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ジル先生の訪問

 二日後の午前中。王都ローランスの店から馬車に積んだ荷物が届いた。

 俺が黒板や知育玩具、机などを裏の家に運び入れる指示をしていると、チリンチリンとベルを鳴らしながらジルがリヤカーで現れた。

 俺のと違って後ろが木箱になっていて、小回りが利きそうなタイプである。

 日本で三輪車の後ろ側にカゴがついているママチャリがあったが、あれに近い。

「おはようございますジルさん。今はそういう小さな荷台のタイプが出てるんですね」

「普通の利用者は、オンダみたいに商人として大荷物を運んだりすることはあんまりないからね。せいぜいその日に買い物した荷物を持たずに運べればいいとか、近所の引っ越しなんかで移動に使えればいい程度なんだよ」

「大体はそういうものですもんね」

 ジルが裏手にリヤカーを止めると、荷台から大きなバッグを取り出した。

「でも馬を使わないから気楽に動けるのはいいよねえ。そのうち山での植物採集とかにも使えるような、荒地を進めるやつが出るといいよね。今はまだ長時間乗ってるとお尻痛くてさ」

「ええ、分かります」

 マウンテンバイクはまだちょっと先かもなー。何しろサドルとタイヤのクッション性がなー。

 タイヤはどうにか空気を入れられないか、アーネストに提案しとこう。

 そうなると空気入れも作らないといけないし、色々派生する問題を何とかしないとダメだけど、アーネストは手先が器用みたいだし、リヤカー作ってから色んな改善案の相談も受けている。仕事熱心なのだ。ま、お願いするだけならタダだもんな。将来の実現を楽しみにしておこう。

「……ところで、今日は大荷物ですね」

「ホラールで仕入れられるノートやペン、それと子供用の絵本を買ってきたんだよ。ローランスからの荷物が届いたら使うつもりで運んできたんだけど、タイミングよく届いてたのはラッキーだったね」

 げげ。まさか今日から俺も勉強を?

「ジルさん、あの、まだ料理レシピをまとめる作業とかありましてですね」

 レストランでジェイミーとアマンダが意見を交わし、問題なくメインやサイドは決まったようだ。

 まだ教えたいメニューはたくさんあるのにと思ったが、新しいメニューは後日落ち着いてからでいい、一度に教わっても覚え切れないからといわれた。それはそうか。

 まずは教わったものを完璧に作れるようにして、その味付けをベースにして、他の食材と組み合わせできないか、バリエーションを考えるという話になったそうだ。

 急いでサッペンスに戻って色々試さないと、とジェイミーもとんぼ返りになったし、アマンダも貸店舗の掃除やテイクアウトの容器の注文などをはじめているらしい。

 そんなに慌てなくてもいいのにと思うが、ジェイミーは自分で仕切れる初のレストラン、アマンダは周囲からせっつかれてるのと、本人が新作料理を作るのが楽しくて仕方がないらしい。

「ザックも試食で色んな美味しいものが食べられるって大喜びさ。頑張って働いていい野菜や果物を今後うちの店に入れてもらわないといけないからね。ま、これも接待みたいなもんだね」

 とぶっきらぼうに言っていたが、ザックの髪の毛が生えてきたことを一番喜んだのも彼女だ。単純に彼が幸せそうだから嬉しいらしい。

 アマンダが腰痛になってから、少し気落ちして外出することも減ったので心配していたザックも、昼間のランチでカレーを作って出したり、今回のテイクアウトの店を出す件で、前のようにアクティブに外に出かけるようになったのを喜んでいるらしい。

 なんだかんだいいつつも、お互いを気遣っている仲良し夫婦である。

「レシピをまとめるのはナターリアに任せておけばいいだろ。とりあえずオンダは毎日二時間は勉強に充てるんだよ。あの子たちはまあ一時間も集中力持てばいい方だね。だいたいウルミが起きてる時間じゃないと、教えることもできないじゃないか。ほら、ちゃっちゃと動きなちゃっちゃと」

