相棒が友だちを連れてきた。
「こちらは、奥様方が待ちに待った商品、新商品の『ピラにゃん』でございます!」
俺はばあーん、とピラにゃんを取り出す。
エドヤは本日も大勢のお客さんがご来店だ。
ジローも新しいチェック柄の可愛いスカーフを首に巻き、
『ポッポ、ポーゥ』
などと愛想よく鳴きながら合いの手を入れた。
「オンダがまた便利な商品を出すんですって」
「でもホコリトレール三世ぐらい便利なものも、そうはないと思うけど」
などとひそひそ話している奥様たちは、俺の持っているピラにゃんを見て首を捻っていた。
「これはですね、先日販売を始めましたダマスカス包丁と同じ、あの関根孫八名匠が監修している商品でございまして、大した力も入れずに野菜の皮がするすると剥けるというものなのです」
俺はジャガイモとニンジンを取り出し、実演をする。
「包丁で剥くのが固い野菜って、結構ありますよね。しかも包丁だと無駄に太く剥いちゃったりして、食材が無駄になることも多いですし、うっかり力入れて指まで切れてしまったり。ですがこれなら、軽く野菜に滑らせるだけでほら、この薄さで皮が剥けます」
俺は透けて見えるんじゃないかというような薄さのニンジンの皮を奥様たちにアピールする。
「まあすごい! でもダマスカス包丁もびっくりするぐらい切れるから、あのセキネが作ったのなら間違いないんじゃない?」
「本当に皮むきさえなきゃ料理も楽なのに、と思うことあるわよねえ」
ざわつく七、八人ほどの声に、俺は一緒になって頷く。七、八人というと少ないと思うだろうが、俺の店は十人も入ったらパツパツな小さな店なのである。大観衆といっていい。
「ジャガイモの芽なんかもほら、この横の出っ張りで簡単に取れてしまうんですよ。しかも!」
俺は替え刃を取り出して、交換する。
「何と何と、こちら替え刃が標準で付いておりまして、女性でも簡単に交換可能。しかもですよ、こちらは通常の皮むきではございません!」
俺はニンジンにまたスライドさせた。
下に置いてあった皿にふわりと落ちたのは、細く千切りになったニンジンである。
「千切りって本当に面倒ですよね。私も一人暮らしなので料理はしますが、太さもバラバラになるし、雑になって後半になると疲れて太くなったりするんです。そうすると見映えも悪いし、まるで自分が手抜きしているみたいに思われる。理不尽ですよねえ」
何人か頷く女性もいるので理解は得られているだろう。
「文句を言うならあんたがやれ、と家族に言いたいお気持ちは分かりますが、ここはぐっとこらえて、楽をして家族に文句を言わせない方法を取れば、結果的に家がギスギスしません。家庭円満、奥様の負担激減、趣味に使える時間も増える。素晴らしいじゃないですか。料理なんて時間をかけたら美味しいものができるって訳じゃないですからね」
俺は奥様方の、ひいては買ってくれるお客さん全員の味方である。
「いけない、便利さだけお伝えしていて、個人的に肝心なことをお伝えするのを忘れておりました」
持っていたピラにゃんを皆に見えるよう持ち上げてる。
「こちらの商品なのですが、持ち手の部分分かりますか? 滑り止めとして猫の肉球の形のゴムがついておりまして、ここがまた可愛いんですよ」
「あらやだ本当。可愛いわね!」
「まさに猫の手も借りたい状況で、肉球だけですけど猫がお手伝い。見た目も可愛い、性能も申し分なし。なんと取り外した替え刃は我が社の『何でもとげーる君』で研ぎ直し可能でございます。お値段も四千ガルと、使える年数を考えたら抜群にお得です! もう奥様はため息不要です。手間を省いてご自身磨きや、好きな趣味に勤しめるじゃありませんか」
モブな俺の害意のない笑顔に、一人が財布を出すと、皆慌てて財布を出し、もれなく購入をしていただいた。使い方についてはしっかり交換方法やお手入れ方法も説明する。
ついでに何でもとげーる君も一緒に買っていくお客さんもいたりして、オープンして三日間は三十万を超える売り上げが出たので、まずは一安心だ。
異世界ですけど、社長のところの商品売れてますよー、と報告できないのは残念だ。
関根さんも俺より知名度が上がってるし。
だが何でもとげーる君やホコリトレール三世の社長の会社、社長の姉さんがやっている育毛剤などの会社名は何故か広まらない。
まあ何でもとげーる君の会社名は「株式会社ヤマダ」だし、お姉さんの会社は「ヤマダコスメチック」という、何の工夫も感じられない社名なので別にいいだろう。
社名より品名が知られた方が嬉しいだろうし。商品名もそうだが、会社名もネーミングセンスが欠落している遠因を感じる。ただこのピラにゃんは、個人的には気に入っている名前である。なぜなら可愛いから。
しかし考えてみると、俺が扱っているバウムクーヘンも「しのざき洋菓子店」の商品だし、ビーフジャーキーも「竹田牧場」の生産である。
商品のクオリティーを最優先にという能力が突出してしまうと、その分品名にまで気が回らないということなんだろう。まあ中小企業とか個人店舗みたいなとこだからともいえる。
まあそんな感じで四日目を迎え、売り上げは十五万程度に落ち着いたが、元手がかかってないのでそのまま純利益である。ありがたい話である。
とりあえず明日は休みだ。
一応休日はお客さんも多いので平日に休みを決めた。
仕事が好きとはいえ、週に一度ぐらいは休みを取らないと気分転換もできないし、さすがに疲れが取れない。
「なあジロー、明日は近くの川でも行こうか?」
『ポゥ! ポゥ!』
夕食後、風呂から出てジローと一緒にベッドに転がっていたら、ジルと話したことをふと思い出したのだ。
「ブルーイーグルは水浴びが好きだし、川で魚を捕らえたりする習性もあるから、たまには連れていっておやり。野生が全くなくなると万が一の時に大変だからね」
毎日風呂で水浴びしているとはいえ、やはり風呂場よりは大きな川の方がいいに決まっている。
この喜びようをみると、やはりたまには大きなところでの水浴びは大切なようだ。
日帰りなら当日に荷馬車を借りられるし、近くの川までは一時間ぐらいと聞いた。
トランク積んで弁当を持って行くか。帰りにジルのとこ寄って商品も補充しよう。
そう思うと明日の休みが楽しみになった。
翌日、小さめの荷馬車を借りた俺は午前中からジローと川へ向かった。
俺は自分で握った大きなおにぎり二つに、ソーセージや玉子焼き、モリーソースで味付けした照り焼き風の鳥肉だ。砂糖を加えるだけで手軽に違った味わいになるのがいい。一人暮らしが長いので、掃除も料理も一通りできるのがこっちに来てから助かったことだ。
ジローには牛肉をただ焼いたものを持って来た。魚を捕らえてくれたらそれを焼いてもいいが、あまり期待して獲れなかったら可哀想だもんな。
天気もよく、風がほどよく流れて気持ちのいい季節だ。平日のせいか人も全くいない。
俺は少し散歩をしてから御者席で昼食にしようと食事を取り出した。
おにぎりを頬張りながらジローを呼ぶが、テンション高いジローは空をぐるぐる回りながら川にダイブを繰り返していて、ポポー、と水浴びを楽しんでいるといった調子で戻ってくる様子がない。
昼食を食べ終わると、新しく買ったノートに今後の計画やサッペンスへ行く日程などを検討していた。だがトランクからウーロン茶を出して飲んで一息入れてもジローが戻って来てない。
周囲を見回しても、あの目立つ青いまん丸ボディーが見当たらない。
「おーいジロー、どこだー? ご飯食べないのかー?」
え? まさか自然に戻ったとかじゃないよな? と慌てて馬車から降りて近くの木立などを見に行こうとしたら、背後から『ポゥ……』という声が聞こえ、
「なんだいたのか。心配したじゃな──」
振り返った俺は固まった。
ジローの横に、人懐っこい顔をしたカワウソによく似た黒い生き物が立っていたのだ。
二本足で立った姿はジローの半分ぐらいの大きさで、俺の膝丈ぐらいか。ジローに慣れているので小さく感じるが、カワウソなら標準ぐらいだ。体重も多分この大きさなら平均ぐらいか。ジローほどジューシーな体ではない。
「……ええとジロー、お友だち、かな?」
とりあえずそう聞くしかないので尋ねると、ジローは羽でポンポンと紹介するようにそのカワウソもどきを叩き、
『ポゥ!』
と鳴いた。マジか。本当に友人だったか。
まあ俺の人生と同じぐらい生きてるわけだし、最近一緒に暮らす家族になったんだから、野生の友人ぐらいいるよなそりゃ。種族が違うのは意外だったけど。
なぜかカワウソもどき君は馬車の後ろに置いていたらしい魚を抱えて戻ってきて、俺に差し出した。
「あ、ああ俺に? ありがとう」
ジローも馬車の裏からもう一匹魚を持ってきて、ぽとりと俺のそばに落とした。どっちの魚もマスだと思うが結構な大きさだ。
「どうでもいいがお前は渡し方が雑だな。まあいいけどさ」
これを焼いて欲しいのか聞くと、ジローが首を振る。
いやまさかな、と思いつつ、
「なあジロー、まさかお友だちも一緒に連れて帰りたいのか?」
と恐る恐る尋ねると、元気よく肯定するように鳴いた。
「待て待て。彼、だか彼女だか分からないけど、友だちの意見もちゃんと聞かないと、ねえ?」
ねえ、などと聞いても仕方がないと分かっているのだが、それでも問いかけてしまう。
『……キュー』
まったくキュー、じゃねえよ可愛いじゃねえか。あのね、独身のオッサンのとこに可愛い生き物二匹もいなくていいんだってば。
「あれだ、ええと、君はうちに来たいの? でも人間の暮らしてるとこだよ? そんな今日みたいに自然にしょっちゅう連れて来たりできないんだよ?」
俺は説得しようと思ったが、また馬車の方に戻ると小さい魚を持って戻ってきた。俺に差し出して、
『キュ』
とか言いやがる。いやこれからよろしくお願いします、みたいに魚を出されてもだね。
だがつぶらな瞳に愛らしい仕草。小さな手に艶やかな体。可愛いんだよなあ。
ジローも可愛いけど、正統派の可愛さっていうか、こぢんまりしているのが保護欲が湧いてしまう。
「……それでもいいなら、うちに来るのはかまわないけど」
とつい言ってしまった。
『キュッキュ!』
と鳴いたカワウソもどきは、ヒョイッと荷馬車に乗り込んだ。ほんとコイツら言葉分かってんだなあ、と不思議に思う。彼らの言葉も俺にもちゃんと理解出来ればいいんだけど。
そこで気がついた俺は、ジローに声をかけた。
「ところでジロー、お前お気に入りのオレンジのスカーフどうした?」
『ポ?』
俺に言われたジローが首元を見たが、そこにはいつもボーイスカウトのように巻いていたスカーフがない。いつも風呂で水浴びをする時はちゃんと外しているが、今日はあまりにテンションが上がったのか、そのまま空高く飛んで行ったので少々心配はしていた。
慌てたように飛び上がり、ぐるぐると周囲を回っていたが、多分水遊びをしている時に流れてしまったのだろう。見つからないようでそのまま降りて来た。
「まあまあ、失くしたならまた買ってあげるから」
といったが、帰りの馬車の中でもずっと隅っこの方で無言で落ち込んでおり、カワウソもどきに慰められていた。
──やれやれ、また養う口が増えてしまったと思いつつも、一軒家を借りた後だったからまだ良かったと思う。
それに家族が増えるのは、現在ぼっちの俺としては嬉しいのである。
俺は家に戻る前にジルの屋敷に向かいながら、エサが用意しやすいものだといいなあ、などとのんびりと考えていた。