恩田、貯金ができる。
俺は翌日からアマンダの店『アンデン』で、昼間だけ間借りして商品を売らせてもらうことになった。ちなみにアンデンというのは、例のレインボーの花の名前らしい。
「どこにでも咲いてるアンデンのような、お客さんに馴染んだ店になりたい」
ということからつけられたそうだ。まあ日本にはどこにもないけどなあんな花。
さて、そこで困ったのが俺の店の名前だ。
俺はあくまでもよその国の商会の平社員、つまり雇われ商人というていになっているので、何かそれっぽい商会の名前を付けないといけない。
日本でフリーの営業マンをしていた時も、個人の名前で活動していたので悩んだ。俺はあくまでも他社の良質な商品を扱っているだけの人なのだ。
そこで少し考えて、『エドヤ』にした。江戸屋ってことだ。うん、日本っぽいではないか。
エドヤなら短くて覚えやすいだろうし、もしかしたら俺みたいに、うっかり死んじゃって日本からやって来た人が、「もしかして?」と思って訪ねて来るかも知れない期待を込めてのことだ。
ありがたいことに、こちらに来てから言葉には不自由していないので、別に日本人同士でつるみたいという訳ではなく、情報交換できたらいいなあ、ぐらいの気持ちである。
まあ、『オンダの店』という方が通りがいいらしくて、なかなか覚えてもらえてないのだが。
アンデンを昼だけ借りてオープンしてから、この町では高価な商品も予想以上によく売れた。
取説や原材料・商品名など日本語で書かれたものがメインだったが、外国の商品ということで読めないのも仕方がない、とお客さんには納得させられた。
品物について聞かれれば、俺の穏やかな話し方に笑顔の接客、丁寧な使い方の説明という営業スキルが遺憾なく発揮され、買う予定がなかったひやかしの相手にも購入させることに成功している。
これも敵意を感じさせない『量産型モブ顔』だからではないだろうか。
そしてコンスタントに人気があるのは、やはりバウムクーヘンとビーフジャーキーである。
試食も常にしているので味がすぐ分かるし、値段も千五百ガルぐらいなら、ちょっとした贅沢というラインなのだろう。
しかしバザーなどイベント的なものと違い、毎日のように販売していると売り上げは落ちるだろうと思っていたが、大体一日十五~二十万ガルの安定した収入があった。
バウムクーヘンやビーフジャーキーだけではなく、ホコリトレール三世やファイナルアップ、シャンプーやトリートメントも高いのに人気があったのだ。
これはクチコミの力が大きい。
アマンダは、日々艶やかになる髪に女性から質問攻めされて、
「人気が出過ぎるとあたしが買えなくなるから、あんまり大きな声ではいえないんだけどね」
などと言いながら、うちのシャンプーとトリートメントのお陰なんだと宣伝してくれる。
ザックはザックで、もう目の錯覚では片付けられないぐらい(といっても一センチ弱だが)伸びてきた髪の毛を撫でながら、バーで友人に、
「俺の人生はこれからだと思ったね」
とファイナルアップの効果を語っているらしい。
まあ実際にファイナルアップは『効果がなければ全額返金保証』を謳っているので、八千ガルという人によっては考えてしまうような金額の商品でも、意外にすんなり買ってくれる。
そして今のところ、返金してくれと言われたことはない。
ジローもたまにアマンダの家の水浴びで消えることはあるが、看板息子だか看板娘として止まり木でポゥポゥ鳴いてくれている。
ジローとつけてからも、オスでいいのか疑問になって自分で観察してみたが分からない。
倉庫の商品を取りにいくついでに博識なジルに聞いてみたが、ブルーイーグルは、
「大人にならないと分からない」
のだそうだ。ヒナの時代は見た目に変化がなく、大人になった時に体全体の青が濃くなり、メスだったら頭部の色が白くなって、オスなら胸元が白く変わるらしい。
……もし大人になってメスだった場合は、ジローとつけたことをひたすら謝るしかない。
一度だけジルに教えられて、たまたま山の上を飛んでいるブルーイーグルのオスをみたが、羽を広げた姿がビビるほど大きかった。冗談ではなくセスナぐらいありそうだ。
ほんの少しだけジローの成長がゆっくりでありますように、と願っている。
そして、アンデンで提供するようになったカレーも大好評だ。
ちなみに俺の強い勧めで、ライスかパンを選べるようにしてもらっている。
「香りが食欲をそそる」
というのは万国共通らしく、アマンダが下ごしらえしたカレーを作って店を出ると、外にはいいカレーの匂いが漂っているので、それに惹かれた新規のお客さんも増えているらしい。
