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第4話「二人なら退屈しない」

 それからの二時間はあっという間だった。大魔女レオンティーナの素顔ともいうべきか、彼女はエルザが想像していたよりもずっと穏やかに笑う女性で、話も相手を退屈させないように気を遣って、ときどき質問も織り交ぜて来る。


 晴れやかな空の下、泥を踏んで歩くのが楽しいと思う日があるとは思わなかったとエルザは心から愉快な気持ちになった。


「どうして私に優しくしてくれるのですか、レオン。契約まで交わしましたが、その内容だって……。あなたにまったくメリットがない」


「そうだな、確かにメリットはパッと見ればないかもしれない」


 彼女と交わした契約の内容は簡単に『旅に同行する代わりに命の安全を保障する』といったもので、追われる身となったエルザには得な話だ。一緒に旅をしていれば魔法の恩恵を受けて安全に過ごせるし、ずっと遠く、家族や公爵家といった危険から逃れられる。いつか終わるのだとしても、そのときまでに蓄えがあれば新たな土地で生きていく事だって難しくはない。それくらいの気概はあるつもりだった。


 しかし、レオンティーナにはなんら得が無いようにしか見えないのだ。旅に同行するうえでエルザを守りながら、彼女に魔法の恩恵を与える。そう、ただ何もかもを与えるだけの旅にしか見えなかった。


 だが彼女はあっさりしたもので────。


「とはいえ俺にも得はある。たとえば、旅をするのに退屈しない」


「退屈をしない、ですか?」


「そうだ。一人で酒を飲むより二人の方が愉快だろう」


「……そういうものなんでしょうか」


「ああ、もちろん。それが俺にとってのメリットだ」


 来ているコートの内ポケットから懐中時計を取り出す。金で出来ていて、そこそこ傷だらけで長く使っているのが窺えた。


「少しのんびり歩きすぎたか。ともあれランロットには着いたが」


 小さな田舎町ランロット。人の出入りも少なく、発展もさほどではないが、長閑な暮らしぶりが見て取れる。丁寧に造られた石の道を子供たちが楽しく駆け抜け、馬車はがらごろと車輪を揺らす。


 平凡で、平穏で、豊かな暮らしがそこにあった。


「まずは宿だな。よく使う場所があるから行こう」


「あっ、はい……!」


「なんだ、美味そうな匂いでもしたか」


 エルザが一瞬何かに目を奪われたのを見逃さず確かめてみる。できあがったばかりのパンが売られていて、なるほどあれかとニヤニヤした。


「金なら持ってきてるから欲しければ言えよ」


「すみません……。我侭みたいになってしまって」


「うむ、駄目だな。その姿勢が実に駄目だ」


 やれやれと呆れてパン屋に足を向け、エルザを指差す。


「お前は分かっていない。与えられた善意には『すみません』ではなくて『ありがとう』と返せ。そっちの方が買ってやる方も気分が良い」


「あ……。ありがとう、レオン」


 満足げにレオンティーナは適当なパンをいくつか見繕い、紙袋に入れてもらったらひとつだけを手に取って「後はお前にやる」と先を歩く。


 小さなライ麦パンをかじって、楽しそうな小動物のような雰囲気のある姿は、とても怖い魔女には思えなかった。


「待ってください、置いて行かれると困ります」


「何の笑みだ、それは。……やれやれ、忙しい奴だな」


 これは懐かれてしまったなと先程よりも距離を近くするエルザに思いながら、近場にある馴染みの宿へ足を運ぶ。町に滞在するときは必ず立ち寄る酒場。騒がしさと豊かさを象徴するような田舎町の娯楽に溢れた世界。


「いらっしゃい。────ああ、レオンの姐さん」


「やあ、マーティ。三か月ぶりくらいかな?」


 酒場の店主であるマーティはレオンティーナと付き合いの長い壮年の男だ。知り合ってから十年以上で程々に仲も良い。


 酒場の二階が宿になっていて、親しい相手なら格安で泊めてくれる。当然のように銀貨を二枚並べて「二人部屋を」と頼むと、彼はサッと回収して頷く。


 壁に掛かっていた鍵束からひとつを外して投げ渡す。


「適当に使ってくれ。メシはどうする、運ぶかい?」


「今日は降りて来るから構わん」


「おう、了解。何か用があれば呼んでくれ」


「いつも助かるよ、ではまた後で」


 エルザを連れて二階へあがり、最も奥の部屋の扉を開く。二人部屋はマーティの宿で最も上質だ。銀貨二枚を出すだけの価値が十分にある。貴族にとってはさほどでなくとも、庶民が泊まるにはやや高く感じられた。


 大きなトランクをベッドの傍らに置き、窓を開け放つ。


「綺麗な景色だろ。建物が高くないから二階からでもよく映える」


「いつもこちらに泊まられるのですか?」


「ああ。マーティも老けたものだから、あとどれほど来れるか」


 跡継ぎもおらず、酒場もそれほど大きくないので客入りはそれなり。やとっているのも人数が少ないから、いつかは閉めるつもりだとは分かる。そうなると少し寂しい気もするが致し方ないとレオンティーナは肩を竦めた。


「貴重なんだがね、俺が気に入る場所は少ないから」


「そうなんですか……。それは確かに寂しいですね」


「うむ、だが時間の流れとはそういうものさ」


 ぐぐっと大きく伸びをして、ふうっと息を吐く。


「では夕食前に軽く遊びにでも出掛けてみようか」

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