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ハイパー営業マン恩田、異世界へ。  作者: 来栖もよもよ


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ウルミ、アイドルになる。

「……だからね、私は何も見捨てて来いとか、そんな話をしているわけじゃないんだよ」

「ええ、存じております」

「オンダはすでにジローとダニーがいるのに、なんで一人でサッペンス行ったと思ったら、しれっとバナナチキンの子供を抱えて帰ってくるんだい、ってことをいいたいんだよ私は」

「本当にごもっともでございます。はい」


 俺はホラールに戻った日の晩、ジルの屋敷を訪ね土産を渡すと、居間に正座して、ジルとナターリアの前で経緯を話し、後はただひたすら頭を下げていた。

 上体を傾けるたびに、バナナチキンの子供が入った抱っこ紐が揺れて、ぷらーんぷらーんと前後する。お前は本当に謝る気持ちがあるのかと怒られてしまいそうだが、この子は他の二人と違って、本当にまだ生後二年ぐらいの子供なので放置ができないのだ。

 ペットショップの店主に聞いたところ、大人になるまであと八年ぐらいかかるらしい。

 俺はこの抱っこ紐のまま、あと八年仕事をしなくてはいけないのだろうかと少々心配ではある。

 まあサイズもヒヨコを二回りぐらい大きくした程度だし、重さもまだ三百グラムあるかどうか。ほぼ食べてる以外は眠っているので楽ではあるのだが、子育て中の主婦だって一、二年ぐらいしか抱っこ紐は使わないだろうに、俺は八年も抱えるのだろうか。

 いや、育てるつもりはもちろんある。

 だがホラール以外の町に商談に出かける時に、これでは色々と問題がありすぎだろう。

 今後、何とか対策は講じねばなるまい。

 そう考えると、ジルやナターリアにも協力は取りつけたい。

 そして当事者であるバナナチキンの子供はといえば、食事を済ませてから眠っており、俺がいくらハンモック抱っこ紐を揺らそうが起きない。

「ちなみにもう名前は決めたのかい?」

「はい。目がいつもうるうるして可愛いのでウルミにしようかと」

「……びっくりするほど名づけのセンスないねえ、オンダは」

 ジルの言葉にちょっと傷ついた。俺はヤマダの社長と同レベルなのか?

「響きだって可愛いじゃないですか! なあ、ウルミ?」

 眠っているウルミをゆらゆらと揺らす。

「ほら、彼女も気に入ってるって言ってますよ」

「今まぎれもなく冤罪の現場を目撃したよ私は」

「もう母さんたら! 仕方ないじゃないのよ。私だってそんなひどい飼い主だと知ったら、絶対に連れ帰って来てたわ。母さんだって許せないはずよ? まだこんな幼いのに」

 ナターリアが間に入ってジルをなだめてくれた。

「……まあそりゃそうだけど」

「ジルさんは私を心配して仰っていただいているのは分かっております。私が無計画であるとも自覚はあります。ですが、放っておくにはあまりにも可哀想で……人間不信になったらと心配でしたし」

 飼われた家の人間から眠ってばかりだから要らないと捨てられる、なんて理不尽過ぎるじゃないか。

 この子は成長に必要だから眠るんだから。人間の都合に合わせてられるか。

 ふと、ずっと眠っていたウルミがぱっちりと目を開いた。

『ナ、ナナ』

「ん? 運動したいのか?」

 もぞもぞと動くウルミをハンモック抱っこ紐から出して床に降ろす。

 すると、ぺたぺたとジルの方へ歩いて行き、足元にすりすりした。

『ナー?』

 ジルは静かに肩を震わせているが、あれは怒りではなく、ウルミの愛らしさにやられているのだ。よしウルミ頑張れ、ナターリアにも愛敬をふりまけ。今後お世話になるためには、全力で可愛いアピールをするんだ。