 一日の二十時間ぐらいは寝ているウルミが起きているのは、昼と夜の食事の時間と、昼間の二時間ぐらいの水遊びをしているときぐらいである。

 本人の意思に関係なく睡魔が襲ってくるらしく、

『ナッ、ナー♪』

 とご機嫌でジローとダニーと踊ってるなと思って、リンゴをカットしておやつに持って行ったら、もう電池切れを起こして爆睡していたりする。

 ダニーもよく眠る方だが、さすがにウルミほどではない。ジローが一番少ないかも。

 最近では俺の行動を見ていて、ウルミの生活パターンを理解したのか、パタッとウルミが寝落ちすると、ジローの場合は首のあたりをくわえて、ダニーは手で抱えてベッド代わりの専用カゴに運んでくれたりする。小さな妹分をうっかり踏んだりしないよう気を遣っているのだろうと思う。

 うちの子たちは感心するほどよくできた子である。

 そしてジルがいっているのは、ウルミが一番長く起きている時間に俺も合わせろ、ということである。まあ俺も早く習得しなくてはいけないと思ってはいるので了承し、ナターリアに店を頼むと裏の家へ向かった。


「ほーら、ジロー、ダニー、ウルミ。今日からちょっとだけお勉強の時間ができたから、オンダと話ができるようになるまで、みんなで一緒に頑張ろうね。終わったらおやつだよ」

 プールで遊んでいた三人に優しく話しかけるジルは、俺に「ちゃっちゃと動け」と急かしているときのような気難しい顔ではなく、聖母マリア像のような優しげな笑みである。

『ポーッ』

『キュゥゥ』

『ナ、ナ』

 返事をしてプールから出ると、ダニーがタオルでウルミを拭いており、水に濡れて三割減ボディーだったジローは、勝手にブルブル震えて元の大きさに戻った。

 三人の中で唯一の大人であるダニーが、二人の世話役みたいな立場になっている。

「ごめんな、ダニーに任せてばっかりで」

 俺がダニーに謝ると、ダニーは少し首を傾げ、ポンポンと俺のふくらはぎを叩いた。

 これが「全然気にすんなよ」なのか、「まったく使えない主人で苦労するぜ」なのかは今後の学習次第で分かるのかも知れない。少々不安だ。

 使っていなかった八畳程度の部屋には大きな黒板が置かれ、俺用の机は黒板からみて一番後ろに置いてある。床にはナターリアに買った木製の知育玩具とそれとは別の、モルダラ語を覚えるためのアルファベット的なパネルがあった。

 資料入れとして活用される予定の本棚には、まだ上の段に少々本が入っている程度だ。

「じゃあ最初に自分たちの名前を覚えようか。ゆっくり慌てないでいいからね」

 ジルはそういうと、ジローはこれとこれと、とパネルを選り分けだした。

 幸いにもといっていいのか、モルダラ語はアラビア語みたいな感じの文字ではなく、アルファベットに似た、一文字ずつが独立したものである。

 アラブ方面の人には申しわけないが、日本語が母国語である俺には、あのうねうねした文字だったら早々に挫折していた可能性が高い。区切る場所がよく分からないのだ。

 ……いや、自分に語学の才能がないだけだとは思いたくない。国語の成績は平均だったし。

「ジル先生、私もオンダの書き方を教えて下さーい」

 大学時代に戻ったような気分になり、張り切って手を挙げたが、

「オンダは最後に決まってるだろ? ひとまず絵本でも読んで待ってておくれ」

 と塩対応された。

 うちの子たちの扱いとの落差がひどい。

 とはいえ俺も、ジローたちとは何年かかってもいいから話ができるようになりたいので、大人しく絵本を開き、脳内で「これは何が書いてあるかクイズ」をやることにした。





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