有能すぎる人は苦労する。
ありがたいことに、ナターリアはエドヤで働くことを了承してくれた。
「帰って早々に仕事が決まったわよ母さん! だから通いのメイドさんは辞めさせないでね。週に六日働いてたら、そんなに家のことはやれないもの。その代わり私はしっかりとお金入れるから!」
とさりげなくジルに家事は任せる宣言をしていた。
ジルとしても家に引きこもっていられるよりも、外で仕事をした方が離婚の傷心も早く癒えるのではないかと思っていたようで、反対はなかった。
個人的にはあんまり傷心って感じはなく、むしろ解放感に溢れているのだが、まあ義母のせいで旦那さんとも別れる羽目になったんだから、外から見えない感情もあるだろう。
「オンダ、悪いけど娘を頼むね。でも自分で産んどいていうのもなんだけど、本当に旦那と私のいいとこどりしてる出来のいい子だから、大抵のことは任せられるよ」
と俺に小声で耳打ちした。
「そりゃ助かります。本当に困ってたんですよ私」
「──二人とも、何こそこそ話してるの? ああそれとオンダさん、私は明日から働けるから店の場所だけ教えてくれる?」
「あ、はい。どうぞよろしくお願いしますナターリアさん」
「ナターリアでいいわ。雇い主だし年上でしょうオンダさん」
「そうですね、じゃあナターリアと呼ばせていただきます。では本日はこれで失礼します。ほらジロー、ダニー、家に帰るよ」
俺は床で転がって遊んでいる二人に声をかけた。
『キュッキュ』
『ポッ!』
俺の言葉で即座に入口の扉へ向かう彼らを見て、ナターリアが感心した。
「本当に私たちの言葉が分かるみたいねえ。可愛くてお利口さんなのね。私も明日からお店で働くからよろしくね」
しゃがみ込んでダニーに手を差し出すと、ダニーが少し考えて手を乗せた。
「まあ! ありがとう、受け入れてくれるのね」
『キュ』
まあそこまできちんと話を理解しているかは断言できないが。
とりあえず手を出されたから手を出したという感じじゃないかな。
ジローも足を持ち上げようとしてよろけたので自分の羽を広げ、ふぁさー、とナターリアの手に触れた。
「ジローもありがとう! ああ二人ともなんて可愛いのかしら! 子供の頃から母さんたちの研究や採集に付き合ってたくさん旅行も行ったけど、ブルーイーグルの子供もワイルドオッターも、こんな間近で見れたことないわ」
ジルが最初にジローたちと会った時と同じで、ナターリアもやたらと喜んでくれている。
うちの店は多分動物が好きな人でないと困るだろうなと思っていたので、ナターリアが親譲りの動物好きでよかった。
荷馬車で戻る時に、二人には、
「いいか二人とも。ナターリアは明日から店で働くんだ。時々はプールを覗いてもらったりもするから、仲良くしてくれよ。間違っても噛んだり引っかいたりしないでくれよ?」
と一応念押ししておいた。とはいえ今までもお客さんやアマンダたち、それにジルにだってケガをさせたことはない。俺もケガなんてさせられたことはない。
まあ難があるとすれば、ベッドで暑苦しいぐらいに近づいて眠るので、今の時期は起きると汗をかいてたりする程度だが、シャワーを浴びればいいだけだし。
これで後回しにしていた読み書きの勉強もできる。サッペンスの往復も楽になる。
サッペンスどころかホラールの町だって一部のエリアしか散策できてないのだから、この機会にあちこち動き回りたい。
まあうちは扱う商品もそこまで多くないし、一週間もすれば、値段や商品の取り扱いについても覚えてもらえるだろう。ジローたちは食事とプールで遊ばせるぐらいしかないしな。
俺は毎日積み重なる疲労から解放されるまでもう少しの辛抱だ、と浮かれていた。
だが、ジルが言っていた『出来のいい子』というのは身びいきでも誇張でもなかった。
ナターリアは初日、一時間も前に現れた。
「初出勤ですから一応店の様子を見がてら掃除をさせていただきたくて。早すぎてすみません。ああでも勝手にやってますので気を遣わないで下さい。バイト料も契約時間だけで構いませんから」
と白いエプロンを着けバンダナで髪を覆うと、用具を取り出し手際よく掃除を始めた。
俺はまだ自分の食事が済んだだけでシャワーも浴びる前。先にジローたちのご飯を上げているところだったので慌てたが、それでも少し早めに身支度して階下に降りると、今まで見たことがないほど店がピカピカになっていた。