 俺の心の声が届いたように、ナターリアにはぴょん、と彼女が腰掛けているソファーに乗り、撫でて、とでもいわんばかりに手にすりっと体を押しつけた。

「……なんて可愛いの」

 ナターリアがとろけそうな笑みを浮かべて手のひらに載せると、頭を撫でる。

「私にも触らせておくれ」

 嫌がることなく喉を鳴らして二人の女性に撫でられるウルミに、よくやったと心でエールを送る。

 いくら飼い主ではあっても、独り身の自分にはいざという時の協力者は不可欠なのだ。

 卑怯なのではない。これは三人を安全に育てるための大切な保険なのである。

 幸いにもというか、野生育ちのジローやダニーもいい子だし、人を攻撃することもない。ウルミだってそうだ。

 しかも一番大事なところだが、可愛い。親バカ目線だが、ものすごく可愛いのである。

 俺の中で可愛い生き物は正義だ。俺の癒やしである。

 彼らには幸せに暮らして欲しい。俺がぽっくり逝くまでには、誰か信頼出来る年下の世代にこの子たちを託せるよう、人脈も財力もできる限り膨らませねばならないのだ。

 ジルとナターリアは犬や猫、鳥、昆虫や爬虫類にいたる大抵の生き物に好意を持っているので、うちの子たちの可愛さからすれば、味方に引き込むのはたやすい。

 モリーやジェイミーも動物好きだし、この間も可愛い可愛い連呼していたから大丈夫そうだ。

 アマンダとザックも昔猫を飼っていたぐらいだから当然好きだろう。不思議と俺が知り合う人たちは、動物が苦手という人はいないのがラッキーだ。

 俺はうちの子たちのために、楽しく元気に生きられる環境を整える。そのための協力者は多いに越したことはないのだ。

「ジルさん、ナターリアさん。私も至らない点はありますが、精一杯努力しますので、今後ともお力添えいただければありがたいです」

 無心にウルミを撫でていた二人からは、

「……仕方がないねえ」

「ふふふ、もともと協力するつもりでしたわ。だって私はエドヤの従業員ですもの」

 という快い返事をもらえた。

 あとはアマンダたちだな、と考えていると、少しナターリアが慌てた声で俺を呼んだ。

「オンダ、ウルミが!」

 え、と驚いてウルミを見ると、電池切れになったように目を閉じて動かなくなっていた。

「ああ、この子いつもこんな感じで急に眠りに落ちるんです」

 最初は驚いたがもう慣れた。俺は失礼します、と動かないウルミを受け取ると、抱っこ紐のハンモックに入れた。寝息がスピスピいっているのは確認済みだ。

「驚いたねえ……バナナチキンの子供がよく眠るのは知っていたけど、こんないきなり電気が消えるみたいにパタンと行くとはね」

「私も驚いたわ。でも周囲を警戒するどころじゃないわよねこの子。これで野生を生きていけるのが不思議だわ」

「だから外敵に見つかりにくいように洞窟の中で生活するんだろうさ。あ、ルルガの周辺がバナナチキンの生息地なんだよ。寒い地域の生まれだから冬場はめっぽう強いけど、これからの暑さは注意しておかないとダメだね。平気だといいんだけど」

「気をつけますね」

 暑がっていたらプールでジローやダニーと一緒に水浴びさせるか。

 考えていたよりもウルミは周囲に可愛がってもらえそうで、俺は一安心だ。

 ジローとダニーにも引き合わせてみたが、彼らは基本大らかなので問題はなさそうだ。

 とはいえ、毛づくろいしている最中に寝たり、下手すると食事の途中でも眠るぐらいの子なので、まともに交流らしい交流はできてないのだが。

 まあ何とかなるか、とジルの屋敷を出る。

 数時間ぐらいならいつもいい子で留守番してくれる彼らのために、今夜はおやつでもあげようかな。

 俺はリヤカーをこぎ、抱っこ紐をぷらぷら揺らしながら家路を急いだ。



 翌日にはアマンダたちにも挨拶に行った。

「バナナチキンの子供って可愛いんだねえ。ほら、頭の毛がぽわぽわしてるよ!」

「俺は近くで見るのは初めてだな。ホラールの町で飼ってる人なんていないしな」

「だよねえ。だって高いもんねえ」

 アマンダたちも予想通り好意的にウルミを可愛がってくれそうで嬉しい。

 だが不思議だ。ここに初めて来たとき、バナナチキンを連れて歩いているご婦人を見たのだが。

 俺がそう説明すると、二人は首を捻り、少ししてザックがああ、と呟いた。

「多分それは、王都ローランスの金持ち連中じゃないか?」

「ああそうかもね。別荘がけっこうあるもんねえホラールには」

「ローランスという町があるんですね」

「ああ、この国で一番大きい町さ。ホラールの十倍、いや二十倍ぐらいの人がいるよ」

 王都ローランスは南にある町で、二十倍ぐらいってことは百万人はいるってことか。

 ビジネスチャンスがありそうな町だ。

 ついでなので、他に大きな町がないかも聞いてみる。

 小さな集落的なところもあるが、そういうところは名前がないそうで、アマンダたちもあまり知らないとのこと。

 大きな町でいえば全部でホラール以外に四つあるそうだ。ホラールはそんなに大きな町ではないが、国の真ん中ぐらいに位置するらしい。農業と酪農を生業にしている人が多い。


 一つ目は南にある王都ローランス。

 ここは王宮があるのでとにかく一番整備されてて町並みも美しいそうだ。物価は高めだが、様々な店があるとのこと。


 二つ目は西にある町・ラズリー。

 ホラールよりも少し大きいという話なのでまあ十万程度の人口か。

 ここは森が多く木材加工が盛んな町らしい。船や家を建てる大工が多いようで、腕もいい人が多いそうだ。


 三つ目は北にある町・ルルガ。

 ここはラズリーよりも大きい町とのことで、二十万前後としておこう。

 寒い地域で、洞窟や氷室などが多いらしい。そして海流が特殊なのか地域的な問題なのか不明だが、サッペンスでは獲れないようなマグロや大きなヒラメなどが取れるらしい。

 ……そうですかそうですかマグロにヒラメですか。ヨダレが出てきそうだ。

 ここは是非とも、いや何としてでもお邪魔したい町である。できれば醤油が完成してから行こう。

 日本のワサビはないが、ローストビーフなどで使う「ホースラディッシュ」というワサビに似たものがあるのを先日八百屋で見つけた。物は試しだ。あれと醤油を抱えて行こう。やはりワサビ的なものがないと俺には少々物足りない。


 そして四つ目は現在お世話になりまくっている東の町・サッペンスである。

 ここは人口二十万前後なので、ルルガが同じぐらいの規模のようだ。

 サッペンスが漁港があり、海産物加工が盛んなのは知っているが、まだ隅々まで探索してないので、俺が売りたいと思えるような品があるかも分からない。

(どうせなら一つ一つの町をある程度調べてから他の町に行きたいもんな。でもまだまだ沢山行けるところはあるんだなー、ワクワクするなー)

 来月ぐらいには味噌も販売できるだろうし、これからうちの子たちのためにもせっせと稼がねば。





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