『死んでくれなきゃイタズラするぞ』
「死んで下さい」
下校中、信号待ちの長い退屈な時間をぶち壊してくれる一言を、見ず知らずの女子中学生に言われてしまった。びっくりして全身が一度凍りついたケド、解凍にはそこまで時間はかからなかった。
「えっと、何?」
信号が青に変わった。だけども僕の自転車を漕ぐ脚は動かずに、代わりに口が疑問を吐き出していた。
「死んで下さい。あなたに生きている価値は微塵もありません」
酷い言われようだ。自転車のカゴにゴミを溜めすぎたのだろうか。確かに少しは罪を犯した事はあるかもしれないが、目の前にいる女子中学生に危害を加えるような事はした覚えがない。
「誰かと間違えてるんじゃないか?」
「いや、あなたで間違いありません。私はあなたを許しません。死んでくれないなら、私が殺します」
物騒な中学生だ。
僕は完全に解凍された脚を動かし、自転車から降りた。面白い事に、僕と女子中学生以外の人間が近くにいない。まるで僕を避けてるみたいだ。
「近付かないで下さい」
女子中学生はそう言いながら、ポケットからカッターナイフを取り出した。おいおいマジか。僕はどうやら殺されるらしい。
「落ち着けって」
「来ないで下さい」
僕はもう思い出していた。
「何にもしないからさ」
「近付かないで」
似てると思ったんだ。
「お姉さんの事は謝るから」
「来ないで!」
一週間前に犯った他校の女子高生に。
「だからさ、次は君が代わってよ」
「やめて!」
自殺したらしい。
「お姉さん死んじゃったみたいだから、代わりがいなくて困ってたんだ」
■ ■ ■
私はカッターナイフを握ったまま後ずさる事しか出来なかった。怖い。目の前の男は私になんの恐怖も抱いていないみたいだ。
「ねえ、いいでしょ?」
じりじりと詰め寄ってくる。私は声を出す事も出来ないくらいに怯えていた。男はニヤニヤ笑っている。そういう仮面を被っているみたいだった。
こんな男に、お姉ちゃんは犯されたんだと思うと、恐怖を掻き消してしまいそうな憎悪と怒りに、気が狂いそうになった。
いっその事、狂ってしまえばいい。
私は目をつむった。
■ ■ ■
女子中学生は目をつむりだした。抵抗をやめたのだろうか、それとも犯して欲しくなったのか。
カッターナイフを握りしめる手は今だ固く、離そうとはしていなかった。まるで凍ったように、女子中学生は動かない。
解凍に時間がかかるといいな。そうすれば、僕も犯りやすいから。
ゆっくりと近付く。僕のまわりだけ時間の流れが変わったかのように、ゆっくりと。
女子中学生の目が見開かれた。依然その目には恐怖と怯えが映し出されていたのだけども、何故だか女子中学生は動き出した。既に解凍されていた。
握りしめられたカッターナイフが僕の腹部へ突き刺される。痛くない。学ランは分厚いんだ、弱い力じゃ刺せもしない。
カッターナイフを握る小さな手を払いのける。バランスを崩して女子中学生は倒れ込んだ。
このまま気絶させて、いつもの公園に連れて行こう。と、僕はそう考え、自然と笑みが零れだした。
■ ■ ■
私は倒れ込んだ。でもしっかりとカッターナイフは握っている。これを離したら、私の最後だ。
私は男が見せた余裕の笑みを引き金に、脚をバネにしてカッターナイフを突き上げた。男の股間を目掛けて。
カッターナイフが突き刺さるのと一瞬遅れて、男の断末魔が響き渡る。一度抜いて、再度突き刺した。「これはお姉ちゃんの分」と、心の中で呟いた。
男が悶えている内に、私はカゴにゴミが溜まった自転車に跨がり、その場を後にした。
男はもう二度と、事に及ぶことは出来ないだろう。なぜなら二度も、斬り裂かれたのだから……。
――End――