疲れてて後回しにしていた上の棚の埃まで綺麗になっており、窓はくもり一つなく、持ち帰り用の袋もきちんと整理されている。
「すっかり見違えたなあ」
自分なりに掃除はしていたが、昔から少々大雑把なところもあった。
だが人が変わればここまで変わるのだと感心した。
「オーナー、では早速商品の説明をお願いします」
「オ、オーナー?」
「はい。仕事の間は雇用主と使用人ですから、礼儀はわきまえませんと。あ、オンダオーナーの方がよろしいですか?」
「い、いや、オーナーでいいです」
既に俺の方がナターリアに気圧されてしまっている気がする。
彼女は小さなメモ帳を片手に、試食品のカットの仕方、商品の使い方などを適宜質問をはさみながら自分で書き込んで行く。
「──はい、これで概ね理解しました。では私から少しよろしいですか?」
「ど、どうぞ?」
「まずこちらのシャンプーとトリートメントなのですが、お試しで買うには少々高く、またサイズも大きいと思います。女性の意見として申せば、たとえ評判が良くても自分の髪に合うか分からないですから、初期投資は控えたい気持ちがあると思うのです」
「まあ確かにそうだね」
「そこで、例えばお試し用に小瓶に移し替えて低価格で売るのはどうかと思うのです。雑貨屋では化粧水などを小さな瓶で売ってくれますので、卸売りをしている店で数回分ぐらい使えるサイズの瓶を購入されてはいかがでしょうか? 気に入ってもらえれば、通常品の売り上げも上がると思います」
「なるほど」
アマンダはクチコミをして広めているが、やはり少々高いせいか売り上げは伸び悩んでいた。
ちなみにこれは商品名がシャンプーとトリートメントである。
命名センスどころか名前すらつけるのを面倒がるヤマダ一族だが、本当にモノはいいので、何とかならないものかと考えていたが、言われてみればそういう方法もあったな。
「卸売りの店には心当たりはありますか?」
「はい。父母が大きな薬品瓶から小さな瓶に入れ替えて実験などで使っていたので、母に確認すればすぐ分かります」
「じゃあ今夜にでも確認しておいて下さい」
「分かりました。それと、これはサッペンスのスーパーにあった形式ですが、スタンプカードというのがありまして──」
俺はその後、店を開いてお客さんの相手をしつつもナターリアと色々話した。
俺も忙しさにかまけて情報収集がおろそかだったなあと反省していた。
ナターリアは一言えば十を知るという感じで理解も早く、初日からお客さんの対応も危なげがない。
これは一週間どころか、二日目から俺は楽になるのかも知れない。
さすがジルの娘さんである。俺の目に狂いはなかった。……というより少し過小評価していた。
夕方店じまいする頃には、ナターリアの有能ぶりに信頼度が爆上げになった。
……だがふと思う。
普段からこの調子なら、彼女の義母は若い彼女に教えることなど何もなくて、結果的に皮肉やあてこすりみたいなことしかできなくなったのではないか。
「何でもできる小憎らしい嫁」
で、頼られる自分とか、自慢の腕の見せ所がなかったというか、劣等感を刺激されたとか。
味方にならない旦那は情けないが、とかく出来る人、頭のいい人というのはその辺の心の機微に疎かったりする。
そういや大学時代、『ダメンズメーカー』と呼ばれる才媛がいた。
美人で頭の回転も良く、何でもそつなくこなせるし気配り上手。俺の女友だちが言うには、
「一人暮らしの部屋もいつも綺麗で、料理も上手だった」
そうなのだが、何しろ付き合う男付き合う男、よりによってそいつかという奴ばかりだった。
しかもその子が先回りして何でもやってしまうものだから、ダメ男はますます何もしないダメ男になっていく。
ずっと疑問だったのだが、その女友だちも疑問だったらしく、聞いてみたらしい。
すると、彼女は「元から男性を頼りにしてない」のだという。
「適当に掃除されたり料理されるぐらいなら自分がやった方が早いし、納得できる結果が出せる。そういう許容度は人によって違うから、私は自分が一番ストレスにならない方法を選んでいるだけ。尽くしているというのとはちょっと違うのよ」
と返されたという。
ナターリアもそのダメンズメーカーの彼女のように、しれっと言われたことをなんでもこなしてしまったため、旦那さんは「彼女なら自分が守らなくても大丈夫」と思われたのかも知れない。
まあ有能すぎる人も、苦労はあるものである。俺はすんごく助かるけど。




