弓聖
その森を越える準備の時間、ケルンが弓の練習をしています。
その練習している所に アンナとそれに従うようにトリーが宿舎からでてきました。
「うーーーん」とケルンは悩んでいます。
「トリーから言われたことだけど、これがなんになるんだ」
「練習すれば出来るようになりますよ」と出てきたアンナは話します。
「そうなのか?こんなこと聞いたことが無いし、続かない」
「でも、やらなきゃいけないんだよな、よくわからないが」
「やるしかないか」
とぼやきながら、ケルンは矢をつがえ、弦を引き絞り狙いを定めて打ち放ちます。
「疑問があるようですね」
言ってもわからないでしょうから、そういってアンナは弓を取ります。
「弓ができるのか?」 驚いた顔でケルンは尋ねます。
アンナはそれには答えず、無言で弓を選び、構えます。
その姿はすくっと立ち、きりりと引き締まった顔にりんとした眼差し、美しい金色の髪は風になびき、まさに女神です。
弓をひき、放つ。アンナが放つ矢は、的の中心に吸い込まれるように刺さります。
あっけに取られるケルン。
驚くのはその立ち姿の美しさ、よどみなく、力みの感じない、流れるような動作、どれをとっても
素人の弓ではありません。全てにスキがなく美しいのです。
さすがにケルン、その一連の動作の意味するモノを読み取り、その一射に魅了されたのです。
そうなるのは、アンナは弓を射るもの全てと共にそこにあるからなのです。
アンナはケルンにその弓に必要なすべてを話し伝えていきます。
そして最後にこう述べました。
「これを続ければ、あなたの弓はあなた以外の、そう神様が射ることがわかるようになります」
「その時あなたは、この国で最も優れた射手と言われるでしょう」
「そうなるまで練習を続けてください」
そう言い残すと、アンナはその場を立ち去りました。
残されたケルンはただ一人残されて、呆然とたたずむのみなのです。
そしてしばらくして、思い立つかのように無言で、ひたすら練習を魅入られたかのように始めました。
ケルン一人残して、トリーとアンナは宿舎に戻っていきます。
トリーはアンナの歩みに付き従いながら、話します。
「お嬢様は弓をなさったのは見たことがありませんが」
「わかっています」とほほえみながアンナは答えますが、それだけで後の言葉はありません。
(お嬢様は何者なの?立ち居振る舞い、その言葉、そしてあの弓)
全身が総毛立ちます。恐ろしさまでも感じるのです。
しかしそれでも ただ黙ってアンナの後に続いて、歩む事しかできませんでした。
宿舎のドアを開けて中に入ると、クロノ司祭がいました。
その前を通り過ぎてアンナは自室に一人下がります。
そこで残されたトリーとクロノ司祭との話が始まりました。
「司祭様」と言って先ほどの弓の話をします。
「あれはもうアンナ様ではありません。わたしには、もっと別の年長の方にしか見えません」
「近くにお仕えしていましたから、アンナ様が弓を取ったことは一度として無かったはずです。
ケルンと話している事を横で聞いておりましたが、その内容が全く理解ができないのです」
「もう遙か高みにある弓の神様が、教えているとしか」
トリーは混乱した表情で話しました。
「お嬢さんは、アンナ様ではないのですか?」
「はい 違います」とはっきり断言します。
「しかし」
「間違いなくお嬢様です」と強く否定しました。
トリーはもう訳がわかりません。
それをみて
「わたしにもわかりません。ただ何かが始まっているように思えます」
「まったく別人としか私にもみえません。ただみんなを無事に送り届けるのが私の仕事ですから、そうしようと思っています」
「なにか大きな事情があるのかもしれません。だからアンナがなにかを話してくれるまで、
見守っていこうとおもっているのです」
クロノ司祭がそう言ってくれて、トリーも少し落ち着いたようです。
「どうあってもアンナ様はアンナ様です。わたしもお嬢様について行きたいと思います」
「私の力がいるようになるとおっしゃってましたし」
「フーンそうですか、そういうことも言われていたんですね」
「私たちには今は見守ることしか、無いようですね」
「明日は国境をこえる難所の場所です。時間もかかると思いますので、
もう休みましょう明日は早いですから」
そういうクロノ司祭の言葉を最後として、二人の会話は終わり休むことになりました。