勉強とリヤカー開発。
素晴らしく有能なバイトがやって来たことで、俺はすぐに自由が利く身になった。
もちろんその空いた時間は遊びまくるなんてことはしない。時間は有限なのである。
ナターリアに店を任せている間に、ジルのところに勉強に通えるようになった。
当然この国、モルダラ王国の言語の読み書きの習得のためである。
モルダラ王国は不思議なところで、なぜか日本で使っている言葉もあれば、英語だったり、独自の聞いたことがない単語だったりが微妙に入り混じっている。
例えばジャガイモなんてのは英語なら普通ポテトだろうし、ニンジンもキャロットだろうが、なぜかジャガイモ、ニンジンで通じてしまう。それなのに米はライスでないと通じなかったりする。
かと思えばアンデンなんていうレインボーの花が咲いていたり、双頭の犬がいたりする。
俺からすれば混乱してしまうが、まあそんなごった煮のような国なのだと思ったら楽になった。
ちなみにジルが教えてくれたのだが、あのパグみたいな顔がついている双頭の犬はツインダールという犬種で、あの見た目だが主人に忠実で温和だという。ただ食費がかかるのは想像通りらしい。
そしてバナナに手足がついたみたいな小さいペットも見かけたが、あれはバナナチキンという鳥の仲間だそうな。鳥といっても飛べないらしいし、チキンとついていても毒性があって肉は食べられないらしい。ただとても人懐っこく、成長すると黄色いペンギンのような見た目になって愛らしいらしい。是非見てみたいものである。
ただこの国の生き物はみな長命種が多いらしく、ジローのように成長するまで数十年かかるのも普通にいるのが困りものだ。
動物や植物についてはジルも詳しいし、ナターリアも両親の影響から普通の人より知識があるので、分からない時は何でも聞けるので大助かりだ。
逆に日本の草花や生き物の話を珍しそうに聞かれ、ジルは感心しながら、
「海を越えると特殊な生き物がたくさんいるんだねえ。いつか行ってみたいもんだ」
というが、俺からすればこちらの方が特殊である。まあ俺の方が日本に行きたいというか戻りたいぐらいだし、多分ジルも死んだらワンチャン、ぐらいの可能性しかないだろう。
長い夢なんじゃないかという現実逃避も、一カ月、二カ月とこの国で暮らして行くうちに消えた。
俺は多分日本ではもう死んでるのだ。
人間、志なかばで死ぬことなどいくらでもあるのでそれはしょうがない。
だが俺はこのモルダラ王国で第二の人生を送りつつ、今後も商品を売りまくると決めている。
まあ俺が一番向いている仕事だし、営業マンとしては叶わなかった商品の開発も始められた。
こっちの国では、新たなチャレンジをしつつ能力も生かして楽しく生きよう。
ジローとダニーという二人の家族にも恵まれたし、いい人たちに巡り合えている。
こちらの暮らしも案外悪くないものだ。
だが、俺には現在一つ不満がある。
この国にはまだ自転車がないのだ。従ってリヤカーもない。
まあ軽トラや農機もあるらしいが、公害やら軽油高騰やらでほぼ姿を見ていない。だから移動手段が馬車か徒歩なのである。ちょっと町の端っこの銀行に行って帰るだけでも一時間かかるし、それだけのために馬車を借りるのも面倒くさい。
ジルのところにある倉庫に行くのも、荷物を運ぶ必要があるので短距離でも荷馬車が必要だ。
リヤカーがあればもっと気軽に動けるし、馬の世話も必要ない。
まあ体力的に自転車をこぐ必要はあるので、幼い子供や体の弱い人には不向きだろうが、己の身一つあればいいというのはとても便利である。しかも環境にも優しい。
馬車が作れるのだから、二輪車だって作れないはずはない。なけりゃ開発してやる。
俺はそう考え、店を任せている間もホラールの隅々まで散策した。
実は既に一人、可能性がありそうな人を見つけていた。
ホラールで馬車の修理や製造をしたり、馬の蹄鉄なども作っているアーネストという人だ。
しかも蹄鉄を作るぐらいなので、金属が加工できる工房も持っている。年頃は俺と同年代だ。
お店に来た時に、何だか顔に見覚えがあるなあと思っていたら、バザーで細かい銀細工のアクセサリーを売っていた人で、そちらは趣味が高じて売っているだけのようだ。
アーネストはお酒が好きで、仕事終わりにアマンダの店によく飲みに来ているようで、店で出すようになった串焼きやカレーが好きで、その流れでエドヤにビーフジャーキーも買いに来てくれるお得意さんでもある。
少々いかついマフィアテイストのコワモテタイプだが、実際は大変穏やかでいい人だ。
ただわりとシャイな人なので、本業を知るまで時間がかかったのである。
お客さんとして来ているエドヤでは具体的な話はできないので、俺はある日直接、彼の工房まで出向くことにした。
彼は俺の訪問に少し驚いた顔をした。
「あれ、オンダじゃないか。どうしたいきなり……ははあん、さては繁盛しすぎて自分の馬車でも仕立てる気にでもなったのかい? たんまりサービスしてもらおうって魂胆だな。はははっ」
「いや実はちょっと違うんです。……あの、アーネストさんて、馬車を製造してますよね? 金属の加工もできると伺いましたが」
「ん? 何か作って欲しいのか?」
俺はポケットから自分の手書きのリヤカーの図面を取り出した。趣味程度ではあるが絵を描いていたので、意図した形はきちんと伝えられると思う。
「これは?」
「これはですね、リヤカーと申しまして、物資の移動などに使うものなんです。私の国にはあるんですが、モルダラ王国にはないもので、あると仕事に便利だなあと思いまして」
「……なるほど、馬でなく人力ってことか」
この足でこぐ部分はどういう作りだ? 動力はどうやって伝わってるんだ? などと細かく質問をされ、俺は分かる範囲で答える。馬車の車輪だとお尻が痛くなるので、ゴムか何かを巻いてクッション性を高めて欲しいとの希望も伝えた。
雨の時や冬場など、幌を着脱できる荷馬車形式にしたいとも説明する。
「どうでしょうか。多少高くついても支払いますので、作っていただけないでしょうか?」
書面を食い入るように見ながら考えているアーネストに声をかけた。
「──オンダ、俺からの提案なんだが、これは便利そうだし、もしよければ俺が今後も作って販売してもいいか? そのお礼といってはなんだが、無料で作るし修理もタダでしてやるが」
「え? よろしいんですか? それは助かります」
別に俺が発明したわけでもないし、この国が便利になるに越したことはないのだ。いくらでも作って売って欲しい。
「交渉成立だな。後日ちゃんと書面交わそう。ちっとばかし初めての作業もあるので少し時間が欲しいが、試作品が出来たらエドヤに行くよ」
「よろしくお願いします!」
俺は持って来たお酒とビーフジャーキーを渡して帰路に着く。
これが出来ればジルのとこの移動も便利になるし、ジローやダニーも川に遊ばせに行くのも楽になる。ザックから野菜を譲ってもらうにも馬車だったので、これで格段と楽になるだろう。
まあさすがに距離があるのでサッペンスまでの往復は厳しいが、この町の銀行や近隣を移動するには手軽な移動手段が出来るぞ。
いくら若くて体力があろうとも、無駄に時間を消費するのは嫌いなのである。




