ルルガの町へ
俺にとって素晴らしく良かったこと。
それは念願のショーユが手に入ったこと。
しかも、しかもだ。
待ちに待ったといっても過言ではない、濃口醤油である。もう少し熟成した方がいいのかもしれないが、四カ月なら十分だろう。むしろ外国の人間がよくここまで再現してくれたと涙が出そうだ。
だがモリーとしては今一つ納得がいっていない様子だ。
「これ! これですよ! 故郷の味です!」
ラボで味見をした俺の興奮とは裏腹に、モリーは首を捻る。
「でも自分で作っておいてなんだと言われそうなんだけど、大豆が原料になっているじゃない? 味にインパクトがなさすぎないかしら?」
「モリーソースは確かに魚のうま味が前面に出たものですが、ショーユはあくまでもソースが主役ではなく、素材の引き立て役になるものなんです」
俺は熱弁した。
魚のうま味があるのは確かにいい。魚醤の良さはそれなのだから。
だが肉料理とは相性が良くはないし、魚自体があまり好きでない人もいる。味も少々クセがある。
その点、野菜でも肉でも魚でもどーんと来い、という懐の広さがショーユの優等生なところなのだ。
個人的な感想だが、海外のソースというのは足し算になっているものが多い気がする。ソース自体で完成してしまっていて、余計なものを入れると味が壊れやすいイメージだ。
面倒がない分そちらの方がいいのかもしれないが、俺はあれを足して、これも足して、と味わいが各家庭やお店で異なるオリジナルな方が面白いと思っている。
味に特徴がないということは、受け入れられる人たちも多いということだ。
そんなことを熱く語る俺に、若干押され気味だったモリーも徐々に自信が回復したらしい。
「それじゃ、これを量産でいいのね?」
「はい、お願いします! 大量にお願いします!」
俺はラボを出て、トランクから布袋を取り出した。
「百万ガルお持ちしました。出費も増えたでしょうし、役立ててください」
「まあ! まだ前にいただいたお金も残っているのよ。うちもお陰で儲かっているのだし、そんなにもらわなくても──」
俺は首を振る。
「ある程度は経済状況にゆとりがないと、原材料で質を落としたり、アルバイト料を上げられなかったり、どこかに必ずしわ寄せがくるものなんです。いいものを作るのに、ケチるとろくなことにはなりませんから」
エドヤで扱っている商品もそうだ。
ネーミングセンスはマリアナ海溝に投げ捨てて来た山田社長や、そもそも名前を考える気もないバウムクーヘンの篠崎さん、ビーフジャーキーの竹田さんのところも、原材料をケチらず、社員にも手厚いところばかり。
「こいつら全然辞めないから、新卒のぴちぴちが入れられるのはいっつも上が定年退職した後なんだよう。平均年齢が上がる一方でいかんわ」
と山田社長が笑っていたが、長く勤めてくれる人が多いということは、それだけやりがいや居心地の良さがあるということ。会社への愛があるとも言える。
結果的にベテランの流出が防げて、商品のクオリティーも維持できているのである。
「あまったら次の開発に回せばいいだけなんですから。どうか受け取ってください」
「……分かったわ、ありがとう」
モリーはモリーで、ラボでの調味料開発以外にも、ジェイミーのレストランでの新しいメニューを考えたりとやることは増えたらしい。
「でもあれよね。やることがあるっていうのは、忙しくても嬉しいものよね」
「まあ仕事人間ですからね、私もモリーさんも。目的に向かって走っている時が一番元気なんですよ」
二人して顔を見合わせて笑ってしまった。
ショーユは五百ミリリットルぐらいの瓶詰で、エドヤ用として二百本を仕入れられることになった。
大豆が安いので原価も抑えられるから、一本で二百ガルぐらい。
多分一本五百ガルぐらいで売れるだろう。あまり高くしても意味がない。
最初は先行投資分もあるから元は取れないが、味が広まって買う人が増えれば、今後どんどん売れるはずだ。
「オンダ、今夜は泊まっていくでしょう? せっかくだからジェイミーに、ショーユを使ったメニューをいくつか披露してくれないかしら?」
「お任せください」
俺は頭の中で色々とメニューを考えていた。
ふと開いた窓から入ってくる風が涼しくなってきたなあ、と感じる。
そろそろ秋の気配だと思っていると、裏口からダニーたちが水遊びを終えてベルを鳴らした。
これはジェイミーがノックに気づかなかったら悪いから、と長い紐をつけて設置したものだ。
みんなうちの子たちに本当に優しい。
『キュッキュキュー』
「お帰り。スッキリしたか?」
『ポゥ♪』
「そうかそうか」
電池切れしたウルミを頭に乗せたジローの返事に頷く。
さあ、明日ホラールに戻ったら、早速ショーユの販売促進と、ルルガへの旅を考えなくては。
脳裏に魚介の刺身やなめろうが浮かび、俺は心の中でワクワクが止まらなかった。