおさらだよ。一般の家を建てるには広すぎて管理も面倒だ」
「なるほど……ホラール、いいところなんですけどねえ」
「どこだって住めば都だよ。でも、どうせお金があるなら、大きくて何でも揃ってるような便利な町で暮らしたい人は多いよ」
「うーん、確かにそれは一理ありますね」
日本で利便性を取った都心に住んでいたから納得だ。
値段は少し下がるかもという期待は別にしても三百坪か。
大きすぎても俺も管理が難しいかもしれないよなあ。
「家を建てて倉庫を建ててプールを作って、まではいいんですが、牧草が広範囲で生えてるじゃないですか? 普段の草刈りとか大変そうな気がしますね」
広いからこそのデメリットもある。
うーん、と悩んでると、ジルが「だって使用人を雇うんだろう?」と首を傾げた。
「料理はまあオンダが自分でやるならいいとしても、草刈りに家や倉庫の掃除、プールの管理なんて仕事しながら出来るわけないじゃないか。オンダが不在中、あの子たちの世話をする人もいるし」
「家を建てるなら、倉庫の隣にエドヤも一緒に建てようかと思ったんですが」
それならうちの子たちの様子は今まで通り見られるし、ナターリアだって少し遠くはなるが通える距離だ。掃除もそれほど大きな家でないなら苦ではない。
ちっちっち、というように指を左右に振ったジルは、
「ダメだよ。店とプライベートの場所は一緒にするもんじゃない」
とたしなめられた。
店が閉まっていても、自宅に来られて商品を売ってくれと頼まれたら強くは断れない。
断れば冷たいだの嫌な噂も流されることもあり、商売に影響が出る可能性もある。
そしてそういうことがあれば、閉まっていれば自宅に行けばいいとなり、一日中仕事と区切りがつかない状況になると言うのだ。
「面倒見が良くて親切な人が多い町なのは事実だけどね、情が深いのも良し悪しで、悪気はないけど無意識に譲歩や親切を強いて来る場合があるんだよ」
昔からそういうのがちょっと鬱陶しくなることがあってね、とジルは告げた。
世捨て人のように人との関わりも最低限にしていた理由もそれらしい。
「だから悪いことは言わない。店は店、家は家で別にしとくのがベストだよ」
「分かりました。とても参考になります」
人生の先輩の意見は貴重である。
通いのアルバイトを探すのは仕方がない。人を見る目のあるジルさんと相談しつつ探すか。
だんだんと俺もこの土地に乗り気になって来た。
だが最後に一つ。
「うちの子たちが気に入ってくれるか、一度連れて来たいです」
「そりゃそうだね。んじゃ早速戻るよ」
ジルと俺は颯爽とエドヤに向かってリヤカーを走らせるのだった。
その後、珍しく起きていたウルミとダニーとジローを俺のリヤカーに乗せ、元牧場の跡地に連れて行った。
「なあみんな、ここに俺たちの家を建てたいと思うんだけど、どうかな? 外にプールも作る予定なんだけどさ」
ニコニコしているジルと俺を眺めた三人は、キョロキョロと辺りを見回し、
『キュウ!』
『ポッポッ!』
『ナッナー♪』
とご機嫌な返事を返してくれた。
よし、恩田家の土地はここで決定だ。
後はパトリックと家や倉庫の構想を練らなくては。
やることを一つ一つ潰して行くのは俺の得意分野である。
無事に完成するまではまだまだ大変だと思うけど、頑張るぞ~。




