ハイパーバイト爆誕?
「……はじめまして、娘のナターリアと申します」
「はじめまして。ジルさんにはいつもお世話になっております、オンダと言います」
ナターリアはブラウンロングに透き通るような青い瞳の大人しげな細身の美人さんであった。二十代半ばぐらいの年頃にみえる。
ジルと目元などがとてもよく似ている。
「それでオンダさん、母さんとはどういう関係で知り合ったのかしら?」
俺はこの国でたまたま店を始めるようになったこと、それに伴い倉庫をジルに借りていること、ブルーイーグルの子供とワイルドオッターを飼うことになったので、生態に詳しいジルに色々教えてもらっていることなどを説明する。
「ほら、お前たちも挨拶しなさい」
『ポゥ!』
『キュキュ』
知らない人間がいるのでソファーの隅っこで沈黙していた二人だったが、俺に言われて声を上げた。
「……か~わいい~♪ ナターリアよ、よろしくね~」
俺には露骨に不審者を見る目つきだったのに、ジローとダニーには警戒心ゼロで手まで振っている。
まあ俺自身も実際、自分の母親が見知らぬ若い男と親し気に会話してたら普通にビビるし、ジルはお金持ちっぽいから、年寄りを狙う金目当ての詐欺師と思われても仕方がないかも知れない。
「ほら、だから言っただろう? オンダは悪い人間じゃないよって」
ジルが俺の様子を見て口添えをした。
「そんなこと分からないじゃないの。こういうのは当事者は目が曇るものなのよ。──でもそうね、この子たちオンダさんになついているみたいだし、嘘はついてなさそうだわ」
「まあお身内の方からすれば不安ですからね。しょうがないです」
ナターリアは俺を見て頭を下げた。
「ごめんなさいね。母さんはしっかりしてるしボケてもないけど、それでも六十近いから、娘としては心配しちゃうのよ」
「ちょいと、六十までまだ三年以上あるよ! 勝手に盛らないでおくれ」
「似たり寄ったりじゃないのよ五十も六十も」
「全然違うよ! ナターリアはもう三十近いねって言われて嬉しいかい?」
「私はまだ六年あるじゃないのよ! むしろ二十に近いわ!」
「まあまあお二人とも落ち着いて」
なるほど。この二人はどちらも気が強そうだから、会話もヒートアップしやすいのかも知れない。血筋ってものかも知れないな。だがいつまでもこれでは話が進まない。
「それでジルさん、第三者の意見を聞きたいというお話でしたが」
会話に割り込むと、ジルが、あ、という顔をした。
「そうだったわ。ナターリアがね、私に何の相談もなく離婚してサッペンスから戻って来たんだよ。まだ一年も経ってないってのにさ」
「来月で一年よ」
「どっちだっていいよ。短いのは変わらないじゃないか。でね、娘の話を聞いて、男性から見てどうなのかって率直な意見を聞かせて欲しいんだ。私はこんなに早く出戻るなんて、流石に我慢が足りないんじゃないかと思ってしまうんだよ」
「はあ……」
おいおい、また俺は聞くのかあの話を。
いや、聞いてないことになっているから新鮮な反応をしなくては。
「私は悪くないわ。ちょっと聞いて下さるオンダさん?」
ナターリアが嬉しそうに身を乗り出した。
そこから一時間。
退屈になったジローとダニーに、ジルが野菜をカットしたおやつを与えている間、俺は淡々と相槌を打ちながらナターリアの話を拝聴した。
「──というわけなの」
「なるほど。そういった事情だったんですね」
うっかり盗み聞きしてしまった話以上に、婚家の姑はかなり毒素がきつい人だったようだ。
朝から晩まで掃除だ食事だ畑の収穫だとこき使う。
飯はマズいから作り直せと言われたり、風呂は必ず一番最後に回され、きちんと掃除してからでないと出られない。
しかも洗濯して干していた下着までチェックされ、品がないだの貧乏くさいだの言って勝手に捨てられる。そして夜の生活にもいちいち口を出してくる、と。
「どうだいオンダ? あちらをフォローするつもりはないけど、世間の嫁と義家族ってのは多少は揉めるもんだろ? 今までの別々に住んでいたわけだしさ。年配の人ならなおさら自分の生活スタイルとかもあるから、簡単に合わせられないこともあるんじゃないかと思うんだよ」
ジルがダニーを撫でながら、娘の扱いに腹は立つけどね、と呟いた。
「ええと、私は結婚したことがないので、個人的な考えになるんですけど……」
俺は考えつつ思っていることを伝える。
「多分ナターリアさんも、旦那さんが常に彼女の味方になってくれてたり、母親をたしなめていたら、頑張れたんじゃないかと思うんですよ。でも全然そんなことはなく、上手くやってくれと言われるだけだった、と」
「そうなのよ! 母一人子一人なのは今の自分と同じだからと思って、優しくしてたら付け上がってくれちゃって」
興奮した様子のナターリアを手で制した。
「結婚しようが元は他人同士なんですから、お互い気遣いみたいなものがなければトゲトゲするばかりです。そして肝心なのは、一番守ってくれるべき旦那さんが揉め事から逃げたら、ナターリアさんは孤立無援なんですよ。結婚でただでさえ血の繋がりもない家にきてる身で、味方が誰もいない、自分の意見を尊重してもらえないって、心細いしけっこう傷つきますよ男の私でも」
「分かってくれる? 家事は別にいいのよ、家庭を守る主婦なら当然やることだもの。でも義母からひどい扱いを受けても、夫がねぎらってくれたり、感謝の言葉があればまだ結果は違ってたのよ。でも私が我慢すればいい、それが当然みたいに言われるだけじゃあさすがにね」
「……ちなみに、離婚するときにあちらと揉めなかったんですか?」
俺は少し疑問に思って尋ねた。そんなアクが強い義母が、見下している嫁からの離婚発言を簡単に認めるものなのだろうか。
「もちろん揉めたわ。主に旦那じゃなくて義母とね。『せっかく家族に迎え入れてやったのに跡継ぎも産まず離婚だなんて言える立場か』って言われたから、『そんな跡を継ぐような財産だの家業なんてどこにあるんですか?』って言い返してやったの」
ナターリアはとても晴れ晴れとした表情で、本来はこうしてハッキリと自分の意見を言える人なんだろうなと思う。本当にストレスが溜まっていたんだろう。
「でね、『母さんにそんな言い方ないだろう』って旦那が言うもんだから、『私を守ってくれないあなたも意地悪ばかりするお義母さまも、私の人生には不要ですからさっさと別れましょう』って書面書いてもらって、荷物まとめて帰ってきたのよ。ポカーンとしてたけど、あの人たち、私がいつまでも我慢するとでも思ってたのかしら。本当にバカよね。ばーかばーか」
ほっほっほっと高笑いする彼女は、未練も何もないといった様子だ。
「まあ何年も我慢して結局別れるなら、早く見切りをつけるのもいいんじゃないですか? 人生の無駄遣いですからね」
「話が分かるわねオンダさん。男性でもあなたみたいにちゃんと客観的に見てくれる人がいると思うと、未来に希望が湧くわ」
なぜか俺とがっちり握手をして、そのまま緩んでいたジローのスカーフを直したりし始める。彼女はどうもジルと同じく、動物大好きといった感じだ。
ジルは俺がナターリアに説教してくれるんじゃないかと思っていたようで、少々ガッカリはしていたが、人生の無駄という言葉でそれもそうだなと考え直したらしい。
「まあ戻ってもまた同じことだろうしね。ナターリア、またこの家に住むなら、家事はちゃんと前みたいにしなさいよ。通いのメイドさんがいたけど、あんたが戻るなら必要ないわね」
「もちろんよ。もう当分結婚はこりごりだわ。私も母さんみたいに仕事して、自分一人でも生きて行けるようこれから頑張るわ!」
「そうですね。女性も一人で生きていける力があれば、変に引け目を感じなくても──」
俺は言いかけてふと黙る。
仕事。いま仕事といったか?
「ちょうどよかった! 突然ですがナターリアさん! うちの店で働きませんか?」
少々気は強そうだが考え方もしっかりした人だし、ジルが育てた娘ならば、人間的にも不安はないだろう。まあ万が一やらかしたとしても、ジルが責任を持って何とかしてくれるだろう。ちょっとそんな計算も働いた。とにかく今はバイトが欲しいのだ俺は。
「店番と、たまにペットの様子見という、いやもう本当に簡単な仕事なんです」
俺は、キョトンとした顔のナターリアに笑みを浮かべると、エドヤの説明を始めるのだった。
とりあえず信頼出来る人手さえあればいい、と思っての勧誘だったのだが、後日俺は彼女が大変優秀な人材であることを知るのであった。




