レシピ習得と大事件
今回のサッペンスに来た目的は新たなレシピを習得してもらうことである。
スイーツはついでだったが、ここからは日本で食べていたメインディッシュや副菜の作り方を、惜しみなく提供させていただこう。
レシピを教える手間は発生するが、どんどん覚えてもらった方が実は嬉しい。
俺が家で作らずとも、故郷の味が気軽に食べられるようになるし、空いた時間をうちの子たちに回せる時間も増える。万々歳である。
「スイーツの件はまた何か思いついたら教えるということで、まずはお二人も新しい組み合わせなんかをご自身で試してみることをお勧めします」
「やってみます。僕はフレッシュフルーツを入れたのを色々試したいです」
「試食は母さんがいくらでも引き受けるわ!」
親子ともども研究熱心である。
ダニーたちも裏庭で楽しそうにちゃぱちゃぱ遊んでくれている間に、俺も本腰を入れねば。
寝室に戻ってトランクからメモとエプロンを取り出した。
居間に戻ると俺はにっこりと微笑んだ。
「さあアマンダさんジェイミーさん、ここからは仕事モードに入りますよ」
「よおし、私も頑張らないとね! おっと、メモも忘れないようにしないと」
「僕もやる気満々ですからね!」
頑張ってもらいますよ。なんたって今後のエドヤの発展がかかってますからね。
……ついでに俺の今後のらくらく日本食生活も。
二人を眺めながらそんなことを思ってしまい、よこしまな考えに後ろめたさも感じていた。
とは感じつつも、そのあとジェイミーのレストランの厨房で、せっせとメモを見ながら「主に俺が好きなもの、食べたいもの」を作り続けた。
といっても完全に和食ということではない。
日本人の口に合わせて作られた料理は、洋食だろうとスペイン、フランス料理だろうと俺の中ではすべて日本食だと思っている。
だから日本で暮らしていたときに食べていたものは、すべて日本食でいいのだ。
別に誰かに許しを受ける必要もないし、俺がそう思っているだけだから問題ない。
「こっちではまだない料理だけど、美味しいんだよねコレ」
というものを色々メモしてきたのだ。
ま、単に俺の好みの押し売りともいえるが、ジェイミーたちが美味しいと思えば、それは売り物になるということだ。ダメなら別のお勧めを売り込めばいい。
今回はこのために俺の自信作も持ってきたのである。
「オンダ、ちょ、ちょっと待っておくれよ。メモが追いつかないよっ」
「すみません。同時進行で色々と作らないといけないのでつい」
俺は今回作るレシピ名だけは、大きな紙に番号を振って書き、壁に貼った。
そのぐらいのモルダラ文字は書けるようになっていた。俺も進歩している。
並行してメニューの下ごしらえをしないと時間がかかりすぎるので、何か作業をするたびに、
「これは一番の調理です」
「これは三番。この工程は大事ですからね」
と声にして、ジェイミーにもメモしてもらっている。
もちろん、自分一人で作業するのはかなり疲れるので、煮るとか潰すとか混ぜるとか、簡単な作業や洗い物は彼らにも手伝ってもらっている。
アマンダが書いたものを下地にして、ナターリアが詳細にまとめて後日改めて渡す予定ではあるが、急いで新メニューを出したい側としては、先にメモしておかないと困るだろうし。
エドヤは人手がまだまだ不足している。
とはいえ出会った人と信頼できる付き合いに発展するまでには、なかなか時間もかかるのだ。
「……で、これで今回のレシピレッスンは終了です」
丸々二日、駆け足ではあったが、何とか俺のお勧めの品は作り上げた。
今回実感したが、料理は本当に戦いだと思う。
たまに休憩する以外は何時間も立ちっぱなしで足腰にくるし、料理の出来も気にかかる。
野菜の皮をむき、包丁で黙々と切っていく。
肉を混ぜ、煮る、炒める、ミキサーにかける。もちろん後片付けもある。
色んな工程があり、どんな簡単なレシピでも手間ひまがかかっていることが分かる。
今までは一人分の食事を作る程度で、こんなに長時間料理しっぱなしなんてことはなかったので、複数の人のために毎日のように料理をする主婦はすごい、コックさんすごい、と尊敬する。
だが人は、より美味しいものを食べたいがために努力できる生き物なのである。
