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ハイパー営業マン恩田、異世界へ。  作者: 来栖もよもよ


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別人みたいなんですけど。

「オンダ! 話は聞いたよ!」

 びっくりしたのは、昨日ナターリアと知育玩具を使って、これからうちの子たちとどう教えて行こうかと話していた翌日に、ジルが鼻息荒くエドヤにやってきたことである。

 あの外に出かけるのも人付き合いも面倒くさい、買い物は娘か通いのメイドさんに頼めばいいし、家でずっと好きなことしてるだけで毎日楽しい、と話していたジルがである。

 やたらと元気で声も大きい。普段の彼女とはまるで別人のようだった。

「母さんたら、まだお店が営業中なのよ! ちょっと落ち着いて」

 ナターリアが慌てたように興奮した様子のジルをなだめようとする。

「なに言ってるんだいナターリア! これは本当に大変なことなんだよ? ……ワイルドオッターやブルーイーグル、バナナチキンと人間が会話ができるかも知れないなんて、王国の研究所だってやったことがないんだよ?」

 それでも言ってる内容を考えたのか、小声で話す。

 客がまだきていなかったのは幸いだ。

「研究する機会がそもそもなかったのではないですか? ジローもダニーも野生の生まれですから。警戒心強い種族って言ってたじゃないですか。町で飼ってる人だって見たことないですし」

 まあ正確にいえばウルミだってペットショップにはいたけれど、元は野生種だ。

 俺がそうのんびり返すと、ジルは俺をきっと睨んだ。

「だから滅多にないことなんだって何度もいってるじゃないか以前から! オンダがなつかれたから私たちとも接してくれるようになっただけで、本当は間近でゆっくり観察することだって難しいんだよ? それがさらに会話もできるかもなんて、これが興奮せずにいられるかい?」

 ……ああ、なるほど、ナターリアが言っていたのはこういうことなのか。

 俺は何となく納得した。

 イメージ的にいえばこれはアレだ。倍率の高い推しのコンサートに当選しただけでもめったにない幸運だと浮かれてたら、まさかの神席が届いた時のファンのテンションだ。

 そりゃ落ち着いていられるわけがない。

 俺は単に家族との交流が増えたらもっと楽しくなるだろうなー、ぐらいの気持ちなので、研究者であるジルとは最初から熱量が違う。

 昔から旦那さんと動植物の生態などを長年学んでいたジルからすれば、誰もが試せなかった研究というのは、さぞかし魅力的なものに映るのだろう。

 俺はとりあえずナターリアに店を任せると、二階の自宅にジルを案内して紅茶を淹れる。

 プールに行く前にはまずご飯、ということで、うちの子たちは現在黙々と三人でご飯中である。

 ジルに気がつくと、ご挨拶といった感じで、キュゥだのポゥだのナーナー鳴いてからまた食事を再開した。顔見知りには礼儀を欠かさない子たちである。

 紅茶を飲んで少し落ち着きを取り戻したジルに、俺は質問した。

「あまり出歩きたがらないジルさんがエドヤまでこられたのは、何か理由でも?」

「──すまないね。ちょっと昼間っから興奮が収まらなくて失礼を働いてしまった。でも理由なんて一つしかないだろう? この子たちに言葉を教える話、私にやらせておくれ」

「あのう、お気持ちは嬉しいんですが、ジルさんの屋敷に頻繁に行ったり来たりさせるのも移動のストレスにもなると思いますし、無理させたくないんです。それにプールもありませんから」

「分かっているよ。だから私がこっちに通うよ。最近オンダの持ってるリヤカーも買ったんだ、採集や調査にも便利そうだと思ってね。だから移動の心配はいらないよ」

 いつの間にそんな行動的な人に。ますます別人だ。あ、植物採集なんかは元から一人で行動はしていたから、行動的ではあったかも知れない。対人を面倒がるだけで。

「ですが、通うっていってもですね」

 広くない我が家にジルさんが常にいるのは少々気を遣う。もちろん嫌いな人じゃないけど、自分一人でいる解放感というのも大切だし。

「オンダ、心配しているようだけど、ここじゃなくて、裏のプールを置いてる家の方だよ? 忘れたのかい、最初私が研究用の資料を置いたりして使う予定だったってのを」

 そういえば今はプールにしか使ってない家だけど、風呂こそないがトイレもあるし、資料室にするつもりだった空っぽの部屋も二つある。

 机や本棚を置くのも簡単だし、教えるのもその空いている部屋を使えばいい。

 何も置いてないから気が散りにくいこともメリットだという。

「学校だってそうだろう? 子供は何にでも興味を持ちやすいから、よそ見しないようにシンプルで最低限のものしか置かないじゃないか。この子たちだって、勉強の時はこれしかないと思えば、知育玩具だって言葉の学びだって、集中して理解しやすくなるんじゃないかと思うんだよ」

