リヤカー暴走族オンダ。
「ようやく試作品ができたから乗ってみてくれ」
アーネストがそういってエドヤにやって来たのは一週間後のことだった。
思った以上に仕事が早い。
俺は暑くなってきたので、久々にプールでジローとダニーと一緒にプールに入って涼んでいたので、ナターリアに呼ばれたので慌てて着替えて店に行った。
「お待たせしました。しかし予想以上に早いですね。ちょっと驚きました」
嬉しそうなアーネストを褒めると、照れくさそうに頭をかいた。
「いや、俺も早く作って商品として売り物にしたいから力を入れた。どうせ出すなら、いいものを出したいじゃないか。他の奴らだって売り出したら真似するだろうし」
どうせ出すならいいものを、というアーネストの意見に、俺は彼に仕事を任せたのは間違いじゃなかったと思った。
「オーナー、何か頼んでたんですか?」
ナターリアが不思議そうに俺を見る。
「そうなんです。まあまだすぐ実用化できるか分からないですけどね。ちょっと出かけてきます」
「いってらっしゃい。ジローとダニーも時々様子は見ておきますね」
ナターリアはすでに店にはなくてはならない存在で、ジローやダニーも彼女になついている。
食事だってナターリアが上げても普通に食べるし(普段はお客さんから何かもらっても一度俺に渡してくる)、客あしらいもナターリアの方が上手だ。
俺は単に営業スキルが高いだけで販売スキルが高いわけではないので、ナターリアがお客さんにあれもこれもと不快にならない程度に勧めて、気づけば予定以上に買わせているのをみてはいつも感心していた。
シャンプーとトリートメントも、ジルから確認した翌日には百ずつ容器を手配してくれ、十分の一ぐらいの量を瓶詰して八百ガルで売るようになると、女性たちのお試し心もくすぐれたようだ。
その後六千ガルの本体も売れるようになったので、やはり女性にはお試しは大事なのだと実感した。
女性は美容に関心がある人が多いが、好みもあるし結構考え方もシビアだと学べたのは大きい。
俺は男なので、そういう女心的なものは想像で補うしかできないので、ナターリアがきてくれて本当に万々歳といったところである。
そして、売り上げが上がったのは更に『ポイントカード』の導入である。
これも印刷所にナターリアが話をつけてくれた。
五百ガルごとに一つハンコを押して、十五個全部貯まると五百ガル割引というのが売りだ。
俺は正直日本でポイントカードなんて面倒でやってなかったのだが、買う側のお客さんはお得が大好きである。そしてどうせ買うならポイントが貯まるといいじゃないかとなる。
なるほど、客商売というのはこうやって顧客獲得するのだなあ、とまた一つ勉強になった。店舗の経営は営業スキルだけで何とかできるものじゃないのだ。
ホラールでもぽつぽつとポイントカードを作るお店が増えてきたと聞く。
世の中の家計を預かる人たちは、こうやってせっせと節約をしているのだ。俺もいつか結婚するようなことがあれば、奥さんに感謝せねばなるまい。
……まあこんなモブ顔でさらに異国では、さらにモテる気配すらないが。
どちらにせよ仕事が楽しいし、家族といえる存在もいるので今は別にいいかと思っている。
俺はいそいそとアーネストについて彼の工房へ向かった。
「おお……これ、私の知っているリヤカーに近いです!」
アーネストの工房で試作品を見た俺は、ちょっと感動さえ覚えた。
ただ二輪の自転車の後ろには、骨の枠組みがついた四輪の荷車がついている。
「オンダが描いた絵だと、後ろの荷車も二輪だったんだがよ、商品を運ぶとなると安定が悪いだろう? それに幌を付けたり外したりするんじゃ、傾いてるとやりづらいじゃないか」
「ごもっともです」
「でな、フックをつけるようにしたんだ。だから幌を付けるのも楽だぞ」
アーネストは横に置いていた防水性のある布を広げ、片側の土台の下にあるフック三カ所に布を引っ掛けると、ばさーっと骨組みの上に布を放り投げた。
そして布を逆側に下ろすと、そちらのフックも同じように引っ掛ける。
ものの一分もかからずに、幌のついた荷車に変化した。
「ほらな」
「すごい! すごいですよアーネストさん!」
「ただなあ、雨は大丈夫だと思うんだが、強風が絡むとちっと強度に不安はあるんだ。だからもう少し何かできないかと考えてる」
彼はそういいつつ自転車の車輪を指差した。
「それで、オンダに言われたように車輪にゴムを巻き付けるようにしてみたんだが、乗ってみてくれるか? チェーンってのは作れなかったから、ゴムを編み込んで頑丈にしたものを使ってる」
「はい、それでは」
俺は自転車をよく眺めた。なるほど、後輪を動かすチェーンのある部分に、三つ編みのゴムみたいなものが巻かれている。ゴムのローラー状態だ。劣化は心配だが、交換はチェーンより楽そうだ。
サドルにまたがると、俺は期待を込めてペダルをこいだ。
「動きます! 動きますよアーネストさん!」
「そりゃまあ動かすために作ったからな」
後ろの荷車がしっかり作られているせいでペダルは若干重かったが、感覚は普通のリヤカーに近い。
ブレーキも後ろだけついていたが、ちゃんとグリップが効いて止まった。素晴らしい。
ただ、木のサドルのため震動がダイレクトに来てすごく痛い。特に股間と尾てい骨がやばい。
「アーネストさん、とてもいいと思うんですけど、あの……」
「何でも遠慮なく言ってくれ」
「少々説明しづらいんですが、乗っていただければ分かると思います」
「ん? おう」
ちょっとオネエのような内またの降り方をした俺を不思議そうに見て、アーネストもサドルにまたがりペダルをこいだ。
「──ああ、うん、言いたいことは分かった」
自転車を降りる際、彼も動きがぎこちなかった。体で理解してもらえて何よりだ。
「それとできれば歩行者がいる時に、後方から鳴らせるベルのようなものを着けていただけるとよりありがたいな、と思います」
「なるほどな。早急に改善する。また連絡するよ」
「お願いします」
そして二回ほど改良を重ねたのちに、俺のリヤカーは完成した。
サドルに合わせた形のクッションをセットすることで、俺の股間への絶え間ない攻撃はほぼなくなったし、可愛い音が鳴るベルも取り付けられた。ゴムチェーンも交換用を二つ荷車の下にしまっておけるようになっている。
ついでなので、幌は濃い緑にして、白抜きで看板で見慣れた『エドヤ』の文字を入れてもらった。
唐草模様の風呂敷みたいで、とても日本風のカラーリングではないかと満足である。
ナターリアもリヤカーを披露したら、
「小回りも効いて使いやすそうですわね!」
と出来を褒めてくれた。
ホラールの町を走ると、
「なんだあれは?」
という視線が注がれるのが楽しくて、つい用もないのにリヤカーで走り回っては、
「いやあ、これアーネストさんのところで作ってもらったんですが、便利で便利で」
としっかり宣伝しておいた。
後日エドヤにアーネストさんがやって来て、
「オンダのおかげでもう五件も注文が入ったぞ」
とビーフジャーキーをたくさん買ってくれた。
別にリヤカーが広まったからといって、重たい荷物を運べる荷馬車がなくなるわけではないし、遠距離に使えるわけではない。
まあバイクと自転車が競合しないのと同じで、あくまでも便利グッズの一つである。
ただしばらく俺が喜びのあまり、ジローとダニーを乗せて走り回ったせいで、
「今日もエドヤがベルを鳴らして爆走している」
と少々噂が立ってしまったのだけは反省点ではある。




