止められない流れはあるもんだ
「おーいケンタロー、今日も働いてるかー♪」
俺がホラールに戻ってからも、パトリックは自分の休みのときには、酒屋から我が家に連絡をくれ、頻繁に遊びにくるようになっていた。
サッペンスの魚介類を土産に、俺がつまみを作るのが定番だ。
「飲み友達とたわいもない会話をして、美味しいもの食って。周りの目を気にすることなくダニーたちと遊べてよ。ほんと、幸せだよなあ」
「サッペンスとの往復だけでも半日以上かかるんですから、月に二度も三度もこっちに来てたら体も休まらないでしょうに」
「分かってねえなケンタロー。休みは心身ともにリフレッシュするための日だぞ? ダニーたちと遊べて、ケンタローと飲みつつ色んな話ができて、新たに仕事への意欲が湧くんじゃねえか」
「まあパトリックさんがいいならいいんですけど」
「相変わらず丁寧に話すなお前は。ケンタローの方が年上なんだから、仕事みたいな話し方しなくてもよう……つってもまあ誰に対しても一緒みたいだから、性格的なもんか」
そんなこんなで、いつの間にか俺の家の在庫置き場になっていた一部屋が、パトリックの滞在時に使われるようになっていたが、俺が淡々と受け入れられているのは理由がある。
彼は、俺が仕事をしていると決して邪魔をせず、二階や裏の家のプールでダニーたちと遊んでくれるし、
「プールのとこだけどよ、あそこちょっと排水部分が狭いから、今後水の通りが悪くなると思うんだ。もしケンタローがよかったら、俺が来ている間にちょいちょい手直してもいいか?」
などと言って、さり気なくサポートを申し出てくれたりする。
仕事とはいえ、俺が友人を放置してしまっているという呵責を感じさせないようにしてくれるのだ。これは彼なりの気遣いだと感じるし、生来的なものだと思う。
顔の傷さえなければイケメンだし、繊細な気配りが無意識にできる。正直いってモテ要素しかない。
かなり懐の広い魅力的な男だと俺は思うが、別れた恋人ももったいないことをしたものである。
ホラールでもアマンダ、ザック夫婦や、ジルにナターリアとも食事をして顔を合わせたが、彼らもパトリックの傷については嫌悪感を見せることはなかった。
ウルミの恩人という立場ももちろんあるだろう。
でも見た目こそ大柄で手負いのクマのようなコワモテな男だが、話せば彼の穏やかな人柄や、言葉こそ乱暴だが思いやりのある人間であることはすぐ分かる。
俺はこの国で知り合う人たちに恵まれているので、さほど心配はしていなかったが、パトリックはやはり会う時には少々緊張していたらしい。
「いや、俺はこんな顏だから、まあ慣れてるっちゃ慣れてるんだけど、怖がられるとやっぱり悲しいからな」
それが歓待された上に、動物好きで盛り上がったことも、可愛いものが好きだということに理解を得られたのもすごく嬉しかったと言う。
「ケンタローの周りはいい人ばっかだな、うん」
「私、そういう良縁は持ってるみたいですね」
「きっとお前が優しい人間だからだな。ダニーたちが懐いているのも、ケンタローに惹かれる何かがあるからだろうさ」
この男は真顔でいきなり褒め殺しをしてくるのでたまに体がこそばゆくなる。
幸いというか、当たり前のようにうちの子たちはパトリックを受け入れて、懐いている。
彼が遊びにくると、
『キュッ!』
『ナッナー♪』
『ポポーゥ』
などと挨拶をしながら近寄ってくる。これもかなり珍しいことだ。
「こいつら人懐っこいよなあ」
とパトリックはいつもウキウキしながら撫でているが、実はそこまで撫でさせてくれる人は俺とナターリアしかいないのである。
この子たちは外面はわりといい方なのだが、よく知らない人に撫でられる時は、かなり警戒心を持っているのが分かる。かなりお世話になっているナターリアやジルでさえ、緊張しないようになるまで一カ月二カ月はかかっていたと思う。
