ジェイミーの悩み
アマンダたちが買い物から戻り、ジェイミーも戻って白身魚のソテーとマッシュポテトの夕食をすませた食後のティータイム。
俺はさり気なく部屋に戻り、布バッグに入れた〇✕ボタンと絵文字の入ったパネルを持ってきた。
不思議そうな顔の三人に、実はここだけの話にして欲しいんですが、とダニーたちのことを伝えた。
「……なんだって?」
「それは本当なのオンダ?」
「はい。でもまだまだなんですけどね。ダニー、ジロー、ウルミ、ちょっと来てくれるか?」
夕食に焼いた魚をほぐしたのを食べて、ご機嫌でゴロゴロとしていた三人を呼んだ。
しばらく一緒に暮らしていて体のサイクルができたのか、ウルミもみんなと一緒の食事のときと、水浴びのときなどは起きていることも増えた。
だがいつ電池切れを起こして眠るかはいまだに分からないので、起きている時間は大切である。
俺は〇✕ボタンや絵文字のパネルを床に適当に置いた。
よその家でもちゃんと披露してくれるか、少し緊張する。
「じゃあダニー、質問するよ。この人はモリーさんで合ってる?」
俺がアマンダを指差すと、ダニーは少し首を傾げ、✕ボタンを踏んだ。
「まあ……!」
「えーと、アマンダさん?」
『〇』
「ジロー、ジェイミーは男性かな? 女性かな?」
『ポゥ!』
何をアホなことを、と言いたげに返事をすると、男性の絵が入った絵文字のパネルをくわえて俺の前にぽとっと落とした。
「じゃあウルミ。ウルミは果物が好きだよね? リンゴとブドウ、どっちが好きかな?」
少し考えたウルミは、一つずつ両方くわえて戻ってきた。
「そっか、どっちも好きなんだね?」
『ナナ!』
元気よく〇ボタンを踏んだまではよかったのだが、そこで力尽きたのか爆睡モードに入った。
ダニーがウルミをそっと抱えると、俺の部屋に置いてあるベッドまで運んでいった。
「……とまあこんな感じです。今はジルさんとナターリアさんが先生になって、少しずつ絵文字パネルを増やして教えて下さってます」
戻ってきたダニーにお礼をいうと、おやつに持ってきていた干しイモをあげた。これは俺のお手製である。こっちのサツマイモ、日本と似ていて甘みがあるんだよね。
いや薩摩ないから正確にはサツマイモじゃないんだけど。茹でて一センチぐらいの幅で切ったあと、ネットに入れて干しとくだけで二、三日で食べごろになるのだ。
個人的にも素朴な味わいで好きだけど、砂糖も使わないし自然由来のものだから、うちの子たちに気にせずあげられる。
モルダラ王国は日本のように湿度が高くなくてカラッとしているから、魚の干物も簡単に美味しく作れる。素人でもあまり失敗しないのは嬉しいところだ。
キュッキュ、と嬉しそうに受け取って食べているダニーを見て、ジローも物欲しげにしていたが、ちゃんと「何かお手伝いをしたことの代償」だと分かっているのか催促はしない。
うちの子、本当にお利口さんで良い子すぎじゃないか、と親バカ目線になっていたが、
「ちょ、オンダ、あんたこんなすごいこと、どうして黙ってたんだい!」
とアマンダに小声で叱られた。大声を出すとダニーたちが驚くと気遣ったらしい。
ジェイミーはジローたちを撫でながら、
「お前たち、本当に頭がいいんだねえ」
と興奮を抑えつつ褒めている。
モリーが一番冷静で、俺が黙っていた理由を説明しようとする前にアマンダを制した。
「アマンダったら、こんなこと簡単に言えるものじゃないわ。下手に悪党にでも知られたら、誘拐されて見世物にされるか、お金持ちの自慢用のペットにされるかもしれないもの」
静かに言われて、アマンダもハッとした顔をした。
「そうだね。一般人の私たちだってこんなに興奮しちゃうんだもんね。暇を持て余すお金持ちなんてもっとだよね。ごめんねオンダ、責めるようなことをいって」
「いえいえ。ジルさんにも王国の研究所とかに知られるとよくないだろうとか言われましたし、こちらも不安だった部分もあって、お知らせするのが遅くなってすみませんでした」
頭を下げるアマンダに慌てて俺も詫びる。
「ただそういった訳で、彼らも勉強中ですし、信頼できる人にしか打ち明けられないんです。ですから、ザックさんに話していただく分には問題ないんですが、他人に口外しないようお願いします」
「もちろんさ。ザックは昔から口は堅いし、オンダにとても恩義を感じているから、秘密は絶対に守るよ」
髪の毛ぐらいで恩義とか大げさな、と思っていたが、それだけではないらしい。
色んな味わいの美味しい食事も増えたし、アマンダがまた陽気になって、外で楽しく働くようになったことも嬉しいらしい。
「長年夫婦やってると、良くも悪くも変化がない部分ってのがあるじゃないか? オンダがホラールに来てから、生活に新しい刺激や変化があって、楽しいんだよね、私もザックも」
「分かるわアマンダの気持ち! 私も今毎日が楽しいのよ、色んなチャレンジもできて! まあ失敗することもあるんだけど、それも楽しいって感じね」
「モリーもかい? そうだよねえ!」
女性陣が手を取り合って親しみを増していく中で、ジェイミーだけは、ダニーたちを眺めながらも少し別のことに気を取られているように思えた。
「ジェイミー、何かレストランで問題でも?」
「あ、いえ、問題ってほどじゃないんですけど……」
俺は少し不安を覚えつつ話を促すことにした。