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恩田、交渉スキルを発揮する。

 翌日、俺は早速ジローを連れてジルの家へ向かった。

 アマンダたちの家から徒歩で十五分ほどの距離にジルの家はあったが、到着してみてちょっと驚いた。予想外にかなり大きく立派な家だったのである。お屋敷だ。

 高さ二メートルぐらいはある頑丈そうな柵も家の周りを囲っているし、最近補修でもしたのか、壁は真っ白に塗られたペンキが眩しいほどだ。

 アマンダ夫妻の家の二倍ぐらいの大きさはあるのではないか。いや彼らの家だって、年季は入っているがリビング、キッチン、風呂トイレに部屋も四つあるので小さくはない。

 学者がそこまでお金になる仕事とは思っていなかったので、偏屈なお年寄りの一人暮らしと聞いて、失礼ながら「小さなボロ家で細々と暮らしている」というイメージを持っていたが、これはどうみてもセレブの優雅な引退生活である。

 元から資産家だったのか、それとも研究で国に貢献するような大きな発見をしたとかでお金が入ったのか。詳細は分からないが、こんな普段着で訪れて良かったのだろうか、と不安になった。

 こんな時スーツだったら気合も入るのだが。

「なあジロー、大丈夫かなあ俺?」

『ポゥ?』

 いや、ビビってる場合ではない。ジローのためにも何とかコネを作らなくちゃいけないんだ。

 俺は自分を叱咤して、ドアベルを鳴らした。

「こんにちはー、最近この町に越して来た商人のオンダと申します。ご挨拶に伺いましたー」

 ──無反応。何度ベルを鳴らしても応答する気配はない。

 これはなかなか手ごわそうだ。

 今は十一時になったばかりで、さすがに眠っているってことはないだろう。

 いったん門を出て緩やかな坂を下り、近くの民家を訪ねた。

「あのう、少々お伺いしたいのですが、ジルさんの件で……」

「あら、ホコリトレール三世の!」

「え?」

 出て来た女性の顔を見ると、先日バザーで商品を買ってくれたご婦人だった。

「あれ、本当に便利だわあ、掃除が楽になって助かっているのよ」

「そうですか! それはよかったです」

 お客さんであればさほど警戒されることもないとホッとして、ジルについて質問することにした。

 やはりアマンダの言う通り、今は近所づきあいもほとんどしていないようだ。

「でも週に三日は、昼頃から通いでメイドさんが来ているわよ。今日も来ると思うからもう少し待ってたら、話ぐらいは通してもらえるんじゃないかしらね?」

「そうですか! ありがとうございます」

 俺はお礼をいい、ジローを連れてまた屋敷の前に戻る。

「お前のことは早く聞いておかないと怖いしな」

『ポッポ』

 まだ短い付き合いだが命の恩人でもあるし、この呑気そうなまるまるボディーに癒やされている自分もいて、すでに俺にとっては家族のような存在なのである。

 寿命を縮めるような食生活とか環境はできる限り排除しないと、こっちも不安でしょうがない。

 しばらくジローと待っていると、二十代半ばぐらいの若い女性が荷物を抱えて道を登ってきた。

「あ、すみません、失礼ですが、ジルさんのお宅でメイドをされている方でしょうか?」

「え? ええそうですけど」

 自分が他国から来た商人であり、アマンダの家に世話になっていること、博識なジルに聞きたいこともあるのでご挨拶に来たのだが、誰もいらっしゃらないようだと簡単に説明をした。

 アマンダはさすがにビストロを長くやっていることもあり、町の人には広く知られているようだ。

 ああアマンダさんのところで、と警戒心はすぐ解けたようだ。

「でも変ね。ジルさん無愛想なのは確かだけど、訪問者に対して居留守まではしないはずなんだけどなあ。ちょっと待ってて下さいね、私がお話してみますから」

 そういうと、早足で扉に向かい、鍵を開いて入っていった。

 そのまま玄関の前で待っていると、

「まあジルさん、大丈夫ですか?」

 という声が聞こえ、バタバタとさっきのメイドが走って戻ってきた。

「すみません、ちょっと私一人では難しそうで、助けてもらえないでしょうか?」

「あ、はい」

 何だか分からないまま彼女についていくと、キッチンの冷蔵庫の前で床に倒れている小柄な年配女性がいた。この人がジルだろうか。

「ミルクを飲もうとしたら、腰を痛めたようで動けなくなったそうなんです」

 確かに床には割れたグラスと飛び散ったミルク。ぎっくり腰か。

「ジロー、こっちは危ないから入ってきたらダメだよ」

『ポッ』

 俺はジローに注意をすると、倒れている女性の様子を調べる。

 ガラスでケガをしたりしている様子はなさそうだ。

「ジルさん、腰以外にどこか痛むところはありますか?」

「だ、誰だいあんたは。と、とにかく立ち上がれないんだよ」

「すみませんが、寝室はどこですか?」

 俺はそうメイドに尋ね、慎重にジルの体の向きを変える。

「あだだだだっ」

「すみませんが、ベッドまで運びますから少しだけ我慢して下さい」

 俺はメイドにも手を貸してもらい、痛がるジルを背負うと、案内されるまま彼女の寝室のベッドまで運ぶ。

「キッチンの方は私が片付けておきますので、お医者様を呼んでいただけますか? 私は引っ越したばかりで全然詳しくないもので」

「あ、はい! すぐ行って来ますね」

 急いで屋敷を出て行く彼女を見送ると、俺はキッチンの掃除をする。

 昔自分もぎっくり腰になったことがあったが、あれ別に重たいものを持つとかでなくても急になるんだよなあ。俺だってトイレに行こうとベッドから立ち上がった瞬間だったし。

 片付けを終えると、することもないのでそのまま居間で医者を待つことにする。

 年配とはいえ女性の寝室に男一人で行くわけにもいかないしな、と室内をぼんやり眺めていると、やはり学者の家なんだなと思うぐらい厚みのある本が本棚にたくさん並んでいた。

 壁にも昆虫の標本が入った額のようなものがいくつも飾られている。何か虫の下に文字は並んでいるが、会話はできてもこの国の文字までは読めない。

 よその国の人ってことで文字が分からないのは理解してもらえたとしても、しばらく暮らすなら一から勉強しないといけないな。書類とか不利なこと書かれても気づかないし。

 ただ俺は目標のための努力は惜しまないタイプなので、そこまで不安はない。

 一番不安だった会話が普通にできるのだから、どうにかなるだろう。

 そういう点では楽天的なのである。

「ジロー、眠いのか?」

『ポ……』

 気づけば、高級そうなソファーの上に座り、ジローが糸目になっている。

 するとほどなくして医者を連れた女性が戻ってきた。

「今日は色々と慌ただしいでしょうし、またメイドさんがおられる時にでもお伺いしますね」

 と頭を下げ、ジローを起こして帰ることにした。



 無愛想な世捨て人であろうと俺がよそ者だろうと、やはり助けてもらったことには感謝をしているようで、メイドが来ている翌々日に再度訪問した際にはちゃんと会ってくれた。

 ある意味ぎっくり腰に助けられたとも言える。

 痛み止めの注射を打ってもらったことと、薬も処方されたとのことで、倒れていた時のような痛みはないそうで、今はだいぶ楽になったらしい。

「──初対面の年寄りを背負わせるなんて、申しわけなかったね」

 と改めて謝罪された。

「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」

「……で何だい、私に聞きたいことがあるとか?」

「あ、そうそう、実はこの子なんですけど」

 後ろで大人しく控えていたジローを手招きする。

「へえ、ブルーイーグルの子供か。珍しいね、人にはなつかないんで有名なのに」

 ジルは枕元のメガネをかけると、ジローをじっくりと眺めている。

 俺は命を救われたことと、何でか知らないがなついているので面倒を見ることにしたが、育て方や食べ物など分からないことが多いので教えて欲しいのだ、と伝えた。

「なるほどね。だけどブルーイーグルは長命種だ。この子、くちばしの成長具合から見ても生まれてまだ三十年ぐらいだよ。大人になるまであと十五年から二十年はかかるんじゃないかね。大人になってからも二、三十年は生きるけど、面倒見切れるのかい?」

「この子、三十年生きてるんですか?」

 俺は驚いてジローを見た。大人になるまで四、五十年かかるのかよお前。てか俺とたいして変わんない年なのか。見た目詐欺だなおい。

『……ポゥ』

「うーん、あと自分が五十年元気で生きられるかは正直分からないですけど、こいつも大人になったら自分で生きて行けると思うので、まあ何とかそれまで頑張りたいと思います」

 これも何かの縁である。できる限りのことはしたい。

 ジルは俺をしばらく黙って見つめ、頷いた。

「私は『絶対』みたいなことを言う人間は信用できないんだ。世の中に絶対なんてものはないからね。オンダはその点バカ正直だね。嫌いじゃないよ。分かった、私の知る知識で良ければ教えるよ」

「本当ですか! ありがとうございます」

 俺は言われることをせっせとメモしたが、意外だったのは、塩分も絶対に上げたらいけないわけではないことだった。

「海鳥なんて海水まみれだよ、そんなこと言ったら」

「いや、でも犬とか猫なんかは人が食べるような味は腎臓がおかしくなるって聞いたことが……」

「まあ人間ほど汗もかかないから塩分はそこまで必要じゃないけど、岩塩舐めたりとか牛だってしてるし、消化を助けたりもするんだよ。ただもちろん、毎日のように食べたらダメだけどね。この子は特に雑食だから何でも食べるし、甘いのもおやつ程度の量なら全然問題ない」

「勉強になります」

 さすが学者の妻で、自分も研究をしている人だ。

 あとは綺麗好きだから定期的に水浴びさせることと、爪が伸びすぎないよう止まり木に縄を巻いておくといい、などと教えられた。

 色々教わったのでお礼をいいつつ、もう一つの本題に入る。

「実は、私が商人だとご説明したのですが、倉庫がなくて困っておりまして……」

 何とか利用していない倉庫を借りれないかと交渉する。

「一時的でも構わないんです。せめて半年、いや三カ月でもあれば別の場所を探すことも可能だと思いますので」

「悪いがそんな面倒なことはお断りだね。今はようやく毎日自分のやりたいように研究したり、調べごとしたりで楽しく暮らしてるんだからさ」

 あっさり断られた。いや、だがここで簡単に引き下がる訳には行かないのだ。頼んで期限を伸ばしてもらっている荷馬車も返却しないといけないんだから。

 俺はさりげなく話を続ける。

「ジルさんは研究者ですから、自分が知らないことを知るって楽しみをお持ちですよね」

「……それがなんだい?」

「いえ私の国の植物ですとか動物とか、かなり遠方にあるだけあって、こちらの国とはかなり異なっている部分も多いですし、ご興味あるんじゃないかなあ、って」

「……」

「例えば、ここによく咲いているレインボーの花は我が国にはなくて、バラっていう茎にトゲがあるけどそりゃあ美しい花があったりですとか、サクラっていう散り際が潔くて舞い散る花びらが美しい木があったり、ああキリンっていうやたらと首が長い四足動物なんかもいるんですよね」

 俺はちらりとジルの顔を見た。明らかに興味を引かれているようだ。

「それ以外にも、異なる国の生活習慣の違いとか情報交換もできますし、私もジルさんから色々伺えると勉強になります。新たな知識を得るのって、楽しくありませんか?」

「……まあ、そりゃあ」

 学者は基本的に知りたい願望が強いから調べたり研究するのであって、言い換えれば知的好奇心が旺盛な人である。

 そして、俺の経験でのみの判断だが、自分の知識を何かしら役立たせたい、教えたいという人も多い。脳内の引き出しにしまいっぱなしの情報などないも同然だからだ。

 現にジルはブルーイーグルの情報を教える際、とても詳細に親切に教えてくれた。

 こういうタイプの人が喜ぶのは、新たな知識、情報であることが多い。

「倉庫を貸して頂ければ、賃料をお支払いする際に、色々とお話もできますし、ジルさんにとっても悪い話ではないと思うのですが、いかがでしょうか?」

 少し長い沈黙が流れたが、ジルが俺を見る。

「……半年でいいんだね?」

「ええ、それで十分です。それまでに新しいところ探しますから。本当に助かります」

 倉庫の賃料も、期間限定だしお金にも困ってないので月に二万ガルでいいという。

 メイドさんに裏手の倉庫を見せてもらったが、思ったよりも大きく、中は定期的に掃除されており清潔だ。これならかなりの荷物が収容できそうだ。

「それではすみませんが、早速荷物だけ運ばせていただきますね」

 俺は今日の成果にほくほくしながらジローとアマンダの家に戻った。

 あとは新しい住まいさえ見つかれば準備万端だ。

 ジローと俺の飯代も稼がねば。頑張るぜえ。





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