パン粉はモリーの店でも売ってるのに、グラタンの上に焼き色つけるためにかかってたり、肉にまぶしバターソテーにするぐらいしか料理で使われているのを見たことがない。
本当にもったいない。
今回のレシピは俺の自信作を使うため、洋食と呼ばれる揚げ物が多かった。
・チーズインハンバーグ
・ポテトサラダ
・ホワイトシチュー
・オムライス
・カニクリームコロッケ
・コロッケ
・トンカツ
アマンダもジェイミーもメモを取りつつ一緒に作業をしたので、この二日で俺と同じくヨレヨレである。慣れればコツもつかめるだろうが、何でも初めては苦労するものだ。
「新しいレシピを覚えるのは大変だけど、どれもこれも美味しかったねえ」
「さすがに疲れましたけどね。でも料理もですけど、このソースがまた合いますね」
そう、俺が二人に披露したかった自信作は、日本のソースである。
モリーにばかり色々研究させるのが心苦しかったのと、こちらにないソースのテイストを伝えるのが難しかったのだ。
だからうちの子たちが眠った後に、自宅の二階のキッチンで試行錯誤していた。
幸いトマトソースは売っているのでそれをベースにして、あとはリンゴやセロリなどをすりおろして入れたり、モリーソースやコショウに砂糖、タイムなどの香辛料も使った。
自分の味覚と想像力だけが頼りなので、何度も思った味にならず失敗してしまったが、ようやく似たような色と味わいのソースが出来上がったのである。
甘みを出した感じで、トンカツソースに近いものだ。
これは二人に隠れて、事前にモリーに瓶詰のソースをレシピとともに渡し、こういうのを量産して欲しいのだと説明した。
言葉で伝えられなければ実物で渡すしかない。
モリーは味見をしてくれ、ソース単体は美味しいと思うけど、どんな料理に使うのか想像もつかない、といっていた。
そこで二日目の夕食はジェイミーとアマンダに担当してもらい、モリーへのお披露目も兼ねて、習ったばかりのメニューを実践で作ってもらった。
「……オンダの国のシェフはどれだけ料理に対して情熱的な人たちばかりなの? このクリームコロッケ一つにしたって、まず一度冷凍しなきゃ溶け出す中身を包むこともできないじゃないの!」
モリーがカニクリームコロッケを食べて味わったあと、信じられないと頭を抱えた。
「ははは、でも、美味しいでしょう?」
「当然美味しいから言ってるのよ! こんな調理方法なんて思いつかないわよ普通」
「こちらはカニが安いからありがたく使いましたけど、キノコを入れたりエビを入れたりというバージョンもあるんです。うまみが違ってこちらも美味しいですよ」
「それにこのソース! 最高に合うじゃないの。最初味わったときには、相性の良さそうな料理が思いつかなかったんだけど、ほんのりスパイシーでフルーツの甘みがあって、ベストマッチね」
コロッケもエビフライもトンカツも気に入ってくれたようで、こちらでも人気が出るだろうという。
チーズインハンバーグもあまりミンチを使わないモルダラ王国では珍しいようで、ジューシーで柔らかいし、ライスにもすごく合うという。
この国の乳製品は質が良くて安いので、飲食業には嬉しい。
ホワイトシチューやポテトサラダなど作ったものすべて評判は好評だった。
「シチューはテイクアウトにするのは容器を考えないとダメでしょうが、他はテイクアウトもしやすいでしょうし、レストランでも出せるのではないかと」
「今回はデザートも含めて沢山レシピを伺ってしまって……オンダさんには感謝しかないです」
「テイクアウトもずっと続けたいね! まったくオンダには頭が上がらないよ」
アマンダとジェイミーがやけに喜んでくれているが、これは後日俺が手軽に好きなものを楽しめるようにしたいという姑息な考えも含まれているので、そこまで感謝はいらないのである。
なんにせよ、ソースも量産してもらえそうだし、料理は気に入ってもらえた。
いつか麺が作れたら、焼きそばも作りたいものだ。
俺はいい気分で風呂に入り、ダニーたちの寝ているベッドに潜り込んだ。
しかし、翌日ホラールに戻ろうとしていた俺に、とんでもない事件が起きてしまったのである。