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ハイパー営業マン恩田、異世界へ。  作者: 来栖もよもよ


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【箸休め】ヒラリーのチャレンジ その3(終)

 毎日家に戻っては夕食後にクッキーを焼いた。

 先生がいる時といない時では安心感が違うというかどこか不安が出てしまうので、焦げないよう半生になったり逆に焦げ過ぎたりと安定しなかった。

 やはり私には向いてないのだろうかと落ち込むこともあったが、

「やあねヒラリーったら。料理やお菓子なんて失敗して当たり前なのよ。先生も仰ったでしょう? 私の若い頃なんて魚を焼いたら炭になってたり、砂糖と塩を間違えてめちゃくちゃ甘いスープが出来たりもっと最悪だったわよ。父さん可哀想なぐらいでね」


 と母が大笑いした。

 父は料理などに興味がなかった私が台所に立つこと自体が嬉しかったようで、失敗したクッキーもおやつ代わりに食べるからと捨てようとした私から取り上げた。


「お前は完璧主義者だからなあ。適度に力を抜け。母さんだって今でもたまに味つけ失敗したりするんだし、最初から満点を狙ったらダメだぞ」


 と小声で励ましてくれた。

 しかしそんな私でも十回ほど作れば流石に焼き加減のコツみたいなものは掴めたのか、ジョージたちが帰る前には何とか味も見た目もまともなクッキーが作れるようになった。


 ベントス兄弟が仕事を終え、明日はサッペンスへ帰るという時に私はジョージに会い、お勧めの本と綺麗にラッピングしたクッキーを渡すことが出来た。


「これはヒラリーが作ったのか?」

「ええ。実は何度も失敗したのだけど、やれば出来るものね。今カルチャースクールに通って色々学んでるところなの。良かったら食べてみてね」

「大事に食べる。ありがとう」


 ジョージは嬉しそうに受け取ってくれた。

 背も高く無口でコワモテ。以前の私なら威圧感でまともに会話も出来なかったタイプの彼だが、性格も穏やかで思いやりのある人であると今では理解している。

 趣味の読書や価値観が似ていることで徐々に親しくなれたし今では大切な友人だ。



 巨大迷路の仕事が終わり彼らが帰った後、ジルがやって来た。

 いつものように一緒に昼食の弁当を食べながら、クッキーが上手く焼けるようになったこと、ジョージに渡したら喜んでくれたと伝えると、「……それで?」と尋ねて来た。


「それで、とは?」

「クッキーを渡したんだろう? そこから変化があったのかと思ってね」

「変化って、ふふふ嫌だわジルおば様ったら。まだ二回ぐらいしか通ってないんですよ教室は。料理の方は今週末が初めてなんですの」

「いや、そうじゃなくてさ」


 私がジルおば様の意図をくみ取れずにいると、少し私を見ていたジルおば様が軽く頷いた。


「うん、まあいいか。まだ若いからねヒラリーは。私もせっかち過ぎたかね」


 一人で何か納得して食事を再開したが私にはよく分からなかった。

 不思議なことに報告したオンダさんもナターリアも同様で、私がクッキーが上達したことを喜んでくれたものの、何かプラスアルファの報告を期待していたようだ。


「……でジョージさんは受け取ってくれたんですよね?」

「ええ。帰ってから食べてくれたんじゃないかと思うのですが」

「それに関して返事はないの? ヒラリー」

「やだわ、まだ帰って数日よ? 彼も忙しいのに手紙なんてそんなに頻繁に書けないわ」


 二人は複雑な表情を浮かべ、「そうですよね」「そうよね」と納得していたが、彼らはどんな回答を求めていたのだろうか。私だって失敗したものは渡さないし心配しなくていいのに。

 おそらく今まで料理が苦手だった私が、自ら改善に向けて動き出したことに対しての期待と不安なのかも知れない。

 今でもまだ料理なんて苦手だし、クッキーが一つまともに出来るようになっただけなのだけど。私は皆にそこまで不安視されていたのかと思うと少々ガックリしてしまった。



 数日後。

 ジョージから小包が届き、本とクッキーのお礼とともに「ヒラリーの挑戦に触発されて俺も頑張ってみました」と自作のコーヒーキャンディが同封されていた。形は少々不格好だったが、これを彼が作ったのかと思うと自然に笑みがこぼれた。


「……あら美味しい」


 一つつまむとほろ苦いコーヒーと控えめな甘みが絶妙で、二つ三つとつまみたくなる。

 沢山あったので家族だけでなくオンダさんやナターリアにもおすそ分けしたが、皆が美味しいと褒めていた。


(クッキー一つで苦戦する私よりジョージの方がよほどセンスがあるわ)


 と少々落ち込んだが、逆にお菓子については日持ちもするし、自慢出来る出来映えのものがあったら送ればいいのだと思い至った。

 本についてのやり取りだけでなく、新たにこんな交流も出来るのは楽しいではないか。

 私はより一層カルチャースクールへの意欲が湧いた。

 鼻息荒くナターリアにそのことを告げると、


「うん、それはいいと思うのだけどね。もっとこう、ないの?」

「え、何が?」

「ジョージさんが特別な相手じゃないかってこと」

「もちろん大切な友人だと思ってるわよ?」

「だからそれって恋心じゃない?」


 ──恋心。この男性恐怖症気味の私が恋?

 思わずぷっと吹き出してしまった。


「ナターリアったら考えすぎよ。男性だけど趣味の合う友人ってだけで」

「そうかしら……それならそれでいいわ。ヒラリーが料理やお菓子に挑戦するのは応援してるし」


 笑みを浮かべた長年の友人に私も笑みを返したが、自宅に戻ってからも何故かその会話が何度も脳裏に蘇った。


(……恋? いやいやまさかまさか)


 確かに怯えずに話が出来るのは今のところオンダさんと彼だけだ。

 彼の兄や弟だってもう怖くはないが、話をして不愉快な思いをさせたくないと思うと自然に言葉は少なくなる。だからといっていきなり恋はないだろう。

 しかし、と考え込む。

 オンダさんは私の男性不信を理解してくれて気遣いをしてくれる上司で、尊敬できる人だ。

 でも恋愛に発展するかといえばない。感覚でいえば従兄の優しいお兄さん。

 一方ジョージはどうだろうか。

 彼と恋愛について語ったこともない。話す話題はウサギのポリーや好きな作家の作品、それとお互いの仕事のことぐらい。月に二度三度ぐらいの手紙の行き来と、仕事で彼がこちらに来た時に話をする程度である。

 どう考えても普通の友人じゃないかと思う。

 ただ彼が結婚したらこのような付き合いは出来ないだろうと思うと、少し心の奥がギュッと締め付けられる。

 これが大事な友人が失われることについてなのか、ジョージに対して特別な思いがあるせいかについては私には分からない。あまりにも男性を怖がって避けている時間が長かったので、単に親しみやすいだけなのか恋愛感情なのかの判断がつかないのだ。


 ──今は結論は出さなくてもいいわよね。


 私は自分を納得させた。

 大事なのは、私が料理やお菓子が人並みに出来るように頑張ることとジョージの件は関係がないということ。むしろはっきりさせてしまうと私の態度が変におかしくなるのが目に見える。

 目標はまだまだ遠い山の上なのだ。


「ダニーたちにご飯を毎日失敗なく出せるようになってから考えよう」


 平均点の女性になるまでは先は長いのである。





お知らせ

ちょいと執筆の仕事に入るので一カ月ほどお休みになります。

申しわけございませんが別の作品でも読みながらゆるゆるとお待ち下さいまし。

ちゃんと完結までやる予定なのでご安心ください( ̄▽ ̄)


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