肖像
アンナ達が大聖堂に呼ばれ、そこの執務室にはゲルト大司教が待っていました。
挨拶のあと、大司教から話されたのは、今大聖堂に掲げられたマルゴットの杖のことです。
葬儀においてあのマルゴット様の仗が皆に大きな印象を与えました。
王もまた棺の上でマルゴットの杖を持つアンナの姿に感銘を受けたのです。
アンナが大聖堂に呼ばれたのは、亡くなられた大聖女様の肖像を残したいという王からの要望があり、その話しなのです。大司教もその考えに、「それはよいことです」と賛同しました。
大聖女様は亡くなりました。しかし、それを末永く残したいという王家と教会の思いが一致したのです。
大聖女様の肖像には、その杖を持ったアンナの姿を若きマルゴットの姿のモデルとしたいという為に呼ばれたのです。
(その王の意向には、マルゴット様の遺言が大きな意味となりました)
ゲルト大司教から、この話を聞いたとき父であるノルト伯爵は、もう声がでません。
その肖像は、長く飾られることになるはずであり、歴史として伝え続けられるわけです。
王国も大聖堂も全てが消え去るときであっても、その残された肖像がある限り、人々の心の中に
生き続けるからです。
人はこの世に生まれてきたとき、何かを残して行くべきなのでしょう。
マルゴット様のよき時代を表す物として、その肖像は生き続けるからです。
そしてその話がゲルト大司教から話し出されとき、アンナはトリーに、指示をだしました。
「トリー、馬車に積んでいた荷物をここに持ってきて下さい」
その荷物は、大聖堂へ行くにあたり事前にクロノ司祭からマルゴット様の杖の件で、話しがあるからという事を聞き、トリーに積み込ませてあったものです。
トリーが馬車から、一つの荷物をおろし、そして机の前に置きました。
その荷物にハッとした顔をしたのはリサ聖女でした。彼女もこの会合に呼ばれていたのです。
彼女にはその荷物はなにかすぐにわかりました。それは杖と共に今はなきマルゴット様から、アンナにたくされたものの一つなのです。
アンナが大司教の前でこの荷物を開けると、そこには黒いドレスがはいっていたのです。古いものでした。
ゲルト大司教は「これも、また、まさか……マルゴット様の」声は詰まり後の言葉がでません。
マルゴットの若き頃、あの杖を持ちこの黒きドレスをまとった大聖女の活躍が、もはや神話となって伝わっているのです。
若き王と共に、この杖を持つ黒きドレスの大聖女が、王国を駆け巡り国を作り上げて言ったのです。
その姿はりりしく、また神々しくもあり、王と共に先頭に立つ姿は、従う騎士達を魅了しつづけたと伝えれていたのです。
そしてその黒いドレスは、結婚されて以後、2度と着られることはありませんでした。
聖女の服装は、普通は白色を基調として作られています。
この黒色を着る聖女は以前にも存在せず、それ以降も誰も居ませんでした。
その当時、これを着るマルゴット様は、黒き大聖女と呼ばれたのです。
この黒いドレスは、マルゴットに取って、喪服なのです。
王と共に戦いに臨んだマルゴットは、その行動の結果共に戦う者たちを多く失ったのです。
そうであるから、実はこの喪服を着る事を避けていたのです。
もう着たくは無いと言うのが正しいのでしょう。
しかしそれを残し、アンナに託したのは、そのつらい立場に立たざるを得ない時期が来るという事を指し示しているのです。
しかし、マルゴットと共に戦いそれを知る者たちは、その喪服の黒きドレスを着る姿に、恐ろしいほどのちからと震えるほどの感動と共に大聖女の持つ神聖さを感じさせました。
戦いにおいて先頭に立ち、襲い来る剣のきらめきをものともせず、冷静に、時には微笑みながら(そう見えたようです)その杖だけを持ち突き進んで行く姿があったと言います。
揺るぎもせず、恐れも無く冷静に、倒れたる者を踏み越えて、躊躇無く進んで行ったと言います。
自らの命など無視するかのような行動に、「大聖女様を守れ」とのかけ声と共に、多くの騎士が一団となり大聖女を守るかのように進んで行く姿は、相手にとって底知れない恐怖を与えたと伝えられています。
まさにその姿は鬼神のごとくと言われていたのです。
あの黒いドレスは、血に染まっているとも言えるのです。
マルゴット様は限りない慈悲と共に、その様な姿を見せるが故に大聖女と呼ばれたのです。
このドレスを着る者は、その決意と責任を背負うことが運命づけられます。
それ故に尊いとも言えるのです。
その伝説のものが、目の前のここにあるのです。
これで決定です。この杖を貸して欲しいだけで無く、この黒いドレスを着て、その杖を持ったアンナの姿を大聖女マルゴット様の肖像画として、書かせてもらいたい。
それを横で聞く、父ノルト伯爵はその意味が大変な事を表していること理解できたのです。
反対も、辞退もなにもありません。ただあまりの名誉に従うのみなのです。
そのためアンナは、大聖女の絵画のモデルとして、このあと何日も大聖堂に通うことになったのでした。
メラノ邸に帰宅して、さっそくノルト伯爵はことの次第をメラノ侯爵達に伝えたのです。
「大変な事になりました。今日の大聖堂へ呼ばれた件を話さなければなりません」
「何があったのですか」
「マルゴット大聖女様の肖像画を制作することになったのです。そしてそのモデルにアンナが選ばれました」
それは大変名誉なことですが、あの棺の上で杖をもったアンナは、あの大聖堂の棺に輝く日の光と共に一番の印象になったからなのです。
肖像画のモデルとして、翌日よりその準備が行われるました。
大聖堂の一室でアンナは着てきた聖女服から、この黒いドレスに着替えます。トリーとリサ聖女がそれを手伝いました。
トリーがこのドレスをアンナに着せようとすると、そのドレスがアンナに取って大きな事がわかりました。
「このドレスは、アンナ様にはちょっと大きすぎるみたいですね」
一緒に手伝う、リサ聖女は
「この黒いドレスは、最後の物で結婚される直前のドレスとおもいます」
「どういたしましょうか?」トリーは勝手がわからず困った顔です。
「着られないものでもありませんから、服装に詳しい者を呼んで来ましょう」
そういう事で、大聖堂をよく知るリサ聖女は衣装係の者を呼んで来ました。
王城には、儀式などで多くの衣装があり、それを保管管理するための者が用意されているからです。
「少し大きいドレスですが、針などですこし調整すれば、立っておられるだけなら、大丈夫だとおもいます」と言うことで、ドレスの大きさをアンナの身長に調整することになりました。
「いまから、アンナ様は成長されるはずですから、マルゴット様がこれを着られた年になられたら、丁度良い大きさになるのではないでしょうか?」その様に係の婦人はいいました。
この黒いドレスは、マルゴット様が結婚される直前の最後のものであり、アンナにはまだ少し大きなものでした。これだけの貴重品を仕立て直す事などできませんし、肖像画のモデルなので動く必要がありません、簡単な針で長さを調節して、肖像画のモデルの衣装として着ることができたのでした。
大聖堂の一室で、その肖像画を描く為に絵師が呼ばれております。王国一の絵師とも言われている人物なのです。
この絵師がアンナをモデルとして画き始めましたが、その時こう思ったそうです。
(このかたは、本当におちついておられる。この年齢の方の肖像を書いたこともあるが、ポーズを保つことすらも大変だった。落ち着きと自信がこの姿にある)
(この方は、年と共に輝くようにかわられるだろう。その姿をこの絵にあらわしたい)
できあがったこの肖像は、黒き大聖女の最後の姿、王と結婚される直前の姿としてかかれました。
この肖像画は、モデルのアンナより年長の姿であり、あのマルゴットの杖を持ち、黒きドレスで何か微笑むかのように遠くを見つめる表情でえがかれてあったのです。
この肖像画は、この絵師にとって後にもっとも心に残る絵画となったとのことです。
この大作は、完成後しばらくは王宮の王の執務の部屋にベールをかぶせおかれたのです。




