絶対に諦めん
アマンダもレシピ習得の合間をぬって、仕事を終わらせたモリーと一緒に洋服やお土産をしっかり購入していたらしく、帰りのトランクはパンパンになったようだ。
「レシピもたくさん教えてもらったし、買い物もできた。有意義なサッペンス滞在になったね」
嬉しそうに朝食のスープにパンを浸して食べながら、ご機嫌な様子の彼女に俺も笑顔になる。
今日も十時ぐらいまでに出発すれば、夕方になる前にホラールに戻れるだろう。
早起きしたダニーたちは、帰る前に水浴びさせた方がいいだろうと思い、食事をさせ現在は裏庭で遊んでいる。
せっかくなので、俺もダニーたちが遊んでいる間に、おやつの干物や自分の普段着でも見てこようかな、などと食後のコーヒーを飲みながら考えていると、
『キュッ! キュッ!』
と裏庭からダニーの大きな鳴き声がした。
普段あんなに大声を出さないので、慌てて裏口に向かうと、ダニーとジローがこちらに戻ってくるところだった。
「ダニー、突然大きな声出すから驚いたぞ。ケンカでもしたのか?」
俺の問いかけを無視して、そのまま扉を抜け居間へ向かっていく姿をみて、俺もきびすを返す。
ウルミがいなかったので、寝室に向かったが姿はない。
「何だよ、どうした? ウルミはどうした? どこに寝かせたんだ?」
俺がダニーに尋ねると、✕ボタンを足で連打した。
慌てた様子のダニーにモリーたちも気になって集まってきた。
「オンダ、どうしたの?」
モリーがダニーとジロー、そして俺を交互に見た。
「いえ、ウルミがいないし、ダニーたちが何か伝えようとしているんですが」
「まあ!」
早足で裏庭に確認に向かったモリーが戻ってきて、首を振った。
「溺れたのかと思って血の気が引いたけど、どこにもいなかったわ。ベッドは?」
「それがいないんです」
まさか誘拐か? だがダニーたちがいるからウルミだけ連れ去るのは難しいだろう。
俺も色々考えつつも、変な汗が背中を伝う。
落ち着け。ダニーたちは喋れない分、俺に説明しようと居間に置いてあるパネルのところまで戻ってきたのだから、俺が冷静に聞き取りしないとダメだ。
「……ウルミは誰か悪い人にさらわれたのか?」
✕。
「でも、今は近くにいないんだよな?」
〇。
残念ながら家にある一部の木製パネルしか持って来てないし、どうしていないのか、なんて質問しようと考えていると、ジェイミーが「あ」と声を上げ、しゃがんでダニーに話しかけた。
「ねえダニー、水浴びのときはちゃんといたんだよね?」
〇。〇。〇。
「もしかして、裏の斜面から落ちたのかい?」
〇! 〇! 〇!
ジローの〇ボタン連打の途中で俺は慌てて家を飛び出して、坂を下り店とラボの裏側に走った。
モリーの店やジェイミーのレストランがある土地は、少し町の高い場所にある。
いや港などからモリーの店は地続きだ。
商店街などがある場所の方が、少し坂道を下った低い場所にある、といえる。
(確か裏手の家は改築工事をしていたようだったが)
だが今日はまだ人気もなく、辺りを見回してもウルミの姿はない。呼んでも返事はない。
しかしウルミは眠ってしまうと簡単には起きないので、返事がないイコール近くにいない、という証明にはならないのだ。
「ウルミー、ウルミー!」
声を上げて置いてある木材の隙間を見たりしていると、ジェイミーが俺を呼びにきた。
「オンダさん戻って下さい、話は途中です。ウルミは走ってる馬車の幌に落ちたみたいです」
「なんだって?」
ジェイミーの話にまた駆け足でモリーの家に戻る。
結局俺が一番冷静になれていない。
「ごめんな、ちゃんと話を最後まで聞かなくて」
戻った俺はダニーとジローに謝った。
ジェイミーの話によると、パネルが少ないので上手く説明ができないことにイライラしたのか、ダニーが身ぶり手ぶりで何とか伝えようとしたらしい。
俺が改めてその情報をもとに聞き取りをした。
大まかな話をまとめるとこうだ。
遊んでいる最中にウルミが眠った。よくあることだ。
ダニーがタオルの上にウルミを寝かせ、二人で水浴びをしていたらウルミが起き上がったらしい。
ウルミがいきなり目覚めてから、少しだけウロウロしてすぐまた眠ったりもする。
ダニーの身ぶりだと、ウルミが自分で寝ぼけて足を踏み外して落ちたらしい。
ジローが落ちたウルミを救出しにいこうとしたが、転がり落ちたウルミが坂下を走行中の馬車の幌にポンと乗っかり、そのあと幌の小さな穴か破れ目に落ちたようだ。
体の大きなジローにはきっと入れなかったのだろうし、ダニーも追いかけるには限度がある。
かといって御者を止めたくても理由を説明できない。
反対に野生の獣が襲ってきたと誤解され、御者に棒などで応戦されでもしたら、彼らまで危険な目に遭う。むしろそんなことをしないでくれてよかった。
とりあえず馬車の走った方向だけ見て、ジローと共に俺に報告しなくてはと思ったらしい。
「裏には柵は設置してあるけど、人が落ちないためのものだものね……ごめんなさいオンダ、私そこまで気が回らなくて」
モリーがひどく気落ちして俺に詫びたが、モリーのせいではない。
「やだなあ、よして下さいよ。ウルミが勝手に落ちただけですから」
俺はわざと陽気な口調で応えた。
モリーに気を遣わせないのと同時に、ダニーに責任を感じて欲しくなかったからだ。
現にめちゃくちゃ悲しそうな表情で俺を見ている。
ダニーはみんなの頼れるお兄ちゃん役だからなあ。
だけど幌でバウンドして馬車の中に落ちたなら、大きなケガはしてないだろう。
そこは安心だし、馬車の中ならば野鳥に襲われる心配もまずないと思っていい。
とはいえ、馬車の持ち主がウルミを見つけたときに、どう対処するかは分からない。
すべての人が動物好きではないのだし。
とにかく急いで探さねば。
「アマンダさん、申しわけないですが、こちらで御者つきの馬車を借りますので、それで先に帰っていただけますか? 私はウルミを見つけてから戻りますので」
「お待ちよオンダ、私だけ戻るなんて!」
「いえ、我が家の事情でアマンダさんの仕事にご迷惑をかけるわけにはいきません。ダニーとジローと私で動きますから」
アマンダがいつまでも戻らないとザックも心配するし、店だって困るだろう。
すぐ見つかるかも現時点では分からないのだから。
アマンダも「オンダ家のお利口さんたち」とダニーたちを可愛がっているので、心配なのだろう。もともと情に厚く心優しい人なのである。
「ウルミが見つかり次第、私もすぐに戻りますから」
となんとか説得し、馬車を借りて送り出した。
馬車の持ち主がこのサッペンスの住人だといいが、もし別の町の人間だったら、と心配は尽きないが、俺が不安になっているとダニーたちも敏感に察する。前向きに前向きに。
まあどこにいようとウルミはもう俺の家族だ。絶対に諦めないからな。
俺は心の中で気合いを入れ直した。