「それはまたごもっともなお話で」

 学生時代は注意力が散漫だった自分には耳が痛い話だが、言われてみればその通りかも知れない。

「ナターリアはプール遊びのついでに、って感じで教えてたみたいだけど、プールで楽しく遊んでるのに勉強とかさせられたら、この子たちだってあんまり楽しくはないだろう? だったらプールはプール、勉強は勉強できちんと分けた方がいいのさ」

 朝イチから電話して、自分の新しい机や教えるための黒板や新しい知育玩具などを、王都ローランスにある店に既に注文したとのこと。二、三日で届くので裏の家に入れといてくれと頼まれたので了承する。

「やっぱり人が多くて店の品ぞろえもいいからね、王都の方が」

 だそうな。やる気に溢れており、最初に会った頃より若々しく元気に見えるぐらいだ。

「あの、料金はきちんとお支払いします。おいくらでしたか?」

 あまり高くないといいな、と不安に駆られつつも尋ねると、そんなのは要らないという。

「教えるついでに私も自分の研究ができるんだ、むしろ私が出すのが当然じゃないか」

「でもうちの子たちのためにそんな出費をさせてしまうのは、家族として心苦しいと申しますか」

「それにね、私が頑張りたいのにも理由があってね」

「理由?」

 ジルはうちの三人の子たちを眺めながら、

「将来もしこの子たち以外にも、本当は人の言葉が分かって、意思疎通ができるような子がいるかも知れないと思うと、ロマンがあるだろう? だからどういうやり方が一番学ばせやすいのか、彼らにとって一番分かりやすい理解のさせ方は何なのか。色々考えて資料としてまとめられれば、他の研究者にも役立つじゃないか。私のライフワークとして、死ぬまで力を注ぐべきだと思うんだよ」

 と笑みを浮かべる。

「これこそ活きたお金の使い方でもあるしね。──だから私が勝手にしたことに対してオンダがお金を払う必要もないし、私の時間を奪っているとか考えないで欲しいんだよ」

 ジルのキラキラと輝く瞳は、自分が心から望んでいることなのだ、と俺に感じさせた。

「──私は図々しいので、本当に払わないですよ、そんなこと言ったら」

「ああ。ただ今回みたいに私が感情が先走って勝手にやってしまうと、オンダだって不快になることもあるだろう。今度からは事前にオンダに許可は取るよ、必ず。そこは悪かったと思ってる」

 反省しているのかしきりに謝ってくるので止めさせた。

「私としては、勉強といってもこの子たちに絶対に無理をさせないでくれればいいんです。意思疎通がしっかりできなくても雰囲気で大体は分かるので」

「当然だよ。それに、忘れてないかい?」

「え?」

「バカだね。あんたのモルダラ王国での読み書きも、色々あって中断してるじゃないか。一緒に勉強するんだよ、この子たちと」

「あ、あははは」

 弁当屋だのレストランだのレシピ作成だの、やたらと自分の仕事が増えて行くのでついつい後回しにしてしまっていた。

 そうだ、この子たちが文字を覚えても、俺が読めなきゃ意味がないんだよな。

「私も含めて、よろしくお願いします……」

 今度はこっちが頭を下げる番だった。

 あっはっはと豪快に笑ったジルは、食事をすませて毛づくろいをしている三人に話しかけた。

「ジローにダニーにウルミ。今度から私があんたたちに言葉を教える先生だ。だけど疲れたらすぐ休憩するからすぐに教えておくれよ? 私はあんたたちがオンダに気持ちを伝えられるように、暮らしやすくなる手伝いをしたいんだ」

 ジローとウルミは鳴き声で応えただけだったが、ダニーだけは床に出しっぱなしにしていたパネルを一枚持ってくると、そっと座っていたジルの膝に載せた。

 その『〇』とついたパネルを見たジルは、俺を見て、ダニーを見て、を交互に繰り返し、

「……本当にすごいよ。今後が楽しみだ」

 とダニーの頭をニコニコと撫でていた。

 俺も最低限、うちの子たちより前に文字をマスターしなくては。

 そっちの方が不安なんだけどな実は。





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