第49話「自由だからこそ」
テーブルに並べる間にエルザが呼びに部屋へ向かう。何度かノックしてから扉を開けると、レオンティーナはベッドの上で魔導書を開いて待っていた。
「あの、準備が出来ました」
「もうそんなに経ったか」
ベッドから降りて魔導書を閉じると、ふわっと黒い煙になって消えた。
一緒に部屋を出ようとして、ふとエルザの顔をじっと見つめる。
「良い顔になった。ヴィルは良い女だっただろう?」
「……はい、とても優しくて素敵な人です」
「であれば紹介した甲斐はあったようだ。行こうか」
そっと差し出された手をエルザがやんわり握った。
良い香りにレオンティーナも気分の良さそうな表情をする。
「二人共、ありがとうね。さあさ、座って! アタシとエルザちゃんで一緒に作った料理、最高の力作なんだから!」
「食べなくても美味いと分かる良い匂いだ」
席に着いて、ディナーが始まると、まずは料理の味を確かめる。鯛と野菜のオーブン焼きは身がふんわりとしていて食感に幸福を感じられた。濃くもなく薄くもなく程よい味付けに舌鼓を打ち、それからぶど
う酒を口に含む。
これまで食べた中で最高とは言わないが、料理人になるという夢を叶えるのもそう遠くないだろうな、とレオンティーナは静かに頷く。
「それにしても、エルザちゃんってどこの家の子なの? ローズって名前、聞いた事ないけど貴族出身みたいな品の良さがあるっていうか」
「こいつは別にどこの家の者でもないよ」
答えに困ったエルザを見かねてレオンティーナが割って入った。
「どこにでもいる庶民だが、たまさか仕事を探しているのを見掛けて俺の邸宅でしばらく雇っていた。そろそろエステルとの契約も終わる頃だったから、新しい世話役が必要になるだろうと思ってね」
基本的にレオンティーナがどこかに長く滞在するときは、必ずと言っていいほど誰かを雇った。家の清掃や庭の手入れも面倒だったし、毎日をゆっくり過ごしたい彼女にとって家事は何より手強い相手だったから。
「エステルさんとの契約は終わったのね。別れるの寂しくなかった?」
「中々に寂しいものがあったよ。ただ、俺に縛られるのは良くない」
誰にでも、本来は『自分の生きたかった道』があるはずだ。それを魔女という大きな存在に縛られて身動きがとれなくなってしまうと、いつしか抱いた夢さえ忘れてしまいそうなほど長い時間が過ぎていく。
「ま、そうね。あなたの考え方にはアタシも同意」
「もちろん、手放すのは惜しい気もしたがね」
「それも分かるわ。でも代わりに良い人捕まえたじゃない」
ヴィルヘルミナがエルザに向かってウィンクすると、レオンティーナはそれを横目に小さく取った鯛を口に放り込んでモグモグと口を動かす。
「わ、私なんてエステルさんに比べれば全然。どっちかと言えば世話をしてもらっているくらいです。まだまだ頼りないですから……」
いつもならそこで言葉を途切れさせたであろうエルザは、ちらとレオンティーナに恥ずかしそうな視線を送って頬をうっすら紅く染めてから────。
「でも、絶対にレオンに立派だと言ってもらえるようになります。頼りにしてもらえるくらい立派に。……ですよね、レオン?」
「悪くない。中々に良い女になってきたじゃないか」
グラスを緩やかにくるりと振ってニヤッとする。今までは自分を一歩引いた場所で眺め続けた小娘が短い間に成長したものだと讃えた。
それから歓談は続き、食事を終えたら話題は翌日の観光をどうするかに移った。もちろん、主な目的は料理を食べ歩く事ではあったが。
「────で、こんな感じのルートを行こうかと」
「いいわね。アタシのオススメの店もあるし」
「私は工芸品とかも買おうかなって思ってます」
「ほう? それならルートを変更しよう、こっちから回って……」
食器の片付けを始めながら、計画は順調に立てられていく。ラルスカヌスは一日で回りきれるほど小さくもないので、およそ三日に分けようというレオンティーナの提案にはエルザもヴィルヘルミナも賛成した。
「すっかり話し込んじゃったわね。アタシなんだか眠いかも」
ヴィルヘルミナが、ふわあ、と大きなあくびをしたのを二人が笑った。
「俺はもう少し起きてるよ。後の片付けはエルザとするから、お前は先に休みなさい。料理を作ってくれた礼くらいはさせてくれるだろう?」
「うふふ、そういう事なら甘えちゃおうかな。あとよろしくね!」
部屋に帰るのを見届けると、しん、と静まり返った。片付ける食器の触れあう音だけが小さく響き、レオンティーナがグラスを丁寧に拭く。
「お前、独り立ちしたいとは思わないのか?」
ふと尋ねられて、棚に伸ばした手が止まった。
「えっ……。どうしてですか、突然」
「そういうものだろう。誰しもが自分の目指す道がある」
「……かもしれませんね。でも、今は考えられない」
本当にそうだろうか、と答えてから思う。自分の目指す道。進んだ先にどんな景色が待っているのか。想像もした事がない。
「まだレオンと一緒にいたいです。私、あなたのおかげで変われたから、もっと何か返したいんです。あなたが要らないって言っても」
「呆れた奴。自由になったのに籠に帰って来る鳥がいるか?」
やっとの思いで手に入れた自由を自分から捨てるようなものだ。それでもエルザは優しく微笑んで、小さく頷いて返す。
「居心地が良ければ戻ってきますよ。それも自由ですから」