串焼きも、こちらにはまだ売られてないモリーソースの味がウケており、酒のツマミに頼む人も多いようだ。アマンダの従兄のイケオジヒゲのジェフが、注文を受けたら冷蔵庫にしまってある串焼きを出して網で焼く。
「匂いにつられて、俺もうっかり酒のツマミにしちまうのが困ったもんだ。あ、でもツマミはちゃんと金を払ってるからな」
などとこぼしているらしい。
串焼きはキノコだけ、野菜だけ、牛肉・豚肉・鶏肉と各限定二十本ずつなので、売り切れる前にと早めに現れるお客さんもいるようだ。
「もう少し作った方がいいかねえオンダ?」
とアマンダが連日売り切れる串焼きに嬉しい悲鳴を上げているが、
「今はやめた方がいいです」
とアドバイスした。
こういう目新しい味は美味しいのは当然として、モリーソースが当たり前のように各家庭に常備されるまでは希少性も大切だ。
それに『数量限定』なのは、自分が間に合った時にささやかな満足が得られるのだ。小さなことだが、こういうのも案外顧客満足度につながるのである。
これでモリーソースの量産体制が整ってホラールでも普通に売れるようになったら、今度は甘みをつけて照り焼き風のものにしたり、汁物にしたりなど変化させればいい。
だが困ったことに俺の店が順調過ぎたせいで、二週間ほどで百万ガルを越えるお金が稼げてしまったのと、そのせいであれほど沢山出して倉庫に入れておいた商品がかなり減ってしまったのだ。
また数日ホラールを留守にして、こっそりトランク補給をせねば……と思い、ふと思い出した。
(そういや、最初に会ったホッケーマスクのおじさんのところには、かなりボロいけど軽トラみたいなのがあったよなあ。なんで町には車とか走ってないんだろうか? 農作業でもザックがトラクターとか使ってる感じもないしなあ)
俺は不思議に思い、家のウッドデッキでお茶休憩をしていたザックに聞いてみた。
「ああ、二十年ぐらい前までは周囲で乗っている奴もいたし、俺もトラック借りて乗ってたことあるけどな、車と軽油を輸入していた国で内乱が起きたらしくて、なかなか国に入って来なくなったんだよ」
それで車や軽油の価格が上がりすぎて、コスパが悪すぎて使えなくなったらしい。
前ほどじゃないが、それでも軽油が一リットルで五百ガルとか六百ガルぐらいだとか。たっか。
「商売で荷物運ぶにしても、その経費を上乗せしなくちゃいけないし、高くて客も減るだろう? だから荷馬車で運んだ方がよっぽど安く上がるんだよ」
あとは環境的な話で、町中を車が走るだけで煙がかなり出るし、ススが洗濯物について真っ黒になったり、開いた窓から入って壁や家具なんかも汚れるらしい。
だもんで、町中で車を利用している人は嫌われることが多い。
だから郊外に家があり町までの移動に時間がかかるとか、病人がいて緊急の時でもないと使う人がいなくなったとのこと。
ホッケーマスクのおじさんすごい郊外だったもんなあ、確かに。買い物一つするんでも、町に出ること自体が大変そうだから、維持費が高くても軽トラあった方が便利なのか。
「なるほど。他人の車で家の中や洗濯物まで汚れたら、たまったもんじゃないですもんね」
「だろう? それに昔は農作業が楽になるってトラクター買った大きなファームだって、燃料が高すぎて、人を雇って働いてもらった方が安くなるってとこも多くてな。野菜も汚れたりするから洗う手間も必要だ。だからもう売っぱらったか、あっても倉庫に仕舞われてるところが多い」
予定していた人数が集まらないとか、納期に間に合わないとかなら使うこともあるだろうけど……ま、うちは自宅とアマンダの店で使う分と、市場で売るぐらいの小規模な畑だから不要なんだ。
そう笑って、なんでそんな話を? と尋ねられる。
「もしトラックが借りれるなら、サッペンスの往復が楽かもと思ったんですが、やめといた方が無難ですね。コスト高騰に加えて仲良くさせていただいている周囲の評判まで落ちそうですし」
「だなあ。今はもう誰が車を持っているかも分からんし、正直分かってもお勧めはできん」
ガスや電気もあって、家庭電話や冷蔵庫もあるのに、車があってもちっとも改良は進んでないとか、自転車すらまだないとか、文明の発展度合いがちぐはぐなところだ。
まあ多分俺がいた日本の基準で考えてるからなんだろうな。
いつか、日本みたいにテレビが出来たり、電車が走ったりするのだろうか。
まあそれはともかく、アパートを借りるお金も、値段によっては店も借りれるお金は貯まった。
とりあえず、アマンダたちのところに世話になりっぱなしなので、早急に部屋を探さねば。