第19話「夜の町で」
肩を貸しながら歩き、酔いも醒めた頃にはどんな反応がするか楽しみだと微笑ましく思いながら酒場へ戻った。マーティに軽く声を掛けてから二階の部屋までエルザを連れてあがり、ベッドに放り出して寝かせたら一人で飲み直す。
パーティも程々に楽しみはしたが、結局ゆっくりはできなかったので、やっとひと息つける、とメニューを開く。
「鴨のソテーをくれ。ぶどう酒も多めに頼む」
「おう。にしても今日は疲れた顔してんなあ、姐さんよ」
「だが悪くない時間だった」
友人の結婚を祝って少しばかりの恩を売り、気に入らない公爵にはちくりと針を刺すように嫌味を言った。なによりエルザがずっと前向きになってくれたのは、今後にも影響する大きな出来事のひとつだ。
「珍しいねえ、あんたがそうまで言うなんて」
「思わぬ収穫があってね。だが、やはり疲れはするものだよ」
出された鴨のソテーを一切れ口に放り込みながら、頬杖を突く。
「連中ときたら、やれうちの庭は綺麗だとか、やれお茶会を盛大に開きたいだとか、下らん自慢話ばかりで俺を釣ろうとして来る。餌を撒くにしたって、もう少しやりようはあるだろう? なのに、それにも気付かない」
どこもかしこも名家の人間。それは見れば分かる。わざわざ足を運ばなくとも子爵家のようないくらか小さな邸宅でさえ庭の手入れには気を遣っているのだから、その目で確かめる間でもない。
魔女を中心に開く茶会にも興味はない。それならば酒場で盛大に騒いでいるか、読書をしながらぶどう酒片手にしっとり過ごす時間の方が良い。
貴族たちの話は退屈で、時間を無駄にする。とはいえ聞くだけ意味のない社交の場に足を運んだ意味はあった。近くとも顔を出すなどありえなかった公爵家までもがエリザベト・バルデューベルの捜索のためにコルネリウスたち騎士団と合流するのに子爵邸へ現れたのも、魔女がいると聞きつけたからだ。
おかげでエルザから公爵家を遠ざける大義名分も出来た。彼を牽制しておく事で伯爵家も容易に魔女に接近は出来ず、気付かれるリスクも減っていく。まさしく十分な収穫だったと言えた。
「まあ上々の成果だ。ところで、用も済んだ事だから今日を過ぎたら、明日には町を軽く観光してから出発する予定なんだ。その間に商会で馬車の手配を頼んでおいてくれないか。できれば幌馬車がいい」
「おう、ちょうど明日は予定が空いてるから任せときな」
これからの旅路を全て徒歩は出来なくもないが、あまりにも時間が掛かり過ぎる。可能なかぎりの時間を費やせるレオンティーナとは違って、エルザは歳も取るし病にだって罹るのだから、出来るだけの楽な移動手段は必要だった。
「他に必要なモンがあるなら伝えとくけど」
「いいや、特にないな。お前の料理でも持っていければ別だが」
「ハッハッハ! そりゃあ魔女殿に雇って頂きませんとね!」
「お前が此処を大事にしてるのを知ってて誘うほど愚かじゃないさ」
つまみもなくなり、グラスに注がれたぶどう酒も雫を残すだけ。満足して席を立ち、仄かに頬を赤く染めた。
「良い気分だ。俺はもう少し散歩でもしてこよう」
「お嬢ちゃんは放っておいていいのか?」
「あのまま寝かせてやってくれ。酒に酔うほど疲れてるんだ」
酒に強いエルザが酔い潰れた原因は、パーティ会場での並々ならぬ緊張感と囁かれる嫌味や陰口だ。どこで自分がエリザベトであるかを気付かれるか、いくらレオンティーナが言い聞かせても拭えない不安はあった。
前向きに、と自分では思いつつも、公爵たちの目がある場で緊張しないはずがなかった。結果的にバレなかったので最後には楽しめていたが、そこにはレオンティーナには想像できない気詰まりに悩んだエルザもいた。だから今日くらいはゆっくり眠った方が良い、と彼女は酒場の扉を開けて夜の空気を吸い込む。
「あんた、魔女らしくねえよな。もっと怖いもんだと思ってたぜ」
「さあ。本当は怖い魔女かもしれんぞ、マーティ」
夜風が彼女の長い髪を大きく靡かせる。灯りに輝く金の瞳が振り返り、ぎらりとマーティを吸い込むように見つめて嗤う。
「だが安心したまえ。よほど俺の機嫌を損ねないかぎり、お前たちはお前たちの人生を平凡に、自由に歩いていける。それだけは誓っておいてあげよう」
振り返りざまに揺れた山羊の頭骨を模った小さな首飾りが、にやりと笑っているような気がしてマーティは少しだけ背筋がヒヤリとした。
やはり世に言われる関わってはならない白銀の魔女なのだ、と。
「では後で。良い夜を過ごせよ」
そう言い残して酒場を出て行き、月明かりの下を後ろ手に組んでランロットの夜に溶けていく。────彼女の足はしばらくしてぴたりと止まった。
「しつこいな。飼い主には会わなかったのかね?」
視線が暗がりへ向かう。気配ひとつ隠せないのか、とコルネリウスが闇夜から静かに姿を現す。
「さすがは大魔女様と言うべきですか。いやはや、どうしても気になってしまって。なにしろ私の勘はよく当たるものですから」
「勘とはまさに獣らしい発想だ。だが時と場合は選ぶ事だ」
影の中から現れたかと錯覚するほど自然に、彼女の足下にするりと一匹の狼が現れる。唸り声が低く響き、ぎらついた瞳がコルネリウスを見つめた。
「身の程は弁えた方がいいぞ、小僧。今日は満月だ、気分も良いから見逃してやろう。せっかく拾った命をわざわざ捨てる必要もあるまい?」