だが不思議とパトリックには最初の頃から、そのピリピリした感じがないのだ。
普通ガタイのいい人間が近寄って来たら元野生動物としては怖いと思うのだが、彼らにもパトリックの温和な性格や、触る時のさり気ない気遣いみたいなものを感じるのだろうか。
俺はすでにこの二カ月あまりの間に、すっかりパトリックを友人と思っていたので、うちの子たちが彼を気に入ってくれているのが嬉しい。
まあ、俺がいないのに楽しく遊んでいる子たちを見ると、ほんの少しばかり嫉妬の感情も湧くんだけども。
だが俺の家で飲んで食って、うちの子たちと遊んでと一泊か二泊して帰っていくパトリックだったが、どうも最近は、家に来る前に町をあちこち散策している様子がうかがえた。
(サッペンスよりは田舎だから、バカンス的な感じなんだろうか)
などと考えていたが、俺の予想はまったく違っていた。
「……引っ越す? サッペンスからですか?」
「おう! いい感じの家も借りられたからな。エドヤからなんと徒歩十分だぞ? いやー、こっちはやっぱり安いよなあ、家賃」
今日は少し忙しかったので、アマンダの店で買ってきてもらった弁当を夕食にして一緒に食べていたが、俺は肉じゃがを食べていた手を止めた。
「ちょ、サッペンスの仕事はどうするんですか?」
「ん? モリーの店の隣か? あそこはもう終わったぞ」
「そうじゃなくて、他の仕事だってあるでしょう?」
「俺は大工だから、別にどこでも仕事があるんだよ。それに、別にどうしてもサッペンスにいなくちゃいけない理由もねえからな」
こっちにも建築協会はあるから登録したし、最初にジルのところの雨漏り補修の仕事も受けたという。
「こっちに引っ越したら、もっとケンタローやダニーたちにもマメに会いに来られるしな!」
「ですけどそんな大事な話、簡単に決めていいんですか?」
生活環境が変わるのってけっこう大変だぞ。
もっと色々と検討するもんじゃないのか普通は。
だがパトリックはご機嫌である。
「身内がいねえってのは、寂しいこともあるが、気楽にあちこち行けるってことでもあるんだよ」
「そりゃそうですけども」
「それにケンタローの周りの人も気さくでいい人たちばかりだろ? 俺にはサッペンスよりも居心地がいい町って感じるんだよな」
ケンタローたちに会うために往復する時間ももったいないし、そんなら引っ越して来た方が早いじゃねえか、となったようだ。
「ウマが合う友人がいて、可愛いダニーたちにも今まで以上に会えて、ジルさんたちと動物たちの話も気兼ねなくできる。天国みてえなとこじゃないかってな」
「パトリックさんが近くに越して来るのは嬉しいですけど、いいのかなあ、そんな気軽に決めてしまっても」
俺やうちの子たちとの関係のせいで彼に変化を強いてしまったのでは、と責任を感じてしまう。
「おいおい、何を気にしてんのか知らねえけど、俺は単にホラールが気に入っただけだぜ? あくまでもケンタローたちがいるのはおまけだおまけ!」
大きな声で笑いながら背中をバンバン叩かれた。
パトリックが引っ越してくるのは個人的には大賛成だし、多分うちの子たちも会う回数が増えたところでまったく気にもしないだろう。
だけど会う頻度が上がれば、ダニーたちと会話ができるようになりつつあることを隠し通すことは難しい。
パトリックを知っていくにつれ、秘密は守ってくれる人だと確信していたが、今まで隠していたことを打ち明けるっていうのは、悪気がなかったにしてもなかなか言いづらいものだ。
信用されてなかったのだと思われ、彼を傷つけないといいのだが。
(……引っ越してきた後に話すのがいいタイミングかな)
俺は食事に戻りながらそう心の中で考えていた。




