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大魔女レオンティーナの愉快で滑稽な旅路  作者: 智慧砂猫


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第9話「警戒心」

 騒がしさの中にある、ほんの小さい穏やかな空間。意気揚々と男たちが俗歌を高らかに歌い、それに合わせて肩を組みながら足をあげて、どったんばったんの大賑わい。酒の肴にもってこいだとグラスに口をつけた。


「ん。ちょっと夜風にでも当たって来るかな」


「えっ、大丈夫ですか? ご気分でも……」


「何も問題はないよ。ただ暑くなってきただけだ」


 そう言い残して酒場の外へひとりで出て行く。


 早々に彼女は足を止めて、横目に男を見つけた。


「……あまり関わりたくないんだが、まだ何か用でも?」


 立っていたのはコルネリウスだ。立派な制服に身を包み、昼間よりも落ち着いた雰囲気を醸している。


「いやあ、流石に、この空気の中を入っていくのは気が引けただけで。せっかく楽しそうなのに騎士が入ってきたとなると興醒め甚だしいかと」


「同意見だ。だからこそ、こうして顔を出しに来てやったんだが」


 睨まれると騎士は気まずくなって頭を掻く。


「わざわざ出向いてもらって申し訳ない。念のため、確認の意味で話を聞き直していたんです。たまさか見掛けたもので、気付いてもらえてよかった」


 人捜しで些細な見落としがないかを再確認するのも彼らの仕事だ。酒場に入って空気を冷やす前に、視線ひとつでレオンティーナが気付いてくれるほどの人物であったのにホッとした。しかし、同時に違和感も覚えた。


「……あなたは何者なんです、貴婦人。ただの上流階級とは……いえ、あなたのような者を貴族に見た覚えがない。しかし明らかに庶民でもない。纏っている空気がまるで違う。いまさらで失礼やもしれませんが、名前を窺っても?」


 その問いは確信に近いものがある。誤魔化せば、なおさらに食い下がって来るか、それとも行く先々で顔を出して来そうな気配さえあった。


「レオンティーナ・ウィザーマン。世間からは白銀の魔女、あるいは大魔女とも呼ばれている。これで納得のいく答えが聞けたかね、騎士(ナイト)くん」


「……はい。ですが、もうひとつだけ」


 視線が酒場の中を見た。


「あのお連れの方は?」


 それとなく尋ねるようではあったが、レオンティーナは、その目に真に映っているのが何かを即座に見抜いて堂々とした態度を崩さなかった。


「エルザ・ローズ。最近、エステルという侍女の代わりに雇った人間だ。気になるなら森の道沿いにある坂道を登れ、そこに行けばエステルに会えるから話を聞くといい」


「森の道沿いにある坂道の……エステルですね、わかりました」


 お互いに一筋縄ではいかない相手と分かり、コルネリウスも引き下がる。機が熟すまで、彼女との接触は避けて通らねばならないだろうと諦めた。


「それでは失礼致します。夜分に手間を取らせてしまい申し訳ない。ぜひ楽しい夜をお過ごしください。またいずれ、どこかでお会いいたしまょう」


 ぎらりとした目つき。明らかに獲物に狙いを澄ましたかのような。レオンティーナはそれでもまったく動じる気配なく、『ただの飼い犬ではないようだ』と警戒心を抱きながら彼に別れを告げて早々に酒場の中へ引き返していく。喧騒は相変わらず続いていた。


「おかえりなさい、レオン。大丈夫ですか?」


「ああ。……お前こそ料理に手を付けていないようだが」


「待ってたんです。せっかく一緒に食べれるからと思って」


 冷めきった肉料理ほど味わいのないものがあるだろうか。見た目にもすっかり固くなってしまっているし、油も白濁りしている。代わりのものを注文しようかとも思ったが、少し悩んで手のひらを上に向けて、ふわっと舞った黒い煙の中から落ちてきた魔導書をパッと掴んで持った。


「せっかくだ、魔法のひとつでもお披露目してやろう」


 空いた手でぱちんと軽く指を鳴らす。魔導書がうすぼんやりと輝いて、冷たくなってしまった肉料理がまた温かく湯気をのぼらせた。


「これは何をしたんですか?」


「時間を巻き戻したのさ。ほんの少しだけね」


 ぽいっと放り投げた魔導書が黒い煙になって消える。


「どんなものでも、と都合よく言えるほどの魔法ではないが、ちょっとしたアクセント……。たとえば酒にチーズを添える程度の干渉。あるいは外へ行くのに靴を履くとか、それくらい自然で小さな事柄であればいい」


 時間を巻き戻すなど大それた事をするのには大きな代価がいる。それは魔力と呼ばれる、持たざる者に口で説明するのが難しい特別な力で賄えるが、規模が大きくなればなるほどレオンティーナの心身ともに影響が大きい。


 それゆえに小さな干渉。冷めた料理を出来立てに戻したり、割れた花瓶を元通りにする。ほんのそれだけ。たったそれだけで魔力を大きく消耗した。


「さ、食事を続けようか。もうそれなりに酔ってはいるが」


「そういえば顔が赤くなっておられるようですけど……」


「お前はまったくって感じだな。もしかして強いのか?」


「たしか伯爵家の者は、皆がお酒には強かったと記憶しています」


「家系か……。なるほど納得だ、もう大概の連中が潰れたのに」


 振り返れば酒場では大勢の客が居眠りして机に突っ伏していたり、床に転がって大いびきを奏でる楽器と化している。けろっとしているのはエルザだけだ。


 まだ健在の者たちも今に眠りこけるか、酔っぱらってろれつが回っていない有様。さすがのレオンティーナも、やや限界といった具合にまで来ている。


「食べ終えたらさっさと寝よう。……昼くらいまで」

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