第16話「使い魔たちの役割」
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夜まで歓談で過ごし、次々と参加者が来るので挨拶にはシャナも向かい、黒猫のジャックが後を追いかけて行った。途中、ふわりと猫の姿は煙になって消える。ずっと姿を現しているよりも、その方が都合が良いとレオンティーナは言った。
「あのジャックちゃんという黒猫も魔法が使えるんですか?」
パーティ会場へ向かいながら、ふと尋ねてみる。かなり低い声で喋った事も驚きだが、目の前で煙になって消えられるとなおさらだ。
「使い魔は魔法そのものだ。魔導書の中にある世界の住人とでも言おうか。あれは俺の魔力を通じて、こちら側の世界に現れる。帰るときは自分勝手に帰るくせに、呼び出すのには手間が掛かる嫌な奴らさ」
フッと鼻を鳴らす。だが、決して否定的ではなかった。
「しかし、まあ、この世で最も信用ならないのが貴族のような上流階級の連中だとしたら、使い魔たちはどんな価値ある言葉よりも信じていい」
どんな悪態を吐かれたとしても、頼まれた仕事は決して断らず最後まで裏切ったりしない。例外もない。魔法そのものである彼らが何らかの事故、あるいは故意によって消える事があっても、彼らに『死の概念』はない。魔女が呼び出せば、たとえ目の前で馬に蹴り殺されようが、邪悪な人間に頭を踏み潰されようが、即座に新しい肉体を持って現れる。だから使い魔は自分たちを上位の存在として認知しているし、自分たちを呼び出せる魔女に対しても不遜な態度が取れるのだ。
とはいえ死体は残るので、毛皮にでもされたら最悪な気分である事は間違いない。脅し文句としては効果的だと彼女は笑った。
「お前も頼みたい事があれば呼んでやるぞ。別に、一匹だけしか呼べないという事もない。あるいは護衛のために連れ歩かせてもいいかもな?」
「嬉しいですが今は遠慮しておきます。レオンが傍にいますから」
帰ってきた答えに、レオンティーナは少しだけ照れくさそうにする。
「お前が要らないのなら別に構わないが。……だが、何かあってからでは遅い。やはり、ここは俺が気を利かせて一匹くらいは読んでやろう」
指を鳴らせば、エルザの肩に金糸雀が乗った。
『あら、可愛い人間ちゃん。久しぶりに呼んでもらえたかと思ったら、随分と楽しそうだわね、レオン! 今日は何しに呼んだのかしら?』
お喋りな金糸雀にレオンティーナがチッと舌を鳴らす。
「甲高い声で騒ぐな。何のために呼んだのかなんて分かるだろうに」
耳に指を突っ込んでうんざりした顔を向けると金糸雀はけらけら笑う。彼女をからかうのが楽しいとでも言いたげに、ぱたぱた飛んでエルザの頭に乗って。
『いいわよォ。あんたより純朴そうで好みだわ。アタシはベニータ! よろしく、可愛らしいお嬢さん。良かったらあなたの名前も教えて?』
また肩に乗ってけらけら笑う。
「エルザです。エルザ・ローズ」
途端、ベニータが鳴き声をぴたりと止ませた。
『あら? 嘘を吐くなんて良くないわ、本当の名前があるのに?』
不思議に思ったベニータが、ふとレオンティーナに視線を送った。ぎらりと鋭い視線を返して『詮索するな』と唸るような雰囲気を醸す彼女に納得して『ごめんなさい、今の質問は忘れて』と苦笑いで濁す。
気を遣われたのだとエルザも優しい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。でも平気ですから良いんですよ。本当の名前はもう捨てる事にしましたから、誰が何を言っても私はエルザ・ローズなので」
新しい名前が気に入っている。レオンティーナから貰った旅の始まりの証。貴族のエリザベト・バルデューベルではなく、今は魔女より与えられた個人の名前であるエルザ・ローズを愛した。誰より彼女が自分自身を認められたから。
『あら、そ。ならいいわ、とにかくあんたの事は、これからアタシが見守っててあげる! もし頼みたい事があるならいつでも名前を呼んで頂戴な!』
ばさっと羽ばたくと黄色い光となって消えた。
「色んな子がいるんですね」
「ああ。正確な数はよく知らないがね」
使い魔たちは皆がそれぞれ得意な事があり、求めた能力に適した者が魔女の呼びかけに応じて現れる。ただし、彼らは非常に気まぐれで自分勝手だ。絶対に裏切らない代わりに全員が仲良くしてくれるわけでもなく、あまりに機嫌を損ねたときには呼びかけに応えてくれない事もあったし、レオンティーナ自身も頼る事があまりないので、その正確な数を把握できていない。
「長年の付き合いがあるのはジャックとベニータ、それから狼のニコライだ。黒猫ジャックは耳が良い。町を歩けば千の声を聞き分け記憶できる。そしてベニータは危機察知能力に優れていて、空を見ればいつ嵐が来るのかを三年先まで見通せる。中々に素晴らしい連中だろう」
いざというときはとても頼りになる。だから軽口を叩き合えるほどの仲であるレオンティーナの呼びかけに応じない者は単純に必要とされていないだけで、決して彼女を嫌っているわけではない。歴代の魔女の誰よりも愛されている魔女だった。
「では、その狼のニコライさんはどんな能力があるんですか?」
「恐怖だよ。ただ傍にあるだけで、相手の感情に恐怖を植え付ける」
ベニータだけではどうしようもないとき。たとえば近くに獣がいるとして、そのリスクを回避できない状況下なら、ニコライが最も適している。たとえ相手が歴戦の猛者ともいえる自然環境にある大熊がいたとしても、ニコライが睨んで唸り声をあげるだけで一目散に逃げだすほどの恐怖心に駆られるのだ。
「俺と一緒にいれば、いつか会う事もあるだろう。いくら魔女とはいえ毎日が幸福でいられるとは限らない。嫌でも雨に降られる日は来る」
会場の扉に手を掛け、フッと笑って────。
「とはいえ少なくとも、今日がその日でない事だけは確かだ。我々は与えられた時間を存分に楽しむとしようじゃないか」




