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大魔女レオンティーナの愉快で滑稽な旅路  作者: 智慧砂猫


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第38話「寂しいじゃないか」

 忠告になど耳を傾けるつもりは毛頭ない。仕事が終わったら遠慮なく家の中にずかずかと入り込み、勝手にキッチンの戸棚から一番高そうなぶどう酒のたっぷり満たされたコルク栓のされている瓶を手に取った。


 あまりに慣れているので『よくこうしてお酒を貰ってるのかな』とエルザは苦笑いする。そんな気配を察してちらっとレオンティーナが振り返った。


「長年生きてると酒くらいしか興味がなくなるんだよ。お前にとって世界は新しい風を吹かせてくれる神秘に満ちたものかもしれないが」


 瓶を軽く振るとちゃぽんと音を立てた。


「俺にはそれなりに見飽きた世界だ。特にランロット周辺はな」


「他の町や国でも暮らした事はあるんですか?」


「当然だとも。この大陸以外にも行った事があるくらいだ」


 レオンティーナたちが暮らすサンデル大陸にある五つの国々。その全てで彼女は数十年と暮らしてきた。気が向いた時に足を運び、飽きるまで。


 そうして時代が進めば、船も発達して遠くまで進むようになり、新大陸を目指して旅立った事もある。船乗りたちとラム酒を飲んで、何か月と航行した先では花々の豊かな国や、独特な衣装に身を包んでラッパを吹く国など様々な文化を持った人々との出会いがあったと懐かしそうに笑う。


「俺の好みに合うとか合わないとかがあるから、全部が高い評価はできないが、まあ、結局は故郷が恋しくなるものでね。ここ百年くらいは海の向こうには行ってないな。数十年も昔と違って、今は貿易船が出てるから乗せてもらうのも悪くない。お前には知見を得る良い機会になるかもしれない」


 海の向こうと言われると胸が躍った。エルザにとって記憶の全てが悪しきものではない。妹が生まれて育ってくるまではそれなりに大切に扱われたのもあって、港町で初めてどこまでも広がる海を見たときは感動したものだ。


 だが貿易船が出ている事はまったく知らなかったし、海の向こうにまた別の大陸があるなどもってのほかだった。だから興味津々に耳を傾けて目を輝かせた。自分の知らない世界がまだまだあるのだ、と。


「いつか連れて行ってくれますか、レオン?」


「お前が望むなら今すぐにでも」


 ひょいと軽く投げた瓶がふわりと黒い煙に包まれて消えた。


「どうせ森を抜けたら港町へ行くつもりだった。最近は肉だのなんだのと脂っこい食事が多かったんで、せっかくなら魚料理でも味わいたくてな」


「まあ。言われてみれば、私も一緒になってからレオンがお肉ばかり食べている印象がありますね。……サラダもあんまり食べてないのでは?」


 ぎくりとして目を逸らす。レオンティーナがそそくさと退散して話を聞かない素振りを見せながら、アネルマに小さく手を挙げて「後は自分でやれよ」と告げ、エルザが彼女の後を追いかけた。


「おい、レオンティーナ。ひと瓶だけで良かったのかい?」


 もっと持っていっても良かったのにと言われたが、彼女は首を横に振って「あの程度の仕事で貰う報酬じゃない」と微笑んで返す。


 また次の仕事があれば、そのときに貰えばいい。いや、あるいは今日が最後という可能性もあるが、戸棚から貰った酒はかなり上質なものだ。ひと瓶を思い出に取っておいてやると年老いたアネルマを弄って去っていく。


「いいんですか、あんな言い方しちゃっても」


 申し訳なく思ったエルザが隣に並んで歩いて尋ねる。レオンティーナはあれで良かったと答えた。


「あの棚にある酒は、アネルマが一度も手を付けなかった酒だ。俺が全部もらうわけにはいくまいよ。なにせ思い出の詰まったものなんだから」


「……? 思い出が詰まったもの、って誰かの贈り物とか?」


 軽く頷き、指を空に向けてくるくる回しながら語った。


「今頃、空の上で俺に向かって『よくも持っていったな』なんて恨み言が聞こえてきそうだよ。なにしろ港町にあった酒場で貰った奴ばかりで、その一本ずつがあの女への恋文のように渡されてきたものだ。そしてさっきのは、最後にアネルマが貰った何より思い出深いだろう酒でね」


 聞いてエルザはハッとする。アネルマが最後に貰った酒を贈ったのが誰なのか。想像は簡単に出来て、なおさらに申し訳ない事をしたのではないかと思ったが、レオンティーナは続けて────。


「そんな酒が誰かに飲まれてなくなってしまうなんて寂しいじゃないか。アイツも長くないんだ。息子夫婦に受け継がれるまではいいとしても、いつかは何もかもに忘れ去られるときがくる。人にも土地にも、誰の記憶にも残らない。アネルマという普通の人間が生きた証が、どこにもなくなるんだよ。だったらせめて俺くらいは覚えていてやってもいいんじゃないかと思ったのさ」


 空に向けた手のひらに、ふわっと舞った黒い煙から落ちてきた酒瓶にはラベルが張ってある。『愛しのアネルマへ』と書かれていた。


「……そうですね。忘れられない限りは、誰かの記憶で生き続けるんですよね。なんだか素敵だなあ。もし私が死んでもそうしてくれますか?」


「お前次第かな。俺の機嫌さえ損ねなければ期待はしても構わないとも」

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