スイーツパワー恐るべし
週末は予定通り女性陣がやって来て、うちの子たちとのんびりプール風呂で楽しんでいた。
俺も特に予定はなかったので、入浴後にリクエストされたバターシュガークレープとアイスティーをキッチンで作っていたら、皆がぞろぞろとリビングに現れた。
「ああいい匂いだねえ。いつも世話になって悪いねオンダ」
「オンダは本当に料理もお菓子でも何でも作れるよねえ。大したもんだよ」
ジルやアマンダがエプロン姿の俺に声を掛ける。
普段から彼女たちは誰かを褒める言葉や感謝の出し惜しみをしない。
別に求めているわけじゃないが、やはり感謝の言葉があれば嬉しいし何かをしてあげたい気持ちにもなる。
ナターリアやヒラリーも礼儀正しいが、上司と部下のような関係だし年齢も比例している。
ジルやアマンダはかなり年下の俺に対してもそういう振る舞いが自然に出るのが本当に尊敬出来る部分である。俺も彼女たちのようになりたいものだ。
「一人暮らしが長いですから出来るようになっただけですよ。もうすぐ出来ますから少々お待ちくださいね」
俺は砕いた氷をグラスに入れて紅茶を注いだ。
ヒラリーに頼んでうちの子たちにはおやつの干し魚をあげてもらった。
最近は少しだけウルミが起きる時間が延びたので暖炉の前で三人仲良くおやつタイムだ。
火事の際に眠らないよう自分でつついてたハゲ部分も、フワフワの羽毛部分の成長で目立たなくなって来た。女の子だから心配していたが、ホッと一安心だ。
本人はまったく気にしていない様子だけど、大ケガしなくて本当に良かった。
誘われたので俺も一緒にティータイムに参加したが、アマンダがちょっといいかい、と俺を見た。
「サッペンスでスイーツの店をやるんだってね。ナターリアから聞いたよ」
「ええ。と言っても私はレシピの提供だけなので実際の経営はジェイミーですけどね」
「ホラールでもやって欲しいのにってナターリアは言ってたけど、働く子がいないのかい?」
「いないと言いますか、ちゃんと任せられる人はなかなかすぐには見つかりませんしね」
「店の問題だけなら新しいタウンハウスがあるからいいけど、やっぱり安心して頼れる子を見つけるってのは難しいよね。見た目や話しぶりだけじゃすぐ判断出来ないこともあるし」
アイスティーを飲みながらジルが呟いた。
店子の面接をしても真面目そうに見えて結構いい加減だったり、見通しが甘過ぎて断ったりすることもあると以前愚痴っていた。
人を見る目があると思っているジルでも苦労するのだ。俺のような若輩者なら尚更である。
すると大人しく聞いていたアマンダが、
「うちのローラはどうかねえ?」
と言い出した。
ローラはアマンダのテイクアウトの店でずっと母親と一緒に働いている物静かな女性である。
三人でとても仲良くやっていると思っていたのだが。
「……あのう、何か揉めたりされたんでしょうか?」
俺が驚いて尋ねると、ああ違うんだよと笑った。
「私は仲良くやれてるんだけどね、親子の方がね」
母親のサンディと娘のローラは仲が良いし、普段は何の問題もない。
ただサンディは過干渉というか、恋人がいない適齢期の娘を不安がり、
「誰でもいいから早く相手を見つけなさい」
「選り好みして行き遅れたらどうするの」
「可愛い孫が欲しいわあ」
などと最近は何かとせっついてしまい、微妙な雰囲気になるのだそうだ。
「家で小競り合いしたって仕事で離れたら気持ちも切り替わるけど仕事場も一緒だろ? ローラがかなりストレスが溜まっているみたいでね」
「ああ……」
周囲に若くして結婚したり子供がいたりすれば、母親としては心配なのだろう。
サンディは明るくていつも快活に喋る印象の人だが、発言が強引に感じることもある。
娘のローラは真逆で口数も少ないし大人しいが、発する言葉は常に柔らかい。
「ローラにはローラの価値観があるんだし好きにさせればいいんだよ。それに誰とでもいいなんて言われたって、じゃあ何のために結婚するんだってなるじゃないか」
「ローラさんは言い返さないんですか」
「まあそのうちにぐらいは言うけど、私みたいに放っておいてくれ! なんて怒鳴れるタイプじゃないからさ。ため息こぼす頻度が増えるだけなんだよ」
忙しくなって自分からサンディを正式に雇ってしまったものだから、アマンダとしても責任を感じているらしい。
いくら普段は仲良しの親子だって相容れない部分はある。
俺だって両親から結婚結婚とうるさく言われてたらガチ切れしたかもしれないし、実家に帰るのも鬱陶しく感じていただろう。
「そういうことでしたら少し距離を取った方がいいと私も思いますけど、ローラさんの希望もあるでしょうしね。第一テイクアウトの店の方が困るでしょう?」
親子問題は複雑だと思いつつ返事をする。
「そうでもないんだよ。リヤカー配達のアルバイトも増えたし、私たちが代わりに配達するなんてこともなくなったからね」
今は一日に売れる量も大体分かって来たので、メインやサイドディッシュを作る量なども前より調整出来ているのだそうだ。
アマンダの話を聞いていたジルも頷く。
「実際あの店の厨房は大人三人が動き回るには少々手狭だしね」
「そうなんだよ。弁当さえ出来ていれば配達の子がいれば大体回るからさ。翌日の仕込みも私とサンディだけで十分なんだ」
アマンダとジルの話を聞いていたナターリアが目を輝かせて俺を見た。
「オンダさん、ローラが了承してくれたら出せるんじゃありませんの? エドヤスイーツのお店」
「さっきいただいたパリッとしたクレープも美味しかったですものね!」
ヒラリーが笑顔で会話に加わった。
スイーツが好きな女性は多い。
いや、俺も好きだから男性も口に出せないだけで意外と多いのかも。
「ローラが働いてくれるってんならオンダだって問題ないんだろう? あの子は仕事ぶりも問題ないし性格も分かってるしさ。物件なら友だち割引でいくらでも紹介するよ」
ジルが嬉しそうに俺の背中をポンポンと叩いた。
「本当にローラさんがやってくださるなら前向きに検討はしますが」
俺はそう返事をするしかなくなった。
実際に人さえいればと思っていたのは事実だし。
「そうかい! それじゃ早速明日にでも聞いておくよ。オンダのところで人手が足りなくてってことならあの子も動きやすいだろうし、サンディも変には思わないだろうからさ」
アマンダがホッとした様子でアイスティーを飲むと俺に笑みを見せた。
「ところでさあオンダ、クレープってお代わりお願い出来たりするかい?」
「え? ああ出来ますけど。焼きましょうか?」
アマンダの言葉に返事をすると、残りの女性たちが揃って「私も」「私も」と手を挙げた。
俺はキッチンへ向かいながら、ホラールでも本当にエドヤスイーツの店が出来ちゃうのではと思い始めた。
スイーツの店というのは好きな人にとっては大変吸引力のある魅力的な存在なのだ、というのが実感できた一日であった。
まあ俺の食事に対する熱量みたいなもんだと思えばそりゃそうよな、である。