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大魔女レオンティーナの愉快で滑稽な旅路  作者: 智慧砂猫


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第29話「どう生きたいのか」

 祝福であろうと呪いであろうと、そのいずれにしても魔女から与えられたのは通常の魔法よりも効力があるというだけで等しく『魔法(きせき)』なのだ。それも大きな制約の掛かった、特別なものだ。


 誰も彼もに完全に忘れ去られて初めて完成する。もし、その前に勘の鋭い誰かがほんの一度でも彼女に向って『エリザベト』と確信をもって呼ぶような事が起きてしまえば、世界は再び認識を始めてしまう。


『まったく違う人間に生まれ変わるというのはね、エルザ。君の存在そのものが魔法になるんだ。世界のどこにも存在しない不思議な人間に。それがある日、自分を取り戻してしまったらどうなると思う?────塵になって消えてしまうんだ』


 エルザ・ローズとして生きられる。それはとても素晴らしい事で、彼女が新しい自分を見つけて過ごしていくには最も必要なものになる。しかし、ただ魔女の祝福を受けたからといって単純に享受できるほど甘くない。


 人々からエリザベト・バルデューベルが消えるまで、彼女の気は休まらない。気を緩めてはならない。知っている人間を出来るだけ避けながら、息を潜めて過ごさねばならない。その期間自体はさほど長くないが、警戒しておくに越した事はない、とアダンはハッキリ彼女に忠告をした。


『君はこれから、我々使い魔とは些か異なるが、確かに同じような存在になるだろう。我々は既に本来の名を失ったか、あるいは最初から名がない者たちだ。消える心配もないが、君だけは違う。だから御主人も君を守っているんだよ』


 あぁ、そうか。彼女は合点がいった。これまでコルネリウスやレイモンドのような深く関わりのある人物と話をするときには、必ず隠すように後ろに下がらせて話していたレオンティーナの姿。自分が恐れているだけだとばかり思っていたが、そこにささやかな彼女の気遣いがあったのだと気付かされる。


 まだまだ記憶から消え去るには時間が掛かる。一度でも名を呼ばれてしまってはならないのだから、そのリスクを細やかに散らしてくれていた。


「アダンさんにも名前があったんですか?」


 訪ねてみるとアダンはペタンと頭を地面に寝そべって────。


『私にはない。元々、産まれ落ちてすぐに死ぬはずだった。だから今も昔も、アダンが私の名であって他にはない。人に捨てられたベニータのような奴にはあったが、もう随分昔の話だから覚えていないな』


 めらめら燃える焚火を瞳に映して、遠い昔を思い出す。


『愛されずして育った者たちばかりだ。きっと君にも似たものを感じたのかもしれない。だが、見れば分かるだろう? みんなが今は幸せだ。共に笑い合い、分かち合い、信頼しあっている。ときどき喧嘩もするがね』


 昔の話は基本的にしない。ただ個々に思い出すだけ。想いを馳せて、唯一覚えている大切な自分たちの仕えた魔女の姿を胸に秘める。過去に何があったか、語り合った者は千年を越えて誰もいなかった。


 それでも構わなかった。苦しい日々を魔女に救われ、今があるのならば他に必要なものはない。そうして彼らは『使い魔』となり、魔導書の中に棲む『魔法』となって生きてきた。自分たちの生前など忘れ、それぞれが特異な能力を持ち、魔女の役に立てるのならば何でもいい、と。


「私も同じようになるんでしょうか?」


 アダンがふるふると首を小さく横に振った。


『君は例外だ。ご主人がそうしなかった。契約の上に重ねるようにして掛けられた魔法だから、多少のリスクはあるが、上手く行けば君は『エルザ・ローズ』としての新しい人生を始められるだろう。その代わりに能力も持たないし、魔女がいなければ森に留まる事もできない。それとも、こちら側(・・・・)の方がいいかね?』


 そう言われるとエルザは首を横に振った。いくら惨めで苦しい思いをしてきたからといって、人として生きるのを諦めたわけではなかったから。


「せっかく私を救ってくれると言ったんですもの。私が使い魔になるのを認めてしまうのは違う気がしますから。……まあ、魅力的ではありますけど」


 ずっとレオンティーナの傍にいるのも楽しいだろう。しかし、失った時間を取り戻すのには自分の人生に捧げる必要がある。たった五年でも構わない。まずは何もかものしがらみから逃れて、やりたい事をしてから。そう願った。


「なんだ、俺抜きで面白い話でもしているのか?」


 荷台にあったりんご片手に、ひと口齧ってレオンティーナが笑う。


「ええ、ちょっと色々聞いていました」


「ん、そうか。それは必要な事だから丁度いい」


 話す手間が省けた、とアダンの隣に座って彼の頭を撫でた。


「いつも助かるよ、アダン。お前はいつも俺が足りていない部分を補ってくれるから手間が省ける。エルザの事は気に入ってくれたようだな?」


『いやなに、御主人の役に立つのが我々使い魔の生き甲斐だからね』


 目の前にりんごを転がされて、彼はひと口齧ってゆっくり咀嚼する。


『それで。随分と困った輩がいるようだが』


 誰の事か、レオンティーナはすぐに分かった。


「それは問題ないさ。あの手合いだからこそニコライに任せた。────いざというときは、あの首を圧し折るくらいはしてくれるだろう」

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