第37話「魔女の死生観」
決して弱音を吐かず堂々とした性格ではあるが、彼女が重ねてきた歳月の中で、数えきれないほどの出会いと別れがあった。見目こそ二十代の半ばを過ぎたくらいの女性だが、誰にも分からないほど多くの経験を積んできた。
何度も喜びを分かち合い、何度も怒りを握り締め、何度も笑顔を咲かせ、そして何度も涙を流す哀しみを知った。だから彼女は、多くの感情を表に出さない。ひた隠すように、気遣うように、誰もが知るレオンティーナ・ウィザーマンを演じて生きている。そうあるべきだと言うかのように後悔も憂いも感じさせない振舞いは、まさしく人々に印象付けられた高貴な白銀の魔女の姿そのものだ。
「……すごい方なんですね、レオンは」
「そりゃそうさ。誰よりもすごいよ。皇帝陛下でさえ膝を突くからねえ」
もう何代も前の皇帝の時代から生きているのもあって、次代の皇帝として産まれる子供たちが誕生した際には幾度も招待を受け、その度に祝福を授けてきた。これからも国が穏やかで、脅威に晒される事なく繁栄できるように、と。
そうして今の時代まで、度々に他国と戦争が起きる寸前になったりもしたが、変わらず平和が続いている。なのに魔女は見返りなど求めたりせず、ひっそり旅をしてはどこかで静かに暮らしていた。
「あいつは、いつもひとりだけ連れ回したり、雇ったりするんだ。でも、その度に十年くらいすると別れてる。自分の持ってる邸宅をくれてやったり、食べるに困らない金を渡してはどこかへ行方を晦ませてきたんだ」
「……そうなんですか」
どうしてなのか、理由は分からなかった。アネルマにはなんとなく察しがついているが、あえて口に出す事でもない、と言葉にはしなかった。
「でも珍しい事もあるもんだね。あいつが誰かと別れた後ってのは、大概は何年か一人でふらふらしてるんだけど、確か今年だったんじゃないか、エステルとの契約期間とかいう奴。すぐに違う奴を雇うなんて初めてだよ」
「あ、それは……ハハ、多分、気が向いたんじゃないでしょうか……?」
とても言えない。雨の日に偶然尋ねたのがきっかけで、自分が命を狙われていたなどとは。そう考えてから、ふと首を傾げた。
────ああ、なんで命を狙われていたのだったかな?
思い出せなくなっていた。ヒュプノスの森で過ごした時間からそう経っていないのに、また記憶が薄れていく。前の自分が誰だったかを忘れていく。
こうして誰もが私をエルザ・ローズだと認識するのか、と可笑しくなった。
「おい、エルザ。何をしている、こっちを手伝え」
「あ。すみません、すぐ手伝います!」
「まったく。もらった酒はお前も飲むんだから」
「そうですね。これを運べばいいんですか?」
愉しそうに話す二人を見て、アネルマはぎいっ、と椅子を揺らす。
「その箱を玄関の中に運んでおいてくれ。そこまででいい。それが終わったら戸棚にしまってある酒を好きなだけもっていきな。毎回、飲み切れなくて余っちゃって困っているんだよ。あんたならいくらでも片付けられるんだろ?」
「お前は俺を大道芸人か何かの類だとでも」
出来る事には出来るが、と言いながら箱を玄関先へ運ぶ。五個ほどあった大きな木箱は、エルザも驚くほどひょいっと簡単に持ち上がった。
「これ中身入ってるんですよね……?」
「軽くしたんだよ。でなければ俺たちでは無理だ」
つん、と指先でエルザの体をつつく。どちらの体も細身だ。大きな木箱を抱えようとするだけでも一苦労なのに、中身がぎっちり詰まっていてはなおさら無理な話を、レオンティーナは魔法で羽毛のように軽くした。
「箱は重ねて置くなよ。一時的なものだから、あとでアネルマが自分で整理するのが大変になってしまう。そのあたりは気を遣ってやらないと」
「はい。本当にたくさんの荷物ですね。全部ランロットから?」
ひとつ頷いてレオンティーナが箱をぽんと手で叩く。
「リバーフォールは町から近いのもあって、金さえ払えば届けてくれる。アネルマは元々港町で暮らしていて、船乗りとか海賊からよく宝石とか高価な贈り物を貰っていたから遊んで暮らせるほどの資産があるんだよ。それでグスタヴォと定期契約を結んでいる。残ったら息子夫婦に全部譲るんだとさ」
大切な一人息子はランロットで暮らしている。村でアネルマと二人で暮らしていくつもりだったが、たまさかやってきた若い娘の旅行者と恋に落ち、それなら田舎は窮屈で不便だろうと彼女がランロットへ引っ越すよう勧めた。
それでも一人にするのは心配だからと、定期的に顔を出してくれるので、老後はゆっくり過ごせるようにと出来る限りの財産を残していた。
「とても優しいご夫婦なんですね」
「ああ。会った事があるが、アネルマが大事にする理由が分かる」
「レオンは結婚に興味はないんですか?」
「まったくないな。どのみち魔女である以上は縁遠い話だがね」
「じゃあ魔女でなくなった後はどうですか?」
あまりにしつこく尋ねられて、レオンティーナも考え込んでから────。
「……いや、やはりないかな。誰かと暮らすのを悪いとは思わないが、何かを抱えるのは疲れる。俺が最期まで暮らす相手は酒とつまみになるだろう」
「それは絶対やめておいた方がいいと思います……」




