離宮の夜に
舞が披露された庭から人を呼ぶ声が聞こえます。
離宮の中には、今回の舞を見ることが許されなかった、付き添いの人達がいました。
その中には、クロノ司祭とデント執事の顔もありました。
その声によって数人が庭に出て行くと、かがり火はほとんど消えており、星空の下でたいまつを
かざして、数人が集まってきました。
そして椅子に横たわるマルゴットを、ゲルト大司教の指示によって、数人で椅子ごとマルゴットを寝室に運びました。
そしてリサ聖女の助けも借りて、マルゴットの遺体を宝物を運ぶかのようにして、椅子から寝台に横たわらせたのです。
その寝姿は、いまにも起きてきそうな様子で、にこやかな顔でよこたわっているのです。
その部屋のとなりの一室に、国王、王妃、ゲルト大司教が集まっています。
ローソクで照らされた中で、第一声は国王でした。
「大皇太后である大聖女様が亡くなられたが、皆あれをみたか!!!」
ゲルト大司教は、
「あのものを拝見できるとは、思いも寄りませんでした」と答えるのみです。
「あの光は何なのか?」と王の言葉には困惑がみられるのです。
「声が聞こえませんでしたか?」
そういうのは王妃様の言葉です。前回トリーの聖女就任式で、大聖女の代行として筆頭聖女の役を務めていたのが、聖女である王妃様なのです。
王も、ゲルト大司教も、その問いには首を振るばかりです。
つづけて「あの光と、マルゴット様が話されていたようです。なにか懐かしそうなお声であったように
思います」
「そして一緒に行かれました」
「あの光の中には、何人のかたもおられたみたいに見えました」
さすがに大聖女代行の王妃様です。
「わたしにはそこまで見えなかったが、それでもこれは見たこともない」
王の声には、混乱が見えますが、ようやく落ち着きを取り戻してきました。
「それにしても大聖女様の葬儀の準備をしなければならないが、これについてはゲルト大司教に任せたいと思う」
「では承りました。葬儀の手配は大聖堂で行いたいとおもいますので、夜が明け次第、ご遺体を
大聖堂へ移動させ、葬儀の準備をいたしましょう」
「急のことだがよろしく頼む」
「まだ7人の聖女達は残っていますが、どうされますか国王陛下?」と王妃の問いです。
国王はすこし考えていましたが、
「これについては、大変なことであったので子細を聖女達からも聞きたいが、夜も遅くなってきているので、明日朝より皆に王宮に来てもらいと思う。それでどうか?」
「私もそれでよろしいかと思います。もう詳しいことを知るのは、あの聖女達でしょうから」
とゲルト大司教もその判断に賛同しました。
「大聖女様のご遺体の付き添いとしてはリサ聖女と数人を残しておきましょう」
「国王様と王妃様は王宮の方へまずお帰り下さい」
ゲルト大司教はそう述べますので、そういう段取りの中で、マルゴットを残し、まずは散会することとなりました。
聖女達は明日、王宮へ来るようにとの指示をもって、ベアトリスはアルク大公邸へキラはメーセン宰相邸へそして、アンナとトリーと3聖女は、デント執事とクロノ司祭に連れられて、メラノ邸へ引き上げたのです。
そして夜が明ける頃です。
マルゴットの遺体につきそう執事のリサは、マルゴット大聖女から、託された箱を思い出します。
それが託されたとき、マルゴット様から
「リサ、もしなにかあったら、この箱を開けなさい」
「そこまではあなたが預かっておいてくださいね」とニコニコしながらそう言われたのです。
しかし、その夜起こった事は、マルゴット様が亡くなられた事です。
なにかあったまさに大事件です。
それを思い出した執事である聖女リサは、急ぎ足で階段を上がりマルゴット様の部屋の扉を
あけました。
「そう、マルゴット様のそばの鍵のかかる棚に置いておいたはず」
ゆっくりとその棚の扉を、管理している鍵で開け、箱を取り出しました。
そして机にその箱を置き、ゆっくりと開けてみると、一通の手紙がその中にはいっていたのです。
リサは、その机のそばにすわって、その書き物(手紙)を開けると、このような書き出しからはじまる文面でした。
リサ、あなたがこの手紙を読んでいるとき、わたしはもういないでしょう。
伝えておかなければならないことを、書きとどめておきます。
読み終えたら、この手紙を王にお見せください。
これはわたしの遺言です。
わたしは旅立ちます。その道は全てのものが行く道です。大聖女として最後の道を
示すことができるとおもいます。
あの7人の聖女達は、わたしの教えるとおりにそれを示してくれるでしょう。
7人はたぐいまれ無い聖女達です。かれらは今後この王国の宝となってくれる者です。
大切にしてください。
そして特にアンナ聖女は、王宮にとどめ置くようにしなさい。
リサにお願いします。今後アンナ聖女を支えてください。彼女はこの国の柱石となってくれるはずです。これはあなたしか頼めないものです。
最後に本当に長い間ありがとう聖女リサ、この王国の皆が幸せでありますように
その言葉を読み終わると手紙の上に、ぽつりとこぼれ落ちる物がありました。
その手紙を握りしめたリサ聖女は涙をこらえることが出来ません。
しばらく、うつむいている中に、嗚咽する声もありましたが、その後しばらくしてすっくと立ち上がった時の顔には涙の中に決意を感じさせる力がありました。
大聖女マルゴットはこの言葉によって皆に次への道を示してくれたのです。
早朝はやくから、大聖女マルゴットは用意された棺に入れられ、王宮より差し回された馬車で大聖堂へ運ばれました。
それを見届けると、リサ聖女はあの箱を持って、ゲルト大司教と共にすぐ横の王宮へ向かったのです。
その王宮の一室には、昨日の7人の聖女も付き添いを伴って集まってきていました。
そしてこの会談は、昨日の参加者のみで行われる会合となりました。