第30話「良い夜になった」
さらっと恐ろしい事を言うのでエルザは苦笑いをしたが、レオンティーナを含めて使い魔たちはいっせいに笑った。それはいい、と。
どこか野蛮にも感じられて、僅かにぞっとする。そんな彼女の気持ちを察してか、魔女はフッと笑って「その恐怖心を忘れるな」と、忠告のように言った。
魔女とは畏怖の対象でなくてはならない。誰もが優しいお方だと言うのであれば間違いだと示す必要がある。誰も彼もに手を差し伸べるような人間だと思われてしまうのは懲り懲りだ。次から次へと救いを求める声など聞いていられない。
ただ、ときどき湧いてしまうのが情というもので、そういった心境を持たないためにも、普段から冷酷な側面も持ち合わせて振舞うのが当たり前だった。
簡単に救いの手を差し伸べてくれるほど魔女は甘くない。契約を交わした以上は絶対に守ってくれるとは分かっていても、自分が調子に乗った事をしたときは、簡単に首を捻るような存在。魔女はそうあるべきであり、そう意識しておかなければならないのだとエルザは納得した。
ひとつ違うとしたら、レオンティーナはともかくとして、彼ら使い魔という存在に関しては『要らないものは捨ててしまえばいい』という本物の冷たさを持ち合わせている事だ。元々から獣として生き、愛されずに育ち、自分たちの信頼に足るかどうかを見定めてきた使い魔たちにとって、魔導書の外で生きる人間などちっぽけな生き物でしかない。必要とあれば殺せばいい。邪魔をするなら消せばいい。優しい言葉を口にはしても、根幹にそういった本能を持っていた。
『レオ、レオ! 荷台にあった干し肉は喰っても良いのか!』
ボブがきーきー騒いでやってきた。両腕に抱えた瓶には、いっぱいに干し肉が詰め込まれている。ヒュプノスの森で獲れるのは川を泳ぐ魚か、木の実か。だからアダンやベニータのように肉を食べない者はともかく、雑食な者にとってはときどき手に入る高級品、あるいは嗜好品であった。
「勝手に食え。どうせ近くの村に立ち寄るつもりだから、ふたつかみっつ残っていれば十分だ。だが馬車を空にするなよ、あくまで俺たちの食べ物なんだから」
『わかってるって、レオ! あんたの持って来る肉はいつも美味そうだ!』
そう言いながらも、ボブが瓶の中から取り出す量は少ない。元々、それほど肉が好きなわけでもない。嗜好品としてもらう程度だった。
だがカムイやステフは、その外見や大きさから魔導書の外へは滅多と出られず、それなりに肉も欲しがりもするので、ときどきレオンティーナが持って来るのをいつも心待ちにしていた。
「……本当に三枚しか残らないとはな」
返された瓶の中に手を突っ込んで、一枚を齧った。
「エルザ、お前もどうだ?」
「じゃあ一枚だけ」
焚火を前に、動物たちが歌って踊って騒ぎたおす。酒場の男たちほどではないにしろ、豪快で愉快で、眺めているだけであっという間に時間が過ぎていく。すっかり月の昇る頃になって使い魔たちも眠気を見せ始めた。
『さて、我々もそろそろ帰る時間だ。互いを知るには十分一緒に過ごさせてもらっただろう。彼女たちは明日も疲れるのだから眠らなくては』
まとめ役のアダンがひとたび声をあげれば、惜しむ声はありつつも彼らは遊ぶのをやめた。どこまで広いのかも分からない森にあるそれぞれの寝床へ戻っていき、新しい仲間ができたと鼻歌交じりに去っていく。
「楽しかったか?」
問われてエルザは笑顔で頷いた。
「はい、とても。たくさんの方々に出会えて、受け入れてもらえて……。誰も私の事を嫌ったりしない。レオンのおかげです」
「俺が肩に手を添えれば誰もが頷くわけじゃない」
形こそ主従であっても、レオンティーナは対等の立場だと考える。ヒュプノスの森で受け入れられるかどうかは彼らあってこそであり、彼らと対面して『仲間だ』と認めてもらえたのなら、それはエルザが信頼に値するからだ。
魔女の口添えも必要としなかった。我慢してくれとも、認めてやってくれとも言わなかった。ただ『気に入ると思った』と、ただそれだけの理由で連れてきて、予感は正しく当たった。
「俺が出来る事はしてやるが、かといって全てがどうにかなるものでもないんでね。使い魔たちというのは気まぐれで、気難しくて、正直言ってしまえば手に負えない。中でもアダンは初代の魔女に今でも忠誠を誓ってる。俺にもさほど懐いてない、ただ魔女と言う理由で主人と呼ぶだけだ。俺でも、今のように隣に座るのには苦労したものだが……お前は随分と気遣われているようだな」
似た境遇の者同士。愛されなかったという話はレオンティーナも聞いている。ただ、それぞれがどう苦しんで、どう過ごしてきたのかは知らない。彼女の代になってから使い魔になったのは狼のニコライだけだ。
自分とは違い、エルザが気に入られた事が彼女は少し嬉しく思った。
「とにかく今日は良い夜になった。あとは馬車に戻って、ゆっくり眠る事にしよう。せっかく大枚を叩いたんだ、寝心地を確かめておかないとな」




