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第8話「馬鹿笑いしながら」

「料理、楽しみですね。この町にはよく来るんですか?」


「何年かに一度だけだよ。滞在の日数が長いんだ」


 最近は邸宅にこもりっぱなしで、必要なものは届けてもらうか、あるいはエステルに買い出しに行かせる事ばかりだったので、今回はいつもより間隔があった。それでも酒場の常連たちとは、たまに席が合えば歓談に興じる事もしばしばなところがあり、彼女の顔馴染みはいつでも多い。


「よう、レオンの姐さん、今日は連れがいるのかい」


 酒のみがふらふらとやってきてレオンティーナの隣に立った。ひっくひっくと顔を真っ赤にして、すっかり出来上がっている。


「飲み過ぎだぞ。お前、体調の方はどうなんだ」


「見りゃ分かるだろ、元気も元気さ。酒が美味いんでね」


「あまり嫁に苦労させるなよ。酒は程々にしておけ」


 額をつんと突かれた男は、あっという間に酔いが醒めた。


「あれまあ……。良い気分だったのに」


「安酒とはいえ量を弁えろ。また借金こさえる気か」


「ひい、そりゃ勘弁願いたいよ。帰って寝るかねえ……」


「そうしろ。家族といられる時間は短いんだから」


「姉御が言うとおっかねえやな。じゃあ、そうすっか」


 酒場から歌声が響く。酒に焼けた声。罅割れた低い声。がらがら声。野太く豪快な声。色んな声が奏でる歌に混ざりながら男は店を出て行く。


「まるでラム酒に酔った海賊だ。こいつら、毎回夜になるとこれだから……。お前は静かに食事をする方が良かったかね?」


「いえ。楽器がなくても、こんなふうに歌は楽しめるのですね」


 ワイワイ騒いで歌って踊って、踊り狂って歌い続ける。彼らの愉しそうな姿を朝までだって眺められる気がするほど新鮮で楽しくてたまらない。


「ああ、私も混ざってみたいなあ……」


「混ざって来ればいいのに」


「で、でもほら、迷惑が掛かるかも……」


「散々店に迷惑掛けてる連中に気遣いか?」


 くすくす笑って、目の前に出されたぶどう酒に口をつけた。


「肩を抱き合って馬鹿笑いするのも悪くないものだ。お前にとって馴染む(・・・)ための第一歩と考えればいいさ。注文が届いたら教えてやるよ」


 ぱあっと顔を明るくしたエルザが、椅子をぴょんと降りて「私も一緒に歌っていいですか!?」と声を掛けに言った。最初は戸惑った男たちも、そんなに混ざりたいのなら、と断る気配もなく一緒に歌って踊り始めた。


「良かったのかい、レオンの姐さん? あの子、慣れてないのに派手な事させちまって。怪我するかもしんないよ」


 サラダが目の前に置かれる。マーティがエルザを見つめながら尋ねた。彼女が人を連れてくるなど珍しく、よほど気に入ったのは分かるが、酒飲みたちに混ざると何が起きるか分からない。彼は心配だった。


「いいんだよ、小さい怪我くらい俺が治してやればいい。それより昼間の騎士たちについて何か聞いてるか? 人捜しをしていると言っていたが」


「情報屋もやってる身とすりゃあ、コレ(・・)がなきゃ口は割れねえな」


 指で輪っかを作られたので、仕方なく銀貨を放り出す。納得のいく報酬を先に受け取ったマーティは顔を近づけて、酒場の喧騒に紛れさせながら小声で言った。


「元々伯爵家も公爵家も良い噂は聞かねえけど、どうにも伯爵令嬢がいなくなったとかで。誰かの伝手で魔女に捜索の手伝いでも依頼するかって話もしてたぜ」


「ハッハッハ! それは面白い! 俺に尻でも拭いてくれと頼むのかな?」


 ブルーチーズだけをそっと口に放り込み、けらけら笑う。


「連中のために尻を拭く紙を手にするのもお断りだよ」


「そりゃそうだ! あんな上流階級相手にする必要ねえって!」


「フッ、俺も資産だけなら連中なぞゆうに超えてるが」


「おっと、口が過ぎたか。だけどここで飲んでくれる奴は好きだぜ」


 ぶどう酒の大瓶をどんっと彼女の前に置く。


「コイツはサービスだ。大魔女にご愛顧頂く酒場からの贈呈品」


「なら今後も贔屓にさせてもらおう。依頼があればいつでも言えよ」


 魔女の実態を知る者は限られている。その外見ひとつでさえ、見聞きする分には理解があっても彼女の魔法によって認識は阻害され、特徴が一致するとしても『魔女ではない』と勝手に頭が理解してしまう。


 だからレオンティーナが魔女であると知るのは気心の知れた友人たちか、あるいは強く繋がりを持ちたがる貴族────公爵家はそのひとつだ。


 早々に手を打っておくか、とひとり頷く。


「レオン、料理は届きましたか?」


「おかえり、エルザ。もうそろそろだ」


 ぶどう酒を嗜みながら答える。厨房から良い匂いが漂った。


「楽しかったかね?」


「はい、とても!」


 大満足な笑みを浮かべて大きな声で答えたのを肴にして酒をひと口。悪くない気分に浸れる夜であると、レオンティーナも嬉しくなった。


「皆さん、とても優しくて。私が混ざっても気遣いなんかなくって荒っぽいんですが、それがすごく良かったです! まだ遊び足りないくらい!」


「ハッハッハ……。程々にしておけよ、疲れたら明日も遊べないぞ」


 数日は滞在する予定なのに、今から坂道を駆けあがる勢いではあっという間に息切れしてしまうのを憂慮して言うと、エルザもまた行こうか迷っていたが、きっぱり諦めて椅子に座り直す。


「そうですね。今は体力を温存しておかないと」


「うむ。素直で大変よろしい」

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