第33話「親友になりたい」
何年、何十年という旧い付き合いがある。田舎暮らしは性に合わないが、そこで暮らしている人々との繋がりをレオンティーナは大切に育んできた。滅多と顔を合わせる事がなくても、互いをより良い友人として認め合えるように。
「彼らは俺が魔女である事を知って対応を変えたりはしなかった。どういう生き方をしたらそうなるのか、『でも結局は同じ人間なんだから』と言って迎えてくれた。だから彼らのためなら汚れ仕事もしてやろうなんて気持ちになれる」
生きていれば魔女についてはよく耳にする。エルザでさえ、ちょっとしたお茶会で忠告された事があった。貴族間でも魔女の肯定派と否定派が存在していて、直接的なぶつかり合いはないものの、魔女とは関わらない方が良いと考える者も多かったので、彼女も最初にレオンティーナ・ハウスへ足を踏み入れてしまったときには『とんでもない所へ来てしまったのでは』と不安に駆られた。
しかし、リバーフォールの人々は違う。ずっと昔から魔女に対して特別な感情を持たず、たとえ不老不死の魔女であったとしても、まるで気にも留めなかった。それどころか彼女が村に来たときには歓迎して一緒に笑い、肩を組んで酒を飲み、夜通し歌って踊って、それから村に伝わる伝承など様々な話を聞かせた。
なぜこんなにも良くしてくれるのか、庶民ほど魔女を嫌うものだろうと彼女が不思議に思って尋ねると、彼らは当然のように『でも結局は同じ人間なんだから、分かり合えるのならそれが一番いい』と言って、どうでもよさそうだった。
リバーフォールは誰でも大歓迎。来てくれるだけで皆が嬉しくなった。彼らは外の世界へは行かず、自分たちの土地を愛したが、外の話を聞くのは好きだ。レオンティーナのように世界中を旅しているのなら、なおさらに。
彼女がいる間、多くの話を聞いて楽しく過ごすうち、そうして親友になった。何十年経って年老いても、どれだけ記憶が欠け落ちても、彼女の事を忘れない。やってくるたびに『元気にしてたか』と声を掛けて長生き自慢をするのだ。
それでも、もう何人かは他界してしまっているのをレオンティーナは少しだけ寂しそうにしていた。別れは何度経験しても嫌な気分だ、と。
「私もいつかそうなれますかね……?」
「何がだ。連中みたいに良い歳の取り方をしたいという話か」
「いえ、そうじゃなくて。レオンの、その、親友みたいな」
「うーん。それはなんというか俺がなれると言うのはおかしな話だ」
しかし、と空を仰ぎ見ながら。
「なんだろうな。俺としてはの話だが、親友というのは『なろうとしてなるもの』ではなくて『気付いたらなっているもの』じゃないかな。互いに認め合い、良い所も悪い所もひっくるめて、何もかもが『それもいい』と思えたなら」
なんとなく腑に落ちた気がした。そして、エルザはそうありたいと願った。口にこそ出さないが、レオンティーナのように凛々しく、何者にも染められない意志を持って生きる女性に対して強い憧れがあった。
「……じゃあ、いつかそうなれるように私も、新しい自分をどんどん創っていきます。レオンが立派だと思ってくれるような人間になるために」
「なれるといいな。お前の夢はお前が叶えてみなさい」
馬車が二階建ての少し大きなぼろ家の前で泊まった。
「だが、時間はゆっくり使え。知らない道を歩きながら、お前らしいお前自身を創ってみるといい。仮面を被って着飾るなんてのは舞踏会だけで十分だ」
「ふふっ。そうかもしれません。……ところで、ここが?」
御者台から降りたレオンティーナがぐぐっと背を伸ばす。
「ああ、そうだ。お前もさっさと降りて来い」
「すみません、すぐ行きます」
急いで荷台から出てレオンティーナの後ろを歩く。たてつけの悪そうな玄関は、ドアノブを回して引くと酷く軋んだ音が来客を知らせるように響いた。
「いらっしゃい。珍しいなあ、客か……って、こりゃまた随分と久しぶりな顔だね。レオンティーナ、相変わらず綺麗な顔をしとる」
「生憎と美容は趣味ではないよ。薪割りの方が楽しそうだ」
バシリオがつるりとした頭を撫でてフッと鼻を鳴らす。
「そりゃ人それぞれだ。儂はあんなもんを楽しいと思った事は一度もない。ガキはどうしてか斧を持ちたがるが、あっという間に飽きちまう」
「騎士に憧れて真似事をするのが好きなんだろ」
ちげえねえ、とバシリオは大笑いする。
「こっちへ来な。誰でも泊まるときゃ、まず受付を済ませてからだ。いつも通りに名前と日付を……って、よく見りゃあ友達を連れてきたのかい?」
「ちょっと遠回りでもしながら皇都に行こうかと」
ペンを受け取って二人分の名前を書くレオンティーナに、バシリオが「そりゃいい。旅行は楽しまなくっちゃな」と壁に掛かっていた部屋の鍵を机に置く。彼はとても優しそうな笑みをエルザに送った。
「良い友達を持ったな、お嬢ちゃん。大事にしてやれよ、こいつはぶっきらぼうな物の言い方をするが、なんせ心の出来た良い娘だから」
「おい、俺はお前より百年以上も年上なんだが?」
ムッとするレオンティーナを彼はげらげら笑う。
「知った事か、俺の腰の痛みも知らねえくせに偉そうにしちまって」
「病気とは無縁なんでね。痛むなら助けてやってもいい」
「羽振り良くしろってんなら無理だね。若返るわけじゃねえんだ」
「はっはっは! 確かに直しても二日後には腰をやってそうだ!」
笑い合って鍵を受け取り、小さく手を挙げて礼を言う。
「行くぞ、エルザ。ちょっと休んだら食事にしよう」




