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第5話「俺に任せておけ」

 酒の匂いから解放されて町へ繰り出せば、エルザの世界は広がっていく。かつては馬車の中か、あるいは町にある子爵邸の窓から眺めるだけだった場所が、今は自由に歩ける。見て回れる。心地良い気分に息を深く吸い込む。


「どうだね、息苦しい鳥籠から自由になった気分は?」


「最高です。こんな気分なんですね、自由とは」


「俺が魔女でなければなお良かったかもしれんが」


「そんな事ありません。レオンだったから良かったんです」


「ハハッ、嬉しい事を! まあ、騎士ではないが守ってやるさ」


 その言の葉の裏に秘めていた意味をエルザは即座に理解して息を呑む。歩き始めた途端に、前から公爵家で見覚えのある騎士たちが「人探しをしている」と話を聞いて回っているのだ。


 顔が蒼くなる彼女の手をそっとレオンティーナが触れて────。


「大丈夫だ、俺に任せておけ」


 やってきた騎士は昨晩に追い払ったばかりだが、彼らはその事を微塵も覚えていない。通りすがりに「失礼、そこの貴婦人」と優しそうな笑みで話しかけた。


 一歩後ろにエルザを下がらせて、レオンティーナが前に立った。


「俺たちに何か用かな、騎士の方々?」


「あ、男性でしたか。これは失礼を……」


「いや、女だ。幼少の活発な性格を引きずってね」


「ハハハ、私も昔は活発でした。ところで、」


 こほんと小さな咳払いをしてから、手に折りたたんだ紙を広げる。エリザベト・バルデューベルの肖像で、人探しのために伯爵家にあったものを画家に小さく描かせたものなので「少し若いのですが」と伝えながら────。


「事情があって、この方を探しているのです。見覚えはありませんか」


「ああ、あるとも。昨晩に遠く離れた俺の家に来たよ、ずぶ濡れだった」


 屋敷のある場所まで堂々と言ってみせたのでエルザがどきっとする。まさか裏切られたのではないか、そう思ったが、彼女は握った温かい手に小さく力が込められて顔をあげた。


「その方は今もあなたの家にいらっしゃるのですか?」


「残念ながら明朝に出て行ったよ。随分と急いでいたようだった。俺が話を聞こうかと話しかけても、一向に聞き入れてはくれなかったし」


 騎士の男は困ったように頭を掻く。どこかで見逃してしまったらしい、と部下を見て「少し戻って捜索しよう、町には来ていないかもしれん」と話してレオンティーナに礼を言い、胸に手を当てて小さくお辞儀をする。


「貴重な情報をありがとうございます、貴婦人。今は急いでいるので、この礼はいつかまたお会いしたときに」


「ああ、期待させてもらおう。……名前だけ教えてもらっても?」


 騎士の男がこくっと頷く。


「私は公爵家に仕える騎士団の団長を務めています、コルネリウス・アルディンブルクと申します。以後お見知りおきを、お美しい貴婦人」


「中々に世辞が上手くて気分が良くなったよ。ではまたいつか」


 軽く握手を交わしてから、別れ際に手を振った。本当にエルザの正体には誰もまったく気付く気配がなく、彼女はホッと胸をなでおろす。


「分からないものなんですね、少し外見が変わってしまうと」


「ああ、それは違う。気付かれにくいだけだ、奴なら見抜いただろう」


 チッチッ、と指を振って悪戯な顔をして────。


「あのコルネリウスという男、中々に聡明だ。おそらく俺が昨夜の時点で暗示を掛けて帰さなければ疑って掛ったに違いない。実に優秀な騎士様だ」


 確かな評価。コルネリウス・アルディンブルクという若い白髪の騎士は、まだ三十代も迎えていない。それでいて騎士団長を務めるほどの腕前を持ち、その慧眼で数々の功績を挙げてきた。


 二度ほど言葉を交わしただけで、彼女は見抜いたのだ。


「……仰る通り素晴らしい方です。言葉の端々にも優しさがありますし、私のような日陰者にも分け隔てなく声を掛けて下さいましたから」


「であればお前は、あれを聖人か、そこまでいかずとも善人と思うか」


 うーん、と彼女は迷う。そう問われると分からない。仕事とあれば容赦なく人を追い剣を抜く。その相手が誰であったとしても。


「答えに悩むのなら、俺が答えをくれてやろうか」


「……レオンはあの方が善人ではないと」


「平気な顔をして人を殺せる奴が善人に見えるか?」


 言われてみればそうかもしれないと言葉を濁す。


「どんなにさっぱりした性格であろうと、仕事だと割り切って人を殺せる奴を善人とは言わない。だが……なんだろうな、ちょっと違和感はあった」


「違和感、ですか? 何かおかしな事を言っていた風には思いませんが」


 レオンティーナも、そこが分からなかった。エルザの言う通り、会話の中におかしな点はない。行動に不自然さも感じられず、ではどこかと問われると頭を悩ませた。だが、何かが変だったのだ。


「本気で探しているのかね、あれは……?」


 他の騎士はともかくコルネリウスの瞳に映った奇妙な雰囲気。よく分からなかったが、彼女は小さく振り返り、ぽつりと疑念を口にだす。


「興味がないのか、それとも別の理由があるのか」


 いずれにせよ、今はまだ関わらない方がいいだろうと背を向けた。